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『アジェンダ283』を読む 前編(オープニング〜第3話まで)

◯はじめに

 本記事では、『アイドルマスターシャイニーカラーズ』において、7/31から開催されているイベントのシナリオ、『アジェンダ283』についての読解を行う。これまでのイベントシナリオと比べても、テーマが大きく、かつ、かなり複雑な構成となっているため、自分なりの整理をしておきたいと思ったためだ。基本的に、シナリオ一話ごとに順にテキストを追っていく形で読解を進めていく。そういった記事である性質上、ネタバレには考慮していない。また、記事が長くなったので、前後編に記事を分割している。

◯オープニング 「基本的なスタンスについて」

 『アジェンダ283』というイベントタイトルからして、現状の283プロダクションにおける課題のようなものが描かれるのだろう、ということが察せられる。
 調べてみると、「アジェンダ」という言葉が日本でも浸透したのは、1992年の国連環境開発会議(UNCED:地球サミットとも呼ばれる)において採択された、「環境と開発に関するリオ宣言」の実現に向けた行動計画の名称が「アジェンダ21」であったことが大きな要因であるらしい。
 後述するが、今回のシナリオの内容からすると、元ネタはこれだと考えて良さそうだ。各話のタイトルはいかにも企業の「アジェンダ」として書かれているような文面である。

・「アジェンダ」についての解説

・「アジェンダ21」について

 さて、オープニングだが、まず事務所の物置にノクチルの面々がいるところからスタートする。どうも読んでいくと、特に目的があったわけではなく、ちょっとした探検をしている様子だ。透がミニ扇風機を見つけて「あー」と声をかけて弄んだり、お題ボックスで遊んだりしている。

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 そこに、イルミネーションスターズ(以下「イルミネ」と表記)の面々が訪れる。しかし、真乃、灯織はノクチルのメンバーが部屋にいることに気づき、入ることを躊躇する。

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 ここでは、ノクチルとイルミネの間に「距離」があることが示されている。これはストレイライトの加入のときには描かれなかったことで、ノクチルが、彼女たちの「幼馴染」という、他のユニットにはない、独自の関係性(もっと直接「身内感」と言うべきか)を持っていることから生まれているものだろう。
 そういった意味で、ノクチルは283プロダクションに所属しているアイドルたちのコミュニティに対して、「他者」としての側面を持っていることが改めて示されていることが読み取れる。ここでノクチル加入イベントにおいて、ノクチルが他の所属アイドルを「画面越し」に見ていたことを思い出しても良いだろう。

 ノクチルが、アイドルをやることそのものについての姿勢やその是非を問うような存在であることは前回のシナリオ『天塵』でも描かれており、そういった意味でも、このような遠慮、つまり「距離」が示されるのは、読み手としても自然と受け入れられるものだろう。
 そして、これが今回のシナリオの導入であることは、この「他者」であるノクチルとの「距離」が課題になるのではないかということを推測させられる。

 シナリオは、この後めぐるが合流し、遠慮している真乃、灯織に構わず嬉しそうに中に入っていく。ここでめぐるが遠慮を突破できるのは、「他者」としての属性を持っている(cf.『チエルアルコは流星を』のコミュなど)彼女だからこそだろう。
 ノクチルの面々も、イルミネの3人が来たことで少し気まずくなってしまい、「距離」がお互いにあることが示される。

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 イルミネの3人は探し物に来たのだが、すぐに見つけられるはずがなかなか見つからない。雛菜が3人が探しているものを尋ねると、それは透が持っているミニ扇風機だったことが判明する。

 ここで場面が切り替わり、河原のシーン。イルミネの3人がごみ拾いをしている。ミニ扇風機はこのために必要だったことがわかる。
 めぐるが扇風機に声をかけ、真乃、灯織にも向ける。ここで、透→めぐる→真乃、灯織へのパスが繋がっているのは示唆的にも思えるがこれは少し考え過ぎかもしれない。

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 読んでいくと、このごみ拾いは、真乃がやりたいと言い、それに2人が賛同した形で行われているようだ。付き合ってくれてありがとう、という真乃に、自分たちが一緒にやりたいって言ったことだし、付き合いでやっているつもりはない、楽しいよ、と返す灯織とめぐるのやりとりは、イルミネらしい好ましさがある。

