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ブックレビュー「くるりのこと」

私のくるりとの出会い

実はくるりを私が聴くようになったのは割と最近のことだ。

くるりについて知るのが随分遅かったのは、彼らのメジャーデビューがバブル崩壊後の98年で、ほぼ私が米国に行くことが決まってその準備で忙しかった時期だからだ。翌年渡米して、日本に帰国したのが2007年だから、くるりのアルバムで言うと「さよならストレンジャー」から「ワルツを踊れ」というくるりが勢いを増している時代(岸田繁によるといい気になっていた時代)が全く抜け落ちている。

本書「くるりのこと」は元ロッキン・オン・ジャパンの宇野維正が、くるりのフロントマンである岸田繁から依頼を受けて着手し、数多くのインタビューを編集して2016年に初版本が発行され、それに新章を加えて文庫本化したものだ。丁寧な作りで、20年間にわたるくるりの歴史と激しいメンバー交代の事情や各アルバムの背景を勉強するのにはもってこいの本だった。

さて、私がくるりについて最初に興味を持ったのは2016年5月で、HDRに録画していたタモリ倶楽部に岸田が出演していたのに気がついた。京阪電車に乗って、そのエンジン音を床に這いつくばって「うわあ、ええ音するわ」と喜んでいるのを見て、「この人はあらゆる音に関して相当敏感な人なんだな」、という印象を持った。

次にくるりに関して興味を持ったのはスカパーで結成20周年を記念したベストアルバム「くるりの20回転」のプロモーション番組を同じくHDRの録画で見た時だ。岸田とメンバーの佐藤が母校の立命館大学を訪問して、部室のようなところでオリジナルメンバーだったドラムスの森重行を招いて初期の曲を何曲か演奏していた。

その内の一曲がメジャーデビュー作の「東京」で、すぐにApple Musicでオリジナルを聴き直して、Radioheadの”Creep”へのオマージュのような「ガコッ...ガコッ」というギター音、曲間の一瞬のギターベンディング(3:36ぐらいのところ)を気に入ってしまった。

一方「東京」の「ですます」調の歌詞については、昔のフォーク調(フォーキー)に聴こえてあまり好きにはなれなかった。岸田は本書で、「東京」はもともと別のタイトルで、事務所の関係者から「東京」ってどう、と薦められたが、「そんなん、たかじんさんやないですか?」と思ったこと、またこの「東京」の歌詞を書くまでは「歌詞をまじめに書くという発想が全く無かった」とも言っている。もちろん「フォーキー」だから悪いというわけではなくて、むしろ「東京」がくるりの代表作の一つになったのはその歌詞にあるのではないかとさえ思うが。

貪欲な新旧音楽への姿勢

同じスカパーの特集では、岸田自身が幼少時代から振り返るインタビューがあって、そこには初めてのロック体験からクラシック音楽との出会い、オーストリア録音、交響曲の作曲などについても語られていた。浪人生のような風貌とは裏腹に、貪欲な音楽への姿勢に好感を持った。

先の「東京」が収録されたデビューアルバムのプロデューサーは私の年代には馴染みのある元四人囃子、元プラスチックスの佐久間正英。プロデューサーとしての佐久間の音へのこだわりは凄まじかったようで、岸田は「今の今まで、本当にすごいなって思ったプロデューサーは、佐久間さん以外はあんまりいない」とまで言っている。ベースの佐藤にとっても、佐久間とのレコーディングは驚きの連続だった。

「ベースもスタジオに入る前から全部セッティングされてるんですよ。(中略)ゲージっていう、弦の太さが、自分がいつも使ってるやつより細かったんですよ。それで、いつも使っているやつがいいっていって、勝手に張り替えた時は怒られた。」、「でも、それって、弦張ってからの時間まで考えてあったんですね。」、「『はあー!』って感じでしたね」

そういう佐久間との仕事について岸田は「佐久間さんとの仕事にはお金はかかったでしょうけど、最初にそういう体験をさしてもらったことはラッキーだった。」、「だから、レコード会社には『最初からとてもいいお金のかけ方をしてくれたな』って感謝してるし、それはメジャーに行って良かったって思える出来事ですね。そういう正しい位置からスタートするのって、すごく重要なことやなって思うから」と言っている。

さらに二枚目の「図鑑」では、ジム・オルークをプロデューサーとして迎えた。岸田に言わすと、「ジムって、音響系とか言われて、すごく偏差値の高いミュージシャンというイメージが当時あったと思うんですけど、ただのオタクでしたね」、「昨日録った曲が、解体されて、編集されて、まったく違う曲になってたり。」、「ちょっと足踏みしてた時に、そういう人と仕事をするっていうのはすごく刺激的やった。」となる。

くるりの音の特徴

今回くるりの歴史に沿った形で彼らの楽曲を聴くようになっての印象は、その音の幅広い変遷だ。まさにくるりは何回転もしているのだということ。本書ではその音の変遷とバンドメンバーの交代を絡めて語っているが、両者の関係までは私にはすぐには理解できない。

