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位置エネルギーって何?存在しないの? -位置エネルギー解説編-

1. 背景

某インフルエンサー氏の発言が話題になっていますね。

先日彼の位置エネルギーの説明の誤りについて説明する機会があったのですが、ちゃんと説明しようとすると結構大変でした。

というのは、位置エネルギーという概念は物理学という大きな学問体系の一部なので位置エネルギーについてのみ切り離して説明するというのは難しいからです。

しかしながら彼の発言がどういう誤解に基づいているか考察し、どういう説明をしたら納得してもらえるかを考えるのは結構楽しいものでした。ここではその考えた説明を述べようと思います。

2. 目標

この文章の目標は

・高校、大学で物理学(力学)を学ばなかった人を対象として

・位置エネルギーがどういうものなのか、直感的に理解してもらうとともに

・ひろゆき氏の位置エネルギーについての説明の誤り、

・具体的には宇宙でも位置エネルギーは0にはならないこと、従ってこの件に関して物理学の内部に矛盾は生じていないことを納得していただく

と設定します。

物理学を学ばれた方からすると違和感のある表現があるかもしれません。ご承知おきください。

それからE=mc^2の式や重力波の話は全く必要ないし関係ないので出てきません。そこもよろしくお願いします。

3. 冒頭に貼った動画の内容

ひろゆき氏の説明の誤りを訂正することを目標とするので、先に動画の位置エネルギーに関する部分の内容をまとめておきます。原文ママではありませんがおおよそ正しい要約になっていると思います。

位置エネルギーとは高いところにあるものが持つエネルギーである。

エネルギーの性質として突然0になったりはしない。なぜなら質量とエネルギーは互いに変換されるから。

しかし物体を宇宙まで持っていくと落ちてこなくなる。つまりエネルギーが突然0になる。先述のエネルギーの性質に反する。よって位置エネルギーは存在しない。

それなのになぜ位置エネルギーを導入するかというとその方が計算しやすいからである。

これからこの内容の誤りを訂正していくのですが、先に断っておくとここに間違っている内容が含まれるからといってひろゆき氏の人格や能力についてどうこう言うつもりはありません。

私は冒頭の切り抜き動画しか見ていませんが、それだけ見ても位置エネルギーの話は抽象化についての話の例として出しただけということはわかりますからね。

この文章を書くのは、説明を考えるのが楽しかったから、それから話題になっていてるので面白半分で、という理由に尽きます。

4. 本論

4-1. エネルギーを持っている状態とは?

エネルギーが0になるかどうかについて議論する前に、まずエネルギーを持っているというのがどういう事なのかということを考えてみましょう。

エネルギーを持っているものの例は身近なところで考えても枚挙にいとまがありません。例えば人間、機械、電池、ガソリン、などなど・・・

これらに共通するのは何らかの意味で仕事をすることができるということです。

人間や機械は例えば物を持ち上げて何処かに運ぶという仕事ができるでしょうし、電池はモーターをつなげば羽を回せて、電球をつなげば光らせるという仕事ができます。ガソリンはエンジンに入れて適切に爆発させることによって車を動かすことができますね。

この文章においては直感的に、エネルギーを持っている状態とは「適切に処理をすることによって仕事をさせることができる状態」であると定義しておきましょう。

エネルギーをたくさん持っているとはたくさん仕事ができる状態、エネルギーが少ないとはあまり仕事ができない状態です。何か仕事をすると必ずエネルギーを消費するということも覚えておきましょう。※1

注. 「仕事」という言葉は物理学の専門用語でもあり厳密に定義がなされるのですが、ここでは日常的な意味の仕事として理解していただいて差し支えないです。ただしビジネスなどの複雑な仕事を思い浮かべてしまうと違和感のある表現となってしまう場合があるので、物を押して動かす、運ぶといった単純な動作を思い浮かべたほうが良いかと思います。注終

注. 「この文章で〜と定義する」などと書いていますがこれは私が勝手に定義しているわけではなくて物理学の専門的な概念を日常的な言葉に置き換えているということです。元の専門用語は厳密に定義されますが、その概念が何を表していると解釈するかは正しくさえあれば文脈によって変えて良いので、この文脈においてが伝わりやすいだろうと私が判断した解釈を選んでいます。注終

