転職活動リマインダー -起動編-

1.誰かの願いが叶うころ

筆者は2021年7月からタイで働いている。自ら好んでタイにやってきたわけではなく、会社からで出向(※1)を命じられた形である。任期は3年で、24年7月まで。延長も出来たと思うが希望せず、当初の予定通り24年の7月に帰国をすることとなった。そしてこれが最も重要なことだが、帰国と同時に転職をすることとなったのである。

転職先は日本の企業なので、帰国し、有給休暇の消化を経て、24年9月より新天地で働くこととなる(※2)。朧気に転職を検討し始めたのはタイに赴くよりも前、2019年頃のことだが、本格的に選択肢として考え始めたのは22年12月、決意したのは23年8月、実際に活動を行っていたのは24年4月から25年5月である。

自分の転職活動について、人と比較して特に特別なことを行ったという自覚はないが、海外赴任中に本格的な活動を行っていた、という点では少し珍しいと言えるかも知れない。日本に帰国してから活動するという選択肢もあったが、帰国と同時に転職をする方が各方面(※3)への影響度が少ないと考え、このようなスケジュールとなった。もし、現在進行形で海外赴任をしていて、転職を検討している人がこの文章を読んでいるのであれば、筆者としては帰国後の活動を推奨する。海外在住の身で活動をしようとすると多少の制約(※4)がある為である。

自分が転職しようと思い立ち、実際にどのような活動をしていたかを記そうと考えたのは、海外から転職活動を行った自分の経験を後世に書き物として残したいと考えたからでは決してなく、ただ単純に自分の考えや思いを外に吐き出したかったからである。これは即ち自意識の現れ、隙あらば昔話や自慢話を繰り出そうとする一般的な中年男性、特に旧世代の管理職に見られる傾向の発露であることは、泣きたくなるほどに悲しいが否定しようがない。もう筆者も不惑です。もちろん、自分の経年を言い訳にしてこういった行為を正当化することはしないものの、筆者はきちんと自覚した上で繰り出していることだけは読んでいただいている方の適切な理解を賜りたい。ちなみに、こうやって、「他の人とは違うんですよ」ということをことさら強調し、理解のある姿勢を示そうとすることも中年男性によくみられる傾向であるので、こちらは理解というよりは注意した方が良い

2.全ての道が至る場所

筆者が転職に至った理由は、勤めていた企業への不満だとか、帰任先と考えられる部署への不満だとか、なかなか仕事に対して意欲が湧かない自分への不満だとか、とにかく仕事や会社というものに対するありとあらゆる不満が積み重なったものであるが、自分の将来に目を向けるきっかけとなった出来事が一つだけある。"FINAL FANTASY 35th Anniversary Distant Worlds music from FINAL FANTASY Coral Live in THAILAND"、FINAL FANTASYの35周年を記念して行われたオーケストラコンサート、そのタイ公演である。

筆者はゲーム音楽のオーケストラ(※5)が好きで、年に1回は聴いている。そして公式のオーケストラコンサートがタイはバンコクでも開催されると聞き、喜び勇んでチケット買ったわけである。当日、会場に着いてみると、その場に日本人は見当たらず、観客のほぼ全てがタイ人かファランと呼ばれるタイ在住の欧米人。筆者の両隣りにもタイ人の方が座っていた。日本のゲームが海外でも受け入れられていることへの安堵にも似た喜びを抱えつつ、筆者も本格的なオーケストラに演奏されるFFの音楽に浸っていた。

コンサートはつつがなく進み、予定された楽曲は全て演奏された。指揮者であるアーニー・ロスさんが一旦舞台袖に捌ける。しかし、もちろん会場の中にこれで終わりだと思っている人はいない。アンコール(※6)があるからだ。FFには名曲が多くある(※7)。アンコールには何が演奏されるのか、想像を巡らせながら喝采を送る観客たち。鳴りやまない拍手の中、アーニー・ロスさんが再び現れ、観客とオーケストラに一礼して、ゆっくりと指揮棒を掲げる。それを合図として再度静まり返るコンサートホール。振り下ろされた指揮棒と共に耳に飛び込んできた一音目で、全観客がアンコールの一曲目として何が奏でられようとしているのか理解した。"片翼の天使"(※8)だ。

あの特徴的なイントロ(※9)がなり始めた瞬間、一度は静寂に包まれていた会場が、再び拍手と喝采で沸き立つ。この曲を知らない人間は、この会場にはいないのだ。繰り返しになるが、FFが生まれた国である日本から来た人間はほぼいない。それなのに、全員が同じ曲で同じ感動を共有しているのである。アンコールの2曲目は確か"ザナルカンドにて"だったと思うが、やはり"片翼の天使"のインパクトが凄かった。あの時の一体感は筆者の短い人生では経験したことのないものだった。

