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「ベツレヘムに向け、身を屈めて」by ジョーン・ディディオン

Netflixで雑誌ローリングストーンのDocumentary「時代の精神」シリーズ1のエピソード2を見ていると、若干16歳で同誌のライターになり、後に映画監督・脚本家になったキャメロン・クロウの面白いエピソードがあった。

当時同誌とは相性の悪いミュージシャンやバンドがいて、レッド・ツエッペリンもそのうちの一つだったが、キャメロンは敢えて彼らの記事を書くことに挑戦、嫌がるバンドを三週間かけて口説き、やっとのことで記事にまとめあげた。その記事をキャメロンが住むロスからローリングストーン誌があるサンフランシスコに送ると、編集長のヤン・ウエナーに会いに来いという。

ヤンはサンフランシスコを訪問したキャメロンに、「この記事は採用するが、これじゃ失敗だ」と言う。キャメロンがどこが失敗なのかと尋ねると、ヤンは「16歳にしては上出来だ。だがプロとしては甘すぎる。描く対象に対してね。辛らつである必要はないが、ただのファンより広い視野を持たねば。」、「彼らの望むことを書いてもダメだ。この記事では君が捉えたシーンの核心がわからない。感じたことや匂い、数年後の読者にとって彼らは歴史上どんな意味をもつか、それが足りない」と答えた。

そしてヤンは「待ってろ」と言い、奥の部屋から何やら一冊の本を持ってきた。それがジョーン・ディディオン「ベツレヘムに向け、身を屈めて」だった。「もし本気でライターになりたいなら、音楽への愛を語るだけの批評家ではダメだ。ディディオンから人物の捉え方を学べ。」と言い、またディディオンが書いたドアーズのジム・モリソンのプロフィールを持っていけ、と渡した。

このエピソードを見た私は猛烈に「ベツレヘムに向け、身を屈めて」を読みたくなり、早速近所の図書館へ走った。

ジョーン・ディディオンについて全く知らなかった私はまずネットで情報を検索し、またNetflixで見つけたドキュメンタリー「ザ・センター・ウイル・ノット・ホールド」を見た。結果的にこのドキュメンタリーにはこの本にあるエピソードと重複するところが多々あり大変参考になった。

ジョーン・ディディオンは現在86歳で、2015年にはセリーヌの2015年春夏広告キャンペーンに起用され話題になった。作品は寡作で、小説が5冊で、ノンフィクションが12冊、他に脚本が5本。76年版の映画「スター誕生」の脚本は夫のジョン・グレゴリー・ダンとの共作だ。

さてこの「ベツレヘムに向け、身を屈めて」は60年代のヒッピーやカウンターカルチャーを描いた20編から成るエッセイ集だ。「黄金の土地のライフスタイル」、「個人的なこと」、「こころの七つの場所」の三つの章からなる。

最初の「黄金の土地のライフスタイル」の内の一編は本のタイトルと同じ比較的長い文章で、彼女がサンフランシスコのヘイト・アッシュベリ地区で過ごした日々を克明に描いている。

そこには当時のヒッピーたちのドラッグに塗れた荒んだ生活が溢れていた。文中にはジャニス・ジョプリンやグレイトフルデッドも登場する。インタビューする若者たちの語る非現実な思想と革命への期待。全米中から家出した世間知らずの若者が集まり、そして消えていく。わずか5歳の幼稚園児スーザンは両親の前でLSDを口に入れている。幼稚園でほかにもストーンする子がいるのか、と訊くと「サリーとアンだけ」と言う。

ディディオンはこの原稿が「この本のなかでは一番切実な、どうしても書かずにいられなかった原稿」であると同時に、「初めてわたしは、すべてが粉々に砕けたことの、万物が離散したことの証拠を、じかにそのまま、とりあげ」、「書いたあと一番ひどい無力感に襲われた」と言う。

タイトルの「ベツレヘムに向け、身を屈めて」はこの本の冒頭にも紹介されているイエーツの詩の一部で、詩の数行がディディオンの耳に「まるでそこに移植されたかのように」ひびいていた、と言う。先のNetflixドキュメンタリーのタイトル「ザ・センター・ウイル・ノット・ホールド」も同じ詩の一文だ。

同じ章の「いつまでもキスをかわしあうところ」という一編ではジョーンバエズが始めた非暴力研究所に反対する住民の行政執行委員会の様子が描かれている。バエズは大学で教鞭をとる父親と社会活動にも熱心な両親による中産階級の恵まれた家庭で育ち、ボストン大学を中退後、タイミングに恵まれて第一回のニューポート・フォーク・フェスティバルで脚光を浴び、レコーディングし、最初のアルバムは、女性フォークシンガーとしてレコード史上最高を記録した。

ディディオンはバエズについて「彼女はいいときに現れたのだ」、「レパートリーは子どもが歌うようなバラッドだけというわずかのもので、自分の美しいソプラノを磨こうともしなければ、歌の由来にも無関心で、「悲しい」ものならなんでも歌い、それがフォークにうるさいひとたちの顰蹙を買っていた」、「バエズは、ひとりの人間になるより先に、有名人になったのである」と手厳しい。そして住民が非暴力研究所を反対しているが、「非暴力研究所で現実におこなわれていること」は「なんとも天真爛漫」だと指摘する。先日読んだ”No Direction Home"の中で、成長したディランがバエズから離れていく部分と重なる(「ジョニーはいったいいつまでメアリーハミルトンなんてうたっているんだ。」)

私は三つの章では二番目の章である「個人的なこと」が殊の外興味深かった。その章の中の「じぶんを好きになることについて」では思春期時代のノートを振り返り、その「思い違い」を冷静に指摘しその経験を踏まえてアドバイスをする。

「価値のあるものがじぶんのなかにすでにあるということを知る。それがじぶんを好きになるということだ。」「それがあれば、きっと、なんでも手に入る。ものごとを選り分ける力も、愛する力も、無関心でいられる力もだ。」

第三章「こころの七つの場所」の最後に8年間のニューヨーク生活とニューヨークを離れることになった際の精神状態が克明に書かれている。彼女は最後には「どんな話も前に聞いたような気がして」、いつも知らないうちに泣いているような状態だった。1月に結婚したばかりの夫ジョンが4月に彼女に提案する。「しばらくニューヨークから逃げ出そう、六か月の休暇をとるよ、どこかよそへ行こう。」

おそらくディディオンの特徴は、あらゆる事象に対する旺盛な好奇心と、空虚で頭でっかちな思想に陥らず、移ろいゆく時代や自分自身すら突き放して冷めた目で捉える視点と洞察力、そしてそれを的確に表現する知性なのだと思う。そしてヤン・ウエナーがキャメロン・クロウに教えたかったのもそこだったのだろう。

まえがきの部分でディディオンが自分自身について分析した部分が彼女の冷徹な視点を代表するようで面白いので最後に紹介する。

「記者としてのわたしの唯一の取り柄は、肉体的にとても小さくて、性格的に押しが強くなくて、精神的にぼんやりしているので、みんな、わたしがかれらの利益に反するようなことをする、とは考えないことだ。」、「でも、じっさいには、いつも反するようなことをしているのだ。忘れてはいけない。ものを書く人間は、いつだって、だれかを売っている。」





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