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よろしくね,ボクの曲がった小指ちゃん。

「ぱちん。」
聞きなじみのない音がする。
左手を見ると,深々と頭を下げるように,小指が曲がっていた。
どうやら,ボクはこの曲がった小指ちゃんと,生涯を共にするようだ。
そして,思う。
こんなふとした瞬間に,体の形や機能は変わってしまうんだ。
ボクの体に不自由が無かったのは,"たまたま"なのかもしれないなと。


曲がった小指ちゃんとの出会い

お昼ご飯を食べ終わって,僕はいつものようにパソコンでサーフィンの動画を見ていた。
イメージトレーニングと言えば聞こえは良いが,(あぁ,サーフィン行きたいなぁ。)と思いながら,現実逃避的に見ていた。
たぶん,心の声は,実際に口からも出ていたんだと思う。

「行って来たら?」
ボクを見て,妻が言う。
「ん?」
「サーフィン,行って来たら?」
僕は立ち上がる。
「うん!平日は行けないもんね!ありがとう!!」
もう,テンションぶち上がりで,準備に取り掛かった。
あっという間に準備も終わり,
「行ってきます!」
と笑顔で,妻に出発を宣言した。

海までは,車で1時間30分かかるので,トイレを済ませてから出発しようと思った。
もう,顔はずっとにやけたままだ。
ズボンをおろそうとしたところ,Tシャツに左手の小指が引っ掛かった。

「ぱちん。」
聞きなじみのない音がする。
見ると,深々と頭を下げるように,小指が曲がっていた。
痛みは,それほど強くない。
(あぁ,脱臼かな?)そう思い,とりあえずリビングに戻って,妻に報告する。
指を見せると,初めこそ心配していたものの,状況を説明するうちに笑いはじめ,最後は涙を流して爆笑していた

痛みがないとはいえ,小指をこのままにしておくわけにもいかないと思い,近所の整形外科に行く。
診察の順番を待ち,先生に見てもらう。

医「スポーツ,やってるの?」
僕「はい。サッカーとサーフィンを…」
医「オリンピック,出るの?来年。」
僕「いやぁ…年齢的に,もうきついかと…」
両「あははは・・・・」
医「指,マレット指だね。」
僕「はぁ。」
医「ほとんど,完全には治らない。」
僕「ん?…え,ずっと曲がったままですか?」
医「手術もできるけど,完璧に治っても,あんまり意味ない。」
僕「はぁ。そうなんですか…。」
医「人間,指を曲げなきゃいけない時は有るけど、指を伸ばさなきゃいけない時はほとんど無いから。大丈夫。問題無い。」
僕「まぁ…。」
医「とりあえず,これ(矯正具)つけて,6週間。それで満足いかなかったら,手術。」
僕「はい。」

言われてみると,確かに,指をまっすぐに伸ばしたまま維持しないと困ることって,そんなに無い。
(まぁ,そんなもんか。)と思って帰ってきた。

これまで33年間付き添ってきた,真っすぐな左手小指との別れは,あっけないものだった。
まさか,嬉しくて,テンションが上がって,トイレに入ったら,小指が曲がるなんて思ってもみなかった。
でも,真っすぐな小指との別れっていうのは,なんか寂しい。
だから,曲がった小指ちゃんとの出会いととらえることにした。

ボクの体に不自由が無かったのは,"たまたま"

そうして考えると,今度は,(でも,出会ったのが曲がった小指ちゃんで良かったよな。)と思い始めた。
お医者さんの言うように,『人間,指を曲げなきゃいけない時は有るけど、指を伸ばさなきゃいけない時はほとんど無いから』だ。
これが,『大丈夫』じゃない変化だった可能性だってある。
障がいや,後遺症につながることも,もちろんある。
そう考えると,ボクの体に不自由が無かったのは,"たまたま"なんだなと思うようになった。
なんだか,体の機能の問題で困っている人が,より一層,身近に感じられた気がする。
自分も,またいつ,こんな場面に出会うか分からない。
『自分のことばっかりで,他者への慈愛の精神はないのか!』
と怒られそうなのだけれど,自分も含めて,体の不自由を持つ人が少しでも安心して過ごせるように,僕にできることをしていこうと思った。

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