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自殺は、社会全体の責任

コロナ禍における経済的損失により、自殺者が増えるという声が、以前より高まっている。

そのおかげで、経済の影響が、その社会での自殺者数に影響を与えるということが広く認知されるようになってきた。

しかし、そもそも経済だけの影響なのだろうか?

世界各国の人口あたりの自殺者数を比較すると、韓国と日本が、ずば抜けて高い。異様に。

韓国に関しては、私自身は、【整形】を否定するつもりは一切ないし、最近はファッションのようになりつつあるので、昔とは違うとは思うが、そもそもの自分の見た目を変えたいと思う人が異様に多い(その中には、軽い気持ちの整形もあるだろが、大半は、ネガティブな理由から踏み切ることが多い)という事は、裏返せば、自分の見た目を愛せないという事のあらわれであると思う。

つまり、そもそもの自分の姿では、生きにくい社会なのだろう。

日本に関しては、90年代のデフレ化での消費増税により、自殺者数が約1万人増加はしたものの、それ以前からも多いことを鑑みるに、経済だけの影響ではない事は分かる。

見た目に関しても、整形等は増加しているにしても、昔から多いわけではない。

90年代以前から、一定数(世界高水準)での自殺者数がいる理由は、一体何なのか?

ここ最近、自分自身が少し病んでいた(5月病?笑)事もあり、仕切りに考えていて、答えが出た。

【人の為に何かをしなくてはいけない】ということが、多すぎるからではないか?

つまり、社会の為、周りの為に、犠牲になる事が多いからではないか。

言語的にも、日本語は、海外と比べて、敬語表現が異様に細かいなど、色々な特徴がある。

それと同じように、マナーや無駄な気遣いの場面も多いと思う。

日本人の「礼儀正しさ」と言われる用な部分が、日本人の「生きづらさ」に繋がっているのだろう。

いわば、アドラー心理学の真逆が、日本社会である。

自分の思うままに生きる事と正反対の、人の目を気にして生きる事を強制される社会が、日本社会なのではないか?

思うに、小学校では、先生の言うことをきくことを強制され、意味もなく、「小さく前ならえ」「右向け右」をさせられた。
少しズレるとやり直しをさせ、輪から外れて行動する者には、先生という上の立場の者が全員の前で叱責し、恥をかかせようとする行為は、明らかな洗脳ではないだろうか?

それが、中学校では部活が絡み、先輩後輩の関係性も生まれ、更に厳しくなり、高校でも同様である。

大学で、少しそのような空気感から離れることは出来るが、就職活動で、また同じような【洗脳社会】に染まることを強制され、全員が同じ服装に身を包み、面接官という上の立場の者に、いかにして気に入られるか、自ら強制し、社会に飛び込んでいく。

社会人になると、更に地獄が待っており、同じ人間であるにも関わらず、偉そうに振る舞う上司や、取引先の人間などから、会社や、その人達の【奴隷】となる事を、強制される。

プライベートなど、ない。

ワークライフバランス等とは、