もみじ借りのようせいさん
さてさて、だんだん寒くなりました。
もうすぐ秋がやってこようとしています。
しかしどうしたことでしょう、お山はまだ青々としていて、夏のお洋服を着たままです。お山たちは言い合いました。
「今年は、もみじ借りのようせいさんが、おそいなあ」
もみじ借りのようせいさんは、もみじを借りてくる秋のようせいさんです。
秋が近づいてきますと、ほかの場所のもみじを借りてきます。そして冬が近づきますと、ほかの場所へもみじを持っていきます。もみじの持ち運びをしてくれるようせいさんを、お山たちは”もみじ借りのようせいさん”と呼んでいるのです。
秋は、ようせいさんが連れてきます。
でもどうやら、今年のようせいさんはチコクしているようでした。
このお山たちの北の北では、ようせいさんが大慌て。
「お、お願いですから、もみじを貸してはくれませんか?」
ようせいさんは、ガラスのような羽をパタパタふって、ちいさな頭をペコペコさせていました。そのようせいさんがお願いしているのは、北のお山でした。北のお山はあざやかな赤や黄色を身にまとっていて、もみじを見に来ているひとびとも満足そうでした。
北のお山は言いました。
「やだね。ぜったい貸さないよ」
これにはようせいさんも困りました。なにしろ、北のお山がもみじを貸してくれませんと、南のお山や、それよりもっと南のお山たちに秋が来ません。もちろん、きれいなもみじを見るのを楽しみにしていた人だって、がっかりしてしまうでしょう。
こんなこと、去年にはありませんでした。
「ねえ、どうしてもみじを貸してくれないの?」
ようせいさんは聞きました。すると北のお山は「おしえない」と言います。もういちど「どうして?」とようせいさんが聞きますと、北のお山は目をそらしてだまってしまいました。
ようせいさんは、どうしたらよいのかわかりません。頭の中では、春や夏、冬のようせいさんから怒られるすがたを考えて、ぶるぶる体をふるわせました。ようせいさんがあきらめそうになったとき、ぽつり、と、北のお山が言いました。
「……好きなひとが、できたの」
「えっ?」
「人間のね、好きなひとができたんだ」
北のお山はそう言いますと、もみじをさらに赤くさせました。
なんということでしょう。北のお山は、人間の女の子に恋をしてしまったようでした。
「あの女の子なんだ」
と、お山にのぼってくる女の子を見ました。10さいくらいの、元気そうな女の子です。お父さんとふたりでお山にやってきたようでした。女の子は目をかがやかせながらもみじを見ています。ようせいさんもドキッとするくらい、その笑顔はすてきでした。
「あの子、もみじが好きみたいで、よく来てくれるんだ。だから、もみじがなくなってがっかりさせたくないし、それに……」
そこで言葉を切ると、すこしもじもじしてから、小声でつづけました。
「もみじがなくなっちゃうと、ぼく、ハゲちゃうから……」
ようやく、ようせいさんは北のお山の気持ちがわかりました。きっと、北のお山はもみじを貸したくないわけではないのです。でも、女の子にかっこ悪いすがたをみせたくないから、もみじを貸せないのでした。
ようせいさんは、もみじを借りたいような、借りたくないような気持ちになりました。だって、ようせいさんは北のお山もほかのお山も、みんな大好きなのですから。
ようせいさんが、ガラスのような羽をパタパタふって、ちいさな頭でウンウンと考えていますと、お日様が、西へ西へとしずんでいきました。
北のお山にあそびに来ていたひとびとは、しあわせそうな顔をしながら帰っていきます。その中に、あの女の子もいました。
女の子はお父さんに「きれいだったね」と言って、とびっきりすてきな笑顔をみせました。北のお山は、てれくさそうにもみじを赤くします。
それから女の子は、こんなことも言いました。
「こんどは冬にあそびに来たいな。スキーでたくさんあそびたいな。お山のてっぺんから、スキーですいすいすべりたいな」
北のお山は、ぽかんとしてしまいます。
なるほど、と、ようせいさんは言いました。
「あの女の子は、もみじがとっても好きだけど、それよりなにより、北のお山が好きなんだね」
北のお山は、帰っていく女の子の後ろすがたをながめました。その背中が見えなくなるまでながめ続けました。
「ねえ、ようせいさん」
北のお山は言いました。
「ぼくのもみじを持っていってよ。……さっきはわがままを言ってごめんなさい」
ようせいさんは、にっこり笑いました。つられて北のお山もにっこり笑いました。
ようせいさんは、北のお山からもみじを借りますと、ガラスのような羽をパタパタふって、ちいさな頭をウキウキさせて、南へ南へ飛んでいきました。
秋は、ようせいさんが連れてきます。
もみじの持ち運びをしてくれるようせいさんを、お山たちは”もみじ借りのようせいさん”と呼んでいます。
今日もどこかで、もみじ借りのようせいさんはもみじを借りています。みんなのしあわせな顔を見るために。
〈おしまい〉
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