本書で紹介されている代表曲をざっと聞いてみたが、その掴みどころが無いというか岸田の好みに左右される音楽性に改めて驚いた

そういう特異な音楽性についてヒントらしきやりとりが本書にある。宇野から「どうしてくるりは、上の世代のレジェンド・ミュージシャンたちから「彼らの音楽が持っているなにか」を愛されることが多いのだろうか?」と自己分析を迫られた岸田は次のように答えている。

「これは勝手な分析ですよ。もしかしたらね、俺らが1930年代以前の古典音楽や近代音楽を、しっかりと自分たちの音楽に取り入れているからかもしれない。これって、俺らの世代のほとんどの人がやっていないことだから。」、「これは俺の持論ですけど、バッハ、モーツアルト、ハイドン、そしてバロック以降の20世紀前半ぐらいまでの古典音楽、近代音楽っていうのを、ポップスと結びつけている人って、世界的にも結構少ないと思っているんですね。」、「そういう部分が、もしかしたら上の世代のミュージシャンの方々におもしろがられているのかなって気はしますね」

私のお気に入りのくるり集

クラシックの素養の無い私にはそこまでの面白さが聞き取れているとは思えないが、俄かくるりファンである私が気に入ったくるりの曲をここに何曲か挙げたい。

1. アナーキー・イン・ザ・ムジーク

まずは2007年にウイーンで録音された第7作のアルバム「ワルツを踊れ」に収録されていた「アナーキー・イン・ザ・ムジーク」。初のライブ盤「Philharmonic or die」でウイーン・アンバサーデ・オーケストラとの共演の方のバージョン。この曲は歌詞も素晴らしい。

全然軽薄で結構
灰や楼をしらみつぶしにして
安っちょろい爆弾抱えては
もぐるもぐる地下の深いところ
全然場違いで結構
調子はずれのリズムで結構
そこが案外ツボだったりして
クロマチックで這い上がってゆく

2. HOW TO GO

次に2003年に発表されたくるり初のトップ10シングル「HOW TO GO」はアルバム第五作「アンテナ」にも収録されている。これはライブのバージョンで、ドラムスは「俺に叩かせろ」と言って加入したクリストファー・マグワイア、ギターは大学時代の先輩である大村達身。当時のくるりならではのダイナミックさが出ている。

3. 東京 インディーズ盤「もしもし」ver

佐久間正英プロデュースによるデビューアルバムに収録されていた「東京」だが、岸田は本書で最初のレコーディングで一つだけ気に入らなかったこととして、間奏がはしょられたからだ、と言っている。そのはしょられていないバージョンがインディーズ・ファースト・アルバムに収録されている。

4. ロックンロール

この「ロックンロール」は2004年に発表されたくるり13枚目のシングル盤でアルバム第5作「アンテナ」にも収録されている。

5. everybody feels the same

電圧の異なる韓国ソウルでレコーディングされた2012年発表のアルバム第10作「坩堝の電圧」に収録されていた「everybody feels the same」。2011年の東日本大震災後、たまたまライブを観に来た吉田省念のホームスタジオにファン・ファンを交えて音を鳴らして新たな可能性を見つけた頃の弾けた様子が見える作品のように思える。

6. 尼崎の魚

2010年に発売されたカップリングベストアルバム「僕の住んでいた街」に収録された「尼崎の魚」。元々はファーストシングル「東京」のカップリング曲。

7. There is (always light)

吉田省念が脱退し、長年お世話になった事務所を離れ、東京で再出発した2014年に発表されたアルバム第11作「THE PIER」に収録された"There is (always light)"。

8. Tokyo OP

2018年発表の第12作目の「ソングライン」から”Tokyo OP”。プログレの影響が明白なインスト曲。

9. モノノケ姫

1998年にインディーズ第二作目として発表された「ファンデリア」から「モノノケ姫」。まだくるりが一回転目ぐらいのパンクっぽい曲。途中James Bondのテーマのようなギターソロがあったり偽物くささが素晴らしい。

10. Morning Paper

こちらもアルバム第五作「アンテナ」収録の”Morning Paper”。かき鳴らすギター音やバンドアンサンブルが極めてロック王道的で気持ち良い。

10曲を選んでみると、インディーズ時代の「もしもし」から一曲、同「ファンデリア」から一曲、第5作「アンテナ」からが三曲、第7作「ワルツを踊れ」からが一曲、カップリングベストアルバム「僕の住んでいた街」から一曲、第10作「坩堝の電圧」からが一曲、第11作「THE PIER」から一曲、第12作「ソングライン」から一曲。岸田が「クリストファーのアルバム」と呼ぶ「アンテナ」が最も多い。

シングルカットされたのは「東京」、「HOW TO GO」、「ロックンロール」、「everybody fells the same」の四曲。バラードはゼロで、どれも私好みのロックのダイナミズム感じるギター音がする曲ばかりになってしまった。

くるりが20回転以上する中、その一面しか捉えていない選曲となったが、それでもその一面が自分の好みに合っているのは嬉しいものだ。次にその一面が現れるのは何回転目なのかわからないが、今後ともこのバンドはフォローして行きたいと思う。


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