 そんな中、真乃が「他のみんなは、どうだと思う?」と尋ねる。どうも、プロデューサーがこのことを知ったところ、事務所のみんなでやってみようと提案されたらしい。
 真乃はみんなでやれたら嬉しいんだけど、と前置きをした上で、それでもこの「ごみ拾い」を「みんな」のイベントにしてしまうことへの迷いがあることを話す。このとき、真乃の脳裏にはやはりノクチルのことが浮かんでいる。

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 この真乃の懸念に対して、灯織とめぐるは理解を示して、プロデューサーに相談してみよう、と提案する。

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 この懸念は、3人が好きに、楽しんでやっている「ごみ拾い」という行為が一般的にはボランティアであり、「「みんな」でやるイベント」となった時点で、どうしても社会的な意味合いを帯び、たとえ意図していなくてもある種の強制力が働いてしまうということに、十二分に自覚的であることを示している。
 そういう風になるのは避けたい、楽しくやりたい、というのが、イルミネの3人の合意となり、第一話が終わる。最後の真乃の「ありがとう……私たちって、言ってくれて」という言葉からは、これまでの蓄積の上でのイルミネ3人の在り方が伝わってくるとともに、「みんな」と「私たち」が違っているということを示してもいるだろう。

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 オープニングのタイトルは「基本的なスタンスについて」。このタイトルにある「基本的スタンス」が「「ごみ拾い」をみんなで行うこと」についてのものであることはほぼ自明だろう。
 ここで留意しなければならないのは、ここで示されているスタンスに「こうなって欲しくはない」という遠慮が多分に含まれているところで、それはノクチル、しいては「事務所という同じコミュニティ」にいる、「他者」への遠慮=「距離」である。そう考えると、ここでイルミネが示しているスタンスについては、シナリオを通して多少なりとも見直しされることが予期されるだろう。

〇第1話 「企画概要」

 冒頭、唐突に、事務所全体のグループチャットへ、恋鐘から「よかね〜〜!!! やるとよ〜〜!!!!!」というメッセージの投稿がある。恋鐘から全く説明がないので、チャットには疑問符が飛び交う。それを見た真乃は、もしかするとごみ拾いのことなんじゃないかと感づく。

 少し時間が飛んで、事務所。果穂がごみ拾いの準備について楽しそうに真乃に話す。
 実は、というかやはり、プロデューサーが恋鐘にごみ拾いのことを伝えており(とは言っても、真乃たちが自主的にやっていると伝えただけで、みんなでやろうと働きかけたわけではない模様)、件の発言に至ったらしい。
 オープニングで真乃たちがやろうとしていた相談ができていない状況で、事態が動き出した形だ。チャット自体は盛り上がり、好意的に受け取ってもらえているように思える。
 しかし、真乃は「無理して参加してくれているのでは」という不安をプロデューサーに伝える。それに対して、プロデューサーはこう返答する。

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 これは読み手としても驚く、というか、プロデューサーに反感を持ってしまいそうになるところだろう。プロローグで示された、慎重さを求める真乃たちの意図に真正面から相対している。
 しかし、プロデューサーは真乃が抱えている心配ごとに理解を示した上で、それでも、やることに意義があり、それが真乃のためにもなると思う、と諭す。

 実際、果穂との会話からは、放課後クライマックスガールズ(以下放クラ)が「大臣」や「総理」の役職を割り振って、このごみ拾いを目一杯楽しもうとしていることがわかる。
 まあ、その後に、甜花からも、頑張ります、とアルストロメリア3人の写真付きメッセージが送られてくる。前向きに取り組んでくれている彼女たちに、真乃は「ありがとう」と返す。

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 ただ、不安が消え去ったわけではないことが、真乃の表情から読み取ることができる。

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 場面が転換し、夜の事務所。アンティーカの咲耶と霧子が会話している。何やら考え事しているように思える咲耶に霧子が尋ねると、咲耶はこう答える。