ここで押さえておきたいポイントはエネルギーを持っている状態であるということと今現在仕事をしている状態であるということは必ずしも一致しないということです。

例えば、電池がエネルギーを持つということは先ほど説明しましたね。しかし電池は何も繋いでいない状態ならば仕事はしません。何もしていない状態から電球を繋げば電球を光らせることができます。

今仕事をしていなくてもこれから取り出すことができるならばエネルギーを持つと言えるのです。

4-2. 位置エネルギーとは?※2

エネルギーには色々な種類があります。例えば電気エネルギー、化学エネルギー、熱エネルギーなどです。

誤解を恐れずに言うと、これらの名前はエネルギーがどういう形で「蓄えられているか」を表しています。

そして位置エネルギーもエネルギーの一種です。位置として「蓄えられる」ってどういうことだ?と感じるかもしれません。順を追って説明していきますね。

例えば何もない草原のようなところにポツンとエレベーターが生えていることを想像してみましょう(下図)。

図1

このエレベーターははるか上空、宇宙まで続いているとしましょう。

ひとまずこのエレベーターに乗って高さ3mまで登ってみましょう。その場所から飛び降りたとすると地面に着く頃にはそこそこの速さになっているでしょう。

3mの高さにいてエレベーターに乗っている時は全く動いていないので速さ0です(単位はkm/hでもなんでも構いません)。ところが飛び降りて地面に着いた時にはある速さを持っています。

止まっているものを押してある速さを持つ状態にするには力を加える必要がありますね。力を加えて動かすというのは仕事をするということです。4-1節で述べたように仕事をするにはエネルギーを消費する必要があります。つまり3mの高さにある人/モノは何らかのエネルギーを持っていることになります。このエネルギーはどこから来たのでしょうか。

ここで地面にいる時と3mの高さにいる時の違いを考えてみます。どちらの場合も同一人物なので身長、体重、造形、体を構成する物質などは(ほぼ)完全に一致しているといえます。3m高いところに登ったとしてそれだけで熱や電気を帯びたりはしないですね。

この二つの場合の違いは「いる場所」だけなのです。つまり高いところにものを持ち上げるとそれだけでエネルギーを持った状態になるということです。この、持ち上げることで持つようになったエネルギーが位置エネルギーと呼ばれるものです。

さらに登って100mに登ってから飛び降りることを考えてみます。

100mの高さから飛び降りて地面にたどり着いたときにはものすごい速さになっています。少なくとも3mの高さから飛び降りた時と比べるとはるかに速くなりますね。

この場合も3mから飛び降りた場合と同じで速さ0の状態から仕事をされ加速して地面にたどり着きます。にもかかわらず3mの時よりも速くなったということはたくさん仕事をされたことになります。そしてたくさん仕事をするにはたくさんエネルギーを持っている必要があります。

よって物のある位置が高ければ高いほどたくさん位置エネルギーを持つということになるわけです。

以上の説明で位置エネルギーがどんなものでどういう性質を持つのかということを理解していただけたと思います。

ここまででお気づきかもしれませんが3章の要約文の1行目は正しいです。ではなぜ正しい部分を長々と説明しているかというとエネルギー(特に位置エネルギー)を持つというのはどういう状態のことなのかを具体的にイメージしていただきたかったからです。ここまでの説明を前提として、次節から本題に入ります。

注. もしかしたら落ちているという状態がが仕事をされている状態であるということが想像しにくいかもしれません。その場合は地球があなたを引っ張っているとして次のように考えてみるといいかもしれません。

つまり「あなたと地球は本来別々で宇宙をさまようはずだったところを地球が重力を使ってあなたを引っ張っているので離れることがないのだ。※3」というイメージです。

このようなイメージで捉えると落ちるという現象は仕事をされて起こっているというのが実感しやすいかなと思います。注終

4-3. 宇宙にある物体は位置エネルギーを持たないか?

