バーチャルYouTuber研究2: 重音テトの偶発と創発
バーチャルYouTuberの登場を説明する上で、「初音ミク」と「キズナアイ」をつなぐ「重音テト」(かさね・てと)の存在に注目します。
1.嘘から生まれたバーチャルシンガー
2007年8月のボーカロイド・ソフトウェア「初音ミク」発売を契機としてUGCが爆発的にコミュニティに増殖する過程で、2008年4月1日(エイプリルフール)にバーチャルシンガー「重音テト」が登場する。ボーカロイド・ソフトウェアを発売するクリプトン社では、バーチャルシンガーのシリーズソフトをすでに3作リリースしていた。ボーカロイド・ソフトウェアはヤマハ株式会社の歌声合成技術であるVOCALOIDエンジン(「VOCALOID2」)を搭載して、楽器のサウンド音源の開発販売を行なうクリプトン・フューチャー・メディア株式会社(以下クリプトン社)から発売された。すると、ソフトウェアを使用して楽曲にボカロキャラクターの歌声を合わせ、さらに動画を組み合わせた楽曲動画が動画共有サイト「ニコニコ動画」に多数投稿され、ユーザー生成コンテンツ(UGC)が連鎖的に創作・投稿される社会現象が起きていた。「初音ミク」が発売されて半年が過ぎた4月1日、第4作として、当時の2ch掲示板で「重音テト」が告知される。が、これはユーザーが仕掛けたエイプリルフールのフェイクであった。 以下、主催者ツインドリルの中心人物である小山乃舞世氏に筆者が2018年にインタビューした内容から紹介しよう。小山乃氏によれば、クリプトン社製のボーカロイドがニコニコ動画でブームとなり、初音ミク・鏡音リン・鏡音レンと続き、シルエットだけとなっていた巡音ルカの発表がまだという2008年3月30日、「エイプリルフールでニコニコ動画のユーザーを釣ろう」という企画が2ch掲示板内で起こったという 。小山乃氏自身は、当時ボーカロイドのことはあまり知らなかったが、設定から絵を起こし、本家に近いクオリティを求めて試行錯誤をする楽しさやお祭り感があり、さらに掲示板に集まったコミュニティから次々とアイデアが出てくるスピード感もあり、多数のユーザーが参加していた。小山乃氏はスレッドの途中から参加したが、イラストを制作し、自分の声で音声データを貼り付けた。
そして、エイプリルフール当日に「重音テト」を公開し、祭りは終了。掲示板にいた人たちは当然解散するが制作過程で盛り上がったことや、クオリティの高さなどからもっとテトのクオリティをあげて、「初音ミク」のようにユーザー主導で楽曲を創作してもらえるようなキャラクターを目指してみたいと考える人たちが掲示板に残った。そして、偶然にもテトが制作される前の2008年3月に「UTAU」という歌声合成エンジンがピアノロール上で行えるフリーソフトとして公開されていた。当時、UTAUはアニメなどのキャラクターのセリフや歌声から五十音を切り取り、ピアノロール上で音程をつけて、好きな歌を歌わせることを簡単にできるように作られたフリーソフト、つまりヤマハのボーカロイドエンジンの模倣である。このツール用に自分の声を録音して公開すれば、ボーカロイドのように誰でもテトに歌わせるようになるのではないか、という提案が掲示板の参加ユーザーから出され、小山乃氏らは、UTAU用の音源素材を作成することとなった。
2.嘘から「まこと」になった「重音テト」のリリースと成長
エイプリルフール前は本家に似たクオリティの高いキャラクターを作成し、たくさんの人を騙すことが目的となっていたが、UTAUが話題に上がってからは、いかにテトをきれいに歌わせて、不特定多数の人に使いやすい音源にできるかが目標となり、掲示板コミュニティの参加者や興味をもった人たちが数多く応援してくれて完成した。こうして、「重音テト」
は、ボーカロイドと同じように歌うことのできるバーチャルシンガーとして歩み始ることとなった(運営元ホームページより)。キャラクターとしてのイラストのほか、性別(キメラ)、年齢(31歳)などの設定をもつ(図1)。
図1 「重音テト」キャラクター