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 これに対して、霧子はこう返す。

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 これを受けて、咲耶は「風鈴の音が、7月ははつらつと聞こえるのだけれど(8月は違って聞こえる)」と言い、上記の会話のうちに合流していた摩美々が風鈴は風鈴でしょ、と呆れ気味に返し、霧子は、確かに風鈴は風鈴だけど、咲耶が秋に向かっているんだと述べ、咲耶が得心する。
 このあたり、特に咲耶と霧子の夏についての認識論的な会話は、『我・思・君・思』のコミュを思い起こさせるが、ともあれここで示されているのは、夏という時間が、どうしても過ぎ去っていってしまうものであるということだろう。
 『夏が、齢をとってく時間』という言葉の意味は掴みかねるが、夏という時期が、思い出の区切りとなりやすい季節であり、特に学生の頃を思い出すと、夏休みを挟むことで、ようやくその学年である実感が定着していたような気がして、感覚的には分からなくもない。(もしかしたら何か引用元があるのかもしれないが......。)

 摩美々がここで風鈴を大きく鳴らし、咲耶と霧子を驚かせる。鳴らした摩美々が私はまだまだ夏を楽しむと嘯くと、結華と恋鐘も合流してきて、雰囲気が明るく一変する。
 ともあれ、今は8月が始まったばかりで、夏なのだ。ごみ拾いのことは、最初に乗っかった恋鐘は当然として、アンティーカの面々も楽しみにしていることが示される。

 「企画概要」というタイトルについては、シナリオの「序」としての意味合いぐらいだろうか。

〇第2話 「大きなヴィジョンを持ちましょう」

 昼間の事務所、放クラの面々が会議をしているところから場面が開始される。果穂が「総理」、智代子が「厚生労働大臣」など、各人が役職を割り振られ、「議会ごっこ」をしながらごみ拾いのことについて話し合っている。自分たちで楽しくすることが得意な放クラらしさがある。
 ここで、重要な役割を担うのが、環境大臣である夏葉だ。彼女はごみ拾いに使うビニール手袋を、天然ゴムなど地中で分解されるものを使うことを推奨する。
 理由のわからない果穂に対して、捨てられても分解される木や紙などのごみと、プラスチックやビニールなどのそうではないごみ、特にペットボトルのように400年も分解されずに残るごみがあることを教える。
 このあたり、放クラが年齢に幅があるユニットであることが活かされているなと思う。教える、教えられるという関係性が自然と成立するためだ。
 燃やせばいいんじゃないか、という樹里の意見に対しても温室効果ガスが出るため難しく、ペットボトルなどのプラスチックごみが環境に負荷を与えるのは避けられないと夏葉は結論づけ、だからこそ、そのような製品を使うのこと自体を控えるべきだ、という提案となったことに繋げる。
 ここで、夏葉から本シナリオにおける重要キーワードが紹介される。

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 SDGsは2015年の国連サミットで採択されたもので、日本語訳は「持続可能な開発目標」である。
 ここで、プロローグで触れた「アジェンダ21」に目を向けると、「アジェンダ21」とは「21世紀に向けた持続可能な開発を実現するため(「アジェンダ21」のWikipdeiaから引用)」のものである。「アジェンダ283」という題名のシナリオにおいて、SDGsという言葉がキーワードとして出現することは、「アジェンダ283」が、「アジェンダ21」から引用されていることを示すと見ることに一定の妥当性を与えるだろう。
 そして、そういった意味で「アジェンダ283」のアジェンダは、「283プロダクションを今後も持続可能にしていく」ためのものであると読み取ることができるのではないか。では、そのための課題は? それはすでにプロローグで見た通りである。

 ここで、舞台はどこかのイベント会場の控え室に移り、ストレイライトが登場する。こちらでもSDGsが話題になっており、冬優子が解説するのだが、こちらは理念を語る夏葉と対照的に「SDGsという運動」に対して冷めた目線で解説がされる。

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 ここで、冬優子はSDGsを、意義ではなく、世間に対してのアピール手段の一つとして捉えていることが示される(実際、冬優子はSDGsがどんな略称であるかを把握していない)。放クラ、夏葉の持つ、理念が先行するスタンスに対して、カウンターとしてすぐにこのような捉え方が示されるという構成には舌を巻く。
 そしてこれはストレイライトの在り方も示しているだろう。ストレイライトにあるものも理念より先に目的である。冬優子はそういう認識(SDGsの理念はどうでもいい)でありながら、ごみ拾いに「#SDGs」を利用すればアピールできると提案し、あさひと愛依を説得する。夏葉とは真逆の意味でストイックと言えるだろう。
 冬優子の提案に、ただ感心する愛依、理解は示すがそれよりもゴミ拾いでおもしろいものが見つからないかどうかに興味津々のあさひがいて、冬優子が空回り気味になるところもバランスが取れている。ともあれ、ここではストレイライトも彼女たちの理由を持って、前向きにごみ拾いに向き合うことが示されている。

