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ブックレビュー「全ロック史」

最初に近所の本屋で見かけた時は、「全ロック史とはえらく仰々しいタイトルだなあ」というのがまず最初の印象で、次に「この人一体誰だろう?」、「果たしてこの本の役割は何なんだろうか?」との疑問が湧いた。

これまでのロックミュージック指南書の多くは、ディスクガイド本だったり、ロックミュージックのある一面を深く掘り下げるものだった。70年代ロックとかアメリカンフォークとか。著者は音楽ライターだ。

それに対してこの本はタイトルにある通りロックミュージックの始まりから現在までの歴史をすべて網羅しようと試みる。当然ある一面を深く掘り下げる本やウエッブサイトよりもその部分だけを見ると内容的には薄いものになってしまう。それでも全歴史を広範に扱う意味は何なのだろう。

大学の教科書に使う?そういえば金沢大学のオープンアカデミーにビートルズ大学というのがあるそうだから、どこぞの大学に「ロックミュージック科」があってもそれほどおかしくも無い。しかしどうもそうでも無いらしい。

本書の著者は西崎憲と言う方で、職業は小説家、翻訳家、作曲家。また元々ミュージシャンを目指していたようで、2021年3月の日経新聞夕刊「こころの玉手箱」の連載記事によると2016年フジロックフェスティバルでスコットランド出身のバンド、トラッシュキャン・シナトラズのサポートを務めたこともあるそうだ。相当音楽に思い入れがありそうな方だ。

この本の「あとがき」によると、当初はこの本はロックの訳詞集を作るつもりだったのが、時間とともにロックミュージックの歴史を記した入門書になったのだという。そして、

「この本は日本の音楽会でほんとうにささやかな仕事をし、小説の翻訳を仕事とし、小説も少し書いているロックのファンが、少なく無い年月をかけて書いたものである」

という。

タイトルの横に表記された英語題は、”A History of Rock Music"とある。不定冠詞のある歴史、すなわちあくまでもある見方を示した歴史書の一つという位置づけだ。

実際に読んでみて、網羅的にロックの歴史を語っているわけだが、私自身興味が無いジャンルについてはその内容が正しいかどうか判断できない。逆に興味がある部分については、あまり新しい情報は得られなかったし、紹介されている曲も既に知っているものが多く、ディスクガイドとしては他にも充実したものがある。

それでもなぜ訳詞集を全ロック史にする必要があったのか?

これはあくまでも想像だが、翻訳家として英訳詞を掲載するにあたり、まず自分の好きな音楽やミュージシャンの英訳詞のみをとりあげるのではビジネスとして成り立たない、という目算があったのではないかと思う。

また主観的で音楽史の一部を切り取るようなものであれば、今の世の中ブログやnote等で取り上げることはいくらでもでき、実際そういったものは溢れているだろう。

そういうスタイルに追随するのは面白く無いし、とはいえ自分が好きな英訳詞の選択には妥協はしたくない。そういう矛盾、すなわち主観的に選択した英訳詞を本書に交えながらもビジネスとして成立させるにはどうすれば良いか。それを考えて全ロック史というフォーマットが最適だという結論に達したのではないだろうか?

実際この本を読んでみると、全部で本文は444頁あり、手掛けた英訳詞は190曲にも及ぶ。190曲は必ずしもそのミュージシャンの代表曲とは言えない。その選択に著者の拘りを感じる。

さらには190曲を包み込むために全ロック史の資料集めをし、それをまとめる努力は並大抵なものではなかったことだろう。

本書の前半はジャンルやカテゴリー分けでまとまられているが、21世紀に入ってからは音楽が折衷的(エクレクティック)になって来ており、ジャンル分けはあまり意味が無くなっている。著者もそれを分かっているためか、ポストロック以降は切り口を変える努力をしている。年代別だとまとまりが悪くなるのでやむを得ない部分はあろう。

著者はあとがきの最後にこう締めくくっている。

「本書が多くのかたに読まれることを願い、書き終わったことに深く安堵し、もとの一ファンに戻ろうと思う。」

これをやり遂げた著者もやっぱり一ファンが一番だと思ったのだろう。

ディスクガイドとしては他にも充実したものがある、とは言ったが、いつもの習性でまた本書に準拠したプレイリストを作ってしまった。どうしても好きになれないジャンルは含めなかったことはご容赦頂いた上でご興味のある方はこちらからどうぞ。




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