イラスト制作者と音源提供者がそれぞれの著作権を有し、オフィシャルサークル「ツインドリル」が運用を行い、ボーカロイドと同様に楽曲や動画、イラストが多くのユーザーによって創作されることとなった。音源ライブラリーはフリーソフトウェアとしてサイトから提供されており、ダウンロード後に上述のUTAUなどで使用できる。図2は、ニコニコ動画に投稿された「重音テト」のタグをもつ関連動画の投稿数の推移である。登場から10年を経た現在でも投稿が続いている。
図2 「重音テト」投稿作品数推移(ニコニコ動画)
「重音テト」の二次創作の投稿が増えるにつれ、クリプトン社製のバーチャルシンガーとの類似や模倣が、ユーザーの創作上に懸念や問題になってくる。そこで、小山乃氏らは、クリプトン社と協議を行い、2010年4月から、同社が運営する創作投稿サイトである「ピアプロ」に、ユーザーがテトの二次創作投稿を公認して、運用のガイドラインや商用に関するルールを明確にして、ユーザーがUGCを創作しやすい環境を整えることができた。ここまでのストーリーは、重音テト自らが歌で紹介している。(【重音テト】嘘の歌姫)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm4424188
https://www.nicovideo.jp/watch/sm4424188
3.ユーザーコミュニティ主導で重音テトが生まれた背景
メーカー主導のバーチャルシンガーであるボーカロイド、「初音ミク」に対して、重音テトはユーザーとそのコミュニティ主導で偶発的かつ創発的に生まれたわけだが、その登場を支えた重要なオープンソースのインフラがある。まず、VOCALOIDエンジンに対応する歌声合成エンジン、UTAUが登場したことであり、小山乃氏もこの偶然があったと語っている。そして、テトの音源を利用してユーザーが楽曲の動画を作る際に、フリーの3Dソフトウェア「MikuMikuDance: MMD」を利用できたのもコンテンツの創作を支えた。そして、もちろん「初音ミク」で盛り上がっていた動画共有プラットフォーム「ニコニコ動画」という土俵がある。 このように、投稿プラットフォームと、フリーで利用できる歌声合成エンジン、そして3Dグラフィックのソフトウェアの登場と普及がテト誕生の土壌となっていた。これが次の世代のユーザー主導のバーチャルYouTuber登場にも共通している。動画共有プラットフォームであるYouTube、アバターを制作したり、映像を動かす様々なフリーソフトウェアが普及することでバーチャルYouTuber市場が活発になったと考えられる。 最後に、「初音ミク」の「オリジナルなき模倣:※シミュラークル」はテト以外にも多数生まれているが、現在まで生き残っているのはテトぐらいである。ユーザー主導のバーチャルシンガーの中で、なぜテトは生き残ることができたのか。小山乃氏は短命に終わった類似のシンガーたちが「当初から儲けや商業主義に走ったから」と指摘し、「テトはあくまで趣味とパロディの中から生まれ、そのウソが真実になり、商業主義に偏らない参加ユーザー間の遊び心が市場から共感を呼んだのではないか」と振り返る。 そして筆者が感じたもう一つのポイントは小山乃氏のクリエイティブな稀有な能力と、彼女を支える「技術力にあるオジサンファンユーザー」というコミュニティの存在である。身バレになるので詳しくは説明できないが、テトを開発した当時の彼女は15歳で中学3年生だったという。その少女が音源を入れたり、イラストを制作していた。そして、彼女を支える能力あるオジサンたちの存在だ。小山乃氏にインタビューしていたのは1月で札幌雪祭りの準備中であった。その年にテトは雪像で参加するといい、「ちょうどさきほど雪像を作っている画像が送られてきました」と言い、オジサンが雪に埋もれながら雪像を作る写真を見せてくれた。こうしたエンジニアやITスキルをもつ人たちがコミュニティとなってテトを支えてくれているという。これらが現在の人気バーチャルYouTuberに見られるかどうかはわからないが、10年にわたって活躍するコンテンツに当てはまる成功の条件であるように思える。
※シミュラークルを含む考察は筆者が書いた2019年の以下の論文から。
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