音楽の素晴らしさに加え、この光景に筆者は参ってしまった。ゲームなんてニッチな趣味なのだが、少なくともこうやって周りの人間を感動させることは出来る。翻って自分は、世の中に不満があり、不満があるなら自分を変えなければならないが、それが嫌で耳と目を閉じ口を噤んで孤独に暮らしているだけである(※10)。これは良くない。自分が今からゲームやゲーム音楽を作ることが出来るとは思わないが、それでももっと自分の将来について、年齢や環境を言い訳にせずに、もう少し真剣に考えてみてもいいのではないか。そう思わされた瞬間であった。星をめちゃくちゃにしようとしたことは頂けないが、筆者としてはセフィロスに感謝したい。ありがとう

ここまでの文章を読んで、「確かにこんな出来事があったら転職もしたくなるよね」と思った人がいたら、率直に言って共感性が高すぎるので注意した方が良い。本人でさえ、なぜこの体験が転職活動に繋がったか理解していないのだから。いずれにしても、この22年12月のコンサートを境に、転職活動について本格的に検討を始めたのは事実なので、こじつけだと感じられてもそのように受け取って頂けると幸いである。

思いのほか長くなったので、律動編(※11)に続く。

注記

※1:出向
社員をグループ会社や他の組織に派遣すること。某銀行員のドラマにより、言葉自体にネガティブなイメージがついてしまったきらいもあるが、筆者が所属していた企業では海外赴任も出向の一つの形態なので、そこまで悪いイメージを持った言葉ではない。

※2:24年9月
この文章を書いたのは24年7月、帰国の直前である。

※3:各方面
ここでいう各方面とは方角や行き先ではなく、会社関係者や家族と言った利害関係者を指している。帰国して本社で働いてしまった場合、そこから転職すると、周りにかける迷惑の量が増えると思っていたが、今思えばただ早く転職したかっただけで、つまりは言い訳である。

※4:多少の制約
次回、"律動編"をご参照のこと。

※5:ゲーム音楽のコンサート
バンコクでもたまに開催されており、この1年後の24年3月には"NieR:Orchestra Concert 12024 [the end of data]"のバンコク公演にもお邪魔した。素晴らしかった。生演奏と生声の「く~わた~」を聞けて感動した。日本では大小さまざまなゲーム音楽コンサートが開かれているが、公式・非公式を問わずSquare Enixのゲームを元にしたものが多いと感じる。

※6:アンコール
元々は、演奏後に観客の要請に応じて既に演奏された曲やまだ演奏されてない曲を再度演奏すること、の様である。オーケストラのアンコールは、予定された曲目が全て演奏され、観客が拍手し、指揮者が舞台袖に捌け、だけども観客の拍手が鳴りやまず、指揮者が再び現れ、アンコール突入、という流れになっていると思う。ある種の様式美のように感じる。

※7:FFには名曲が多くある
筆者が好きなのは、"ビッグブリッヂの死闘"、"仲間を求めて"、"The Man With the Machine Gun"、"シーモアバトル"、"閃光"、"陥没道路"、"ハイタッチ"等。並べてみて、メジャーどころばかりだな、と気付く。FF14に関連する曲目ももちろんあるのだが、このNotesはそれを書くには狭すぎる

※8:片翼の天使
FF7のラスボス戦のBGM。不協和音のイントロとラテン語のコーラスが特徴的な、FFを代表する楽曲の一つ。FF6の妖星乱舞もそうだが、FFはゲーム音楽に新しい曲調を導入するという点で重要な役目を果たしていると感じる。

※9:あの特徴的なイントロ
デッデッデッデッデッデッデッデッ
テロテロテロテロテロテロテロテロ
デッデッデッデッデッデッデッデッ
ピーヒョロロロロピーヒョロロロロ

みたいなやつ。

※10:耳と目を閉じ口を噤んで孤独に暮らしているだけである
"攻殻機動隊 Stand Alone Complex"より、「世の中に不満があるなら自分を変えろ。それが嫌なら耳と目を閉じ口を噤んで孤独に暮らせ」。筆者がこの台詞に触れたのは大学生の頃で、当時は「不満がある世の中に自分を合わせないといけないの?」と思っていたが、年を重ねて改めて考えてみると、草薙素子が言おうとしていたのは、そういうことではないんじゃないか、と感じる。ちなみに、筆者にも家族はいるので、完全に孤独というわけではありません。

※11:律動編
"機工城アレキサンダー"より。


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