 次の舞台はレッスンルーム。アルストロメリアがレッスン後に帰宅の準備をしているシーンだが、甜花がスマートフォンでメッセージを送るのに悩んでいる。真乃にごみ拾いを頑張るという思いを伝えたいが、文章が短いのではないかと気にしているようだ。
 甘奈は短いと思わないが、甜花がそう思っていないということを汲んで、それなら写真をとって送ればいいと提案する。千雪もメッセージの文面を確認し、こう得心する。

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 言葉に含んだ以上の気持ちを、どうやって伝えるか。イルミネの3人が思い悩んでいたことにも通じる部分だろう。解決策が見つかった甜花が、嬉しそうに3人の写真を撮って、第2話が終わる。

 第2話のタイトルは「大きなヴィジョンを持ちましょう」。SDGsというキーワードがそれこそヴィジョンとして提示され、ノクチル以外の全てのユニットについて、ごみ拾いに向き合う姿勢が描かれた。第1話に対して、シナリオでやりたいことが少し見えてきたような気がする。

◯第3話 「つながりを考えましょう」

 いよいよごみ拾い当日。ユニットごとに地区分担され、その中でイルミネがサポート役として立ち回るようだ。

 最初にカメラが向くのはノクチル。透が「飲み物を忘れた」と言い、円香が「コンビニ行けば」と提案する。それじゃあ行ってアイスを買おうという流れになり、雛奈は素直に喜び、小糸が若干の罪悪感を持ちつつもコンビニへ向かう。
 それを真乃は離れたところから、少し心配そうな目で見送る。同じくノクチルが移動しようとしているのに気づいた灯織に、飲み物を忘れたみたいで、と真乃が伝え、それじゃあ水分を持ってこないと、と言う灯織に、真乃は大丈夫と言う。

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 楽しそうだったから、と言う真乃の表情はしかし眉尻が下がったままだ。ここで、めぐるが、じゃあ私たちも買い物に行こうか、と提案する。灯織も、今日は私たちが楽しんでいるのがきっと一番大事だし、いきなりアイスを食べるのはちょっと楽しい、と賛同する。
 真乃は、やはり、みんなが無理してきてくれているんじゃないか、と考えてしまっていることを打ち明け、めぐると灯織は「知ってた」と受け止める。それを聞いて、真乃は吹っ切れる。

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 ここで、めぐるも灯織も「そうじゃないけど、そう」と言っている。何が「そうじゃな」くて、何が「そう」なのか、というのは曖昧なのだけれど、その曖昧さがいい。

 次のシーンはアルストロメリア。甜花が川辺に跳ねて乗り上げてしまった小魚を見つけ、焦りながらも助けようとする。そこでごみの容器を見つけ、それで掬って川に戻すことを試みる。
 一方、甘奈と千雪は川沿いから少し離れたところでごみ拾いをしているようだ。3人とも固まってではなく、個々人で作業していることが察せられる。この辺りは彼女たちのこれまでの蓄積が表れているだろう。
 甘奈と千雪の2人が話していると、近くにサギが現れる。餌を探している様子のサギは、しかし落ちているキャップを嘴に咥えてしまう。焦る甘奈と千雪。甘奈は思わず駆け出し、サギがキャップを持っていくのをなんとか防ぐ。間違って食べられてしまっていたかもしれないキャップを拾えたことに、拾えてよかったと安堵する千雪。

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 一方で、甜花は小魚をすくった容器――これがペットボトルの容器だったことがここでわかる――が、落ちていてよかったと安堵する。無事に小魚は川に返せたようだ。

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 ここには、キャップというごみが鳥に対して危険であることを示すとともに、キャップの対となっている(と思われる)ペットボトルの容器が、小魚を助けるという対比がある。
 そして、次のシーン、第3話のラストには、先程のサギが、川から魚を捕まえているところが描かれる。一連の出来事の「つながり」を象徴させるシーンではないだろうか。

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 第3話のタイトルは「つながりを考えましょう」。アルストロメリアのシーンは上記で述べたように、ヒト、ごみ、自然という「つながり」がかなり明示的だったように思う。また、ノクチルの行動によってイルミネが触発されたのも、それとは違った意味で「つながり」を感じさせるものだった。

後編


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