ブックレビュー「レコード・コレクターズ増刊ロック・アルバム200-創刊40周年スペシャル-」
Apple Musicをサブスクリプトしてからは、圧倒的に音楽を聴く「量」が増えたし、気軽にPlaylistを作って好きな曲群を好きな順番、あるいはランダムに楽しめるようになった。これは音楽を聴く上で劇的な変化だ。
もちろんLPレコード時代のように、一枚をじっくりと、録音された順番で聴いて、さらに盤をひっくりかえして味わう…というような聴き方では無いので、どうしても聴く姿勢が浅いのは致し方ないところ。こちらはLPレコードのお宝探しで補っているのかもしれない。
今回ブックレビューに取り上げた本書は、創刊40周年を記念して今年レコードコレクターズ誌の5-8月号で4ヶ月にわたって発表された、60年代から90年代の4つの時代のロックアルバムベスト200の結果を基に、新たに選出した60年代から90年代を通じたオールタイムのランキングである。
Apple Musicサブスク以前はこういったロックアルバムコレクション本を買っても聴いたことが無いアルバムが結構あった記憶があるが、サブスク利用でこの8年間に相当な「量」を聴いたがために、今回最初にこの増刊号を手にとったときもその選出結果に驚きはあまり無かった。
しかし本書を読んでじっくりと見てみると、「ほー」とランキング入りを意外に思うアルバムが選ばれていることに気がついた。
例えば私にとって「ほー」のアルバムは次のようなものだった。
1. Trout Mask Replica by Captain Beefheart & His Magic Band(第24位)
2. TNT by Tortoise(第32位)
3. E2-E4 by Manuel Gottsching (第55位)
4. Future Days by Can(第58位)
5. Begin by The Millennium(第68位)
6. Suicide by Suicide(第83位)
7. Hats by The Blue Nile(第85位)
8. Blue Lines by Massive Attack(第86位)
9. Colossal Head by Los Lobos(第89位)
10. Unknown Pleasures by Joy Division(第98位)
11. Laughing Stock by Talk Talk(第102位)
12. No Other by Gene Clark(第105位)
13. Philosopy of the World by the Shaggs(第112位)
14. Hear Nothing See Nothing Say Nothing by Discharge(第115位)
15. A Rainbow in Curved Air by Terry Riley(第122位)
16. Loose Shoes and Tight Pussy by Alex Chilton(第126位)
17. Hums of the Lovin’ Spoonful by The Lovin' Spoonful (第134位)
18. Jordan: The Comeback by Prefab Sprout(第137位)
19. World of Echo by Arthur Russell(第141位)
20. Scum by Napalm Death(第145位)
21. Faust by Faust(第155位)
22. This Heat by This Heat(第175位)
23. Terminal Love by Peter Ivers(第176位)
24. Ca Va by Slapp Happy(第178位)
25. Street Noise by Julie Driscoll, Brian Auger & The Trinity(第183位)
26. Neu! by Neu!(第184位)
27. Silver Apples by Silver Apples(第187位)
28. I Hear a New World by Joe Meek & The Blue Men(第189位)
以上28枚。ご覧になった通り、いわゆる日本でロック名盤に挙げられることがほとんどないアルバム群だろう。実際ここで挙げたアルバムは本書に掲載されている、読者が選んだ方のベスト50には全く含まれていない。
また読者が選んだベスト50との比較で言うと、「ホテル・カリフォルニア」はベスト200では121位なのに対して読者ベスト50では9位と落差が大きい。また「ローリングストーン」誌が2020年に公開した”500 Greatest Albums of All Time"で3位に入ったJoni Mitchellの”Blue”は78位と低迷している。
この二つのランキング差はどう考えたらよいのだろうか。
本書の200枚選出は音楽評論家・ライター・ミュージシャン等41名が選んだものだが、本書の鼎談で小倉エージ氏はまず次のように指摘している。
小倉氏は、個人的なマニアライクな評価が強く出ている結果、いわゆる「私的な名盤」が入っている、というのだ。
そもそも読者はこういったベストアルバム選出に何を求めるのだろうか。私は日本人らしく自分のベストアルバム選出センスが普遍的であるかの確認を求めるか、逆にあるいはまだ自分が聴いたことが無い「お宝」を求めるか、のどちらかではないかと思う。
もし小倉エージ氏が指摘するような「私的な名盤」を除くのであれば、評論家的なマインドセットが無いであろうミュージシャンを選出者に含むのは得策では無いということになる。その意味では編集部には「私的な名盤」を含めてもよいだろう、という思惑があったのだと思う。
またそれ以外にも、ポップスに位置付けることもできるZombies、Millenium、ジャズであるMiles Davis、ソウルであるMarvin Gayeが「ロック」アルバムセレクションに含まれていることから、「そもそもこれらはロックなのか」という問題もある。
また小倉氏は鼎談者との会話から、「音」の斬新さ重視のあまり、反社会が持ち味であるロックの背景にあるべき社会性の欠如が見られる、とも指摘している。
これらを総合すると、結局日本人が乏しい欧米社会に対する理解の中で選出した、という意味でも「日本独自のロックの捉え方、ロック史を物語るもの」という小倉氏の指摘は正しいと思う。
もう一歩進むと、小倉氏のようにロックを同時代として聴いてきた世代と違って、後追いで学んできた世代にとって、「ロック」という枠組みには大きな意味が無くなっていて、自分の好きなミュージシャンに影響を及ぼしたアルバムを学んでいった経緯から見て、ジャンルや社会性の問題は希薄にならざるをえないし、好きなミュージシャンは音楽演奏家目線で「音」の斬新さと独自性を追求することから「私的な名盤」に興味が集まることになっているのではないか。
さて、私の場合本書を手にとった理由は先の「お宝」さがしのウエイトが高かった訳だが、今回意外に思った28枚の内、ジャンル的に自分の好みから外れているものを省くと、今回の収穫は、#5(第68位)、#7(第85位)、#9(第89位)、#12(第105位)、#16(第126位)、#17(第134位)、#24(第178位)の7枚ということになる。これ以外にはランク入りは意外では無かったが、Apple Musicで配信されていたことを知らなかったJim O'hroukeの"Eureka"は今後聴き込んでいくことになるだろう。
200名の内28枚意外は既によく聴いたアルバムで、このため「お宝」探しをするというのも、私ぐらいの世代の音楽ファンには多いのではないかな。
それに既に音楽ジャンルを超えてEclectic(折衷的)に聴く姿勢が一般化していくと「ロック・アルバム」というジャンル別のランキングも今後は見られなくなっていくと思う。
どのみち私は「私的な名盤」Playlist作りに勤しむつもりだし。