ここからが本題です。宇宙まで物を持っていくと本当にエネルギーが突然0になるのでしょうか。

再び先ほどのエレベーターの例で考えてみます。言い忘れていましたがエレベーターは赤道上に設置されているものとします。

そして今度は100mとは言わず数万kmほどのぼってみましょう。

地面から離れていくにつれどんどんあなたが感じる重力は小さくなって行きます。これには二つの理由があります。

一つ目は地球からどんどん離れるほど万有引力(重力)が小さくなっていく性質を持つことです。これは地球にいるときは月による引力(重力)が全く感じないほど小さくなっているということからもわかると思います。

この万有引力の小さくなり方がどの程度なのかというと、地表から地球の半径(約6000km)ほど離れると地表での万有引力の1/4程度になるというぐらいです。

このように万有引力の変化は非常に小さいため、基本的に地球上にいるときは重力は一定として考えます。

実際、富士山(約4000m)やエベレスト(約9000m)の頂上にいたとしても重力の大きさはほとんど変わらないので、日常生活において重力が変化することは全く気にする必要はないのです。

そして、感じる重力が小さくなる理由の二つ目は高い位置に行くほど大きな遠心力が感じられるようになるからです。

遠心力というのは、例えばプロレス技であるジャイアントスイングを食らっている時に感じる外側に投げ出される力のようなものです。(私も含めほとんどの人はジャイアントスイングを受けたことはないと思います。その場合は遊園地のコーヒーカップをものすごい速さで回した時に感じる外側に投げ出される力をイメージしてもらうと良いです。)

この力は回転の軸から遠い方が強くなります。ジャイアントスイングを受けていても長時間食らうと軸から遠い頭には血がのぼってしまいますが軸に近い足のあたりにはあまり影響がないことが想像できると思います。

さて、今エレベーターは赤道上にあるとしていているので高い位置にいる人と地球は以下の図のようになっています。

図2

エレベーターは地球に固定されているので乗っている人は地球の自転と同じ回転速度で回転します※4。

ちょうど地球にジャイアントスイングを食らっているような感じですね。

この場合も軸から遠いほど、つまりエレベーターの高い位置にいるほど大きな力を受けることになります。

エレベーター上で感じる重力は地表から離れていくほど小さくなっていく地球方向への力である万有引力と、地表から離れていくほど大きくなる地球から反対方向への力である遠心力の和になっています。なのでエレベーターで高い位置に行くほど感じる重力は小さくなっていくのですね。

地表では地球方向への力が大きいので私たちは地球から離れることなく生活できています。しかし高度を上げていくと地球方向への力は小さくなり、反対方向の力は強くなっていきます。そしてある高さ(具体的には35000kmほど※5)に達した時にその大きさは釣り合ってゼロになります。この時やっと無重力状態になります。

この状態の時位置エネルギーは0なのでしょうか?

無重力状態になる高さより少し低いところにいるときは位置エネルギー0ではなくむしろ莫大な位置エネルギーを持っていることが確認できます。なぜならその位置では遠心力より万有引力がわずかに大きいので自然に地球方向へ落ちていき、地表に達する頃はものすごい速さになるためです。

では無重力状態になる高さではどうでしょうか。先ほども言ったようにこの高さでは万有引力と遠心力が釣り合って感じる力は0になるため、エレベーターから飛び降りてもあなたの高度は上がりも下がりもしません。

ではこの状態から何らかの方法で少し高度を下げてみます。この方法はなんでもよく、例えば浮いている状態で霧吹きで地球と反対側に向けて一吹きするという程度のわずかな力をかけるでもよいです。それを行うとあなたの高度はわずかに下がります。すると万有引力と遠心力の釣り合いが崩れて地球方向へ力がかかるようになるので自然に地表へ落ちていく、先ほど莫大な位置エネルギーを持っていると確認した状態になります。

さて、無重力状態になる高さではどれぐらいの位置エネルギーを持っているのでしょうか。自然に考えるとそこからわずかに下がった高さで持っている位置エネルギーとほとんど同じぐらいだとわかります。なぜなら無重力になる高さにいる状態から莫大に位置エネルギーがあると確認した状態に持っていくのに必要なのは霧吹きの一吹きだけだからです。仮に位置エネルギーが0になっているとすると霧吹きの一吹きによって急に莫大なエネルギーを持つようになるという不自然な現象が起こっていることになります。

注. もちろん自然さのみを根拠としているわけではありません。物理学において実際には位置エネルギーや万有引力、遠心力等を数学的に表現され厳密かつ論理的な演繹を行うことにより以上の内容が導出されます。

中学、高校ではそのように導出された内容をわかりやすくした形で教えるのだと思いますがそこで教えられる概念自体は厳密に導出されたものと同一です。なので位置エネルギーという物理学の専門用語を使用する以上は無重力になる高さで突然減少してエネルギー0になるということを認めることはできないのです。

それに無重力になる高さで位置エネルギー0としてしまうと、0にならないとした時と比べて不要な仮定が増えてしまうことにお気づきいただけましたでしょうか。0にしなければエネルギー保存の法則など他の法則と矛盾しないにも関わらず、わざわざ0にしてしまうと他から導出されないその0になるという仮定が必要になることに加えて、その他に成り立つ法則にいちいち「ただし、〇〇の場合は成り立たない」などの文言を付け加える必要が出てしまうわけです。オッカムの剃刀的な思考や出来るだけシンプルな形で原理原則を与えようとする学問の基本的な姿勢と照らし合わせても、無重力になる高さで位置エネルギー0としない方が良いことがわかると思います。注終

4-4. 4章のまとめと次回予告

以上の説明で無重力でも位置エネルギーが0にならないということが納得していただけたかと思います(そうだといいな...!)。

そもそも位置エネルギーとは物理学の専門用語であり私が知る限り物理学の外で使用されることのない言葉です。そういう言葉は必ずその他の人と比較して専門家が圧倒的によく理解しているものです。

専門用語でも位置エネルギーのように直感的に理解できるものもありますがその場合でもやはり専門家が一番正しく理解しています。直感的な理解に基づく非専門家の質問が良い質問であることは度々あるとは思いますが、その質問は(本来の意味での)「素人質問」の域を出ることはありません。こと数学や物理学においてはそういった「素人質問」で学問体系がひっくり返ることは100%あり得ないのです。

どんな主張でも一旦批判的に考えてから受け入れるというプロセスは重要ですが、もし理系分野で相反する専門家と非専門家の主張のどちらかを無条件に飲み込むことがあるとしたらその場合は必ず専門家の主張を選びましょう。(政治的な主張などの場合は除きます。あくまで専門用語の理解など、専門の内側の主張の場合の話です。)

なにか専門用語知らなかったり正確に理解できていなかったとしてもそのことは決して恥ではないと思っています。私はたまたま物理学を学んだことがあったためこの件に関して偉そうに解説していますが、他の分野や高度な物理学になるとやはり知らないことばかりで人一倍勉強しないといけない身です。なので私も知らないことは知らないと認めて生きていこうと思います。たとえそれが義務教育の内容だったとしても直ちに「無教養」と烙印を捺される事などありませんからね。私がたまたまその日まで知ることがなかったというそれだけのことです。


7000文字と長くなってきたので一旦ここで区切ります。

次の記事でここまで触れてこなかった「位置エネルギーは存在しない。」という主張について考えてみようと思います。この主張も考えてみるとなかなか面白いです。


以下物理学を学ばれた方々への言い訳のような注釈

※1 実際はエネルギーは消費されるわけではなく、別の形のエネルギーに変換されているだけです。なので消費という言葉ではなく変換という言葉の方がより正確かと思いますが、エネルギーの変換はイメージしにくいのでここでは用いていません。

※2 位置エネルギーは重力によるものだけではなくバネや電気によるものなども含むため、もっと一般的な概念です。ですが今回は冒頭の動画の話題の中心にある、「重力による位置エネルギー」を扱っています。

※3 地球とあなたが引っ張りあっているという方が適切です。

※4 回転速度は角速度のことです。角速度という言葉は物理学や工学以外であまり使われていない気がするので言い換えています。

※5 静止衛星の軌道の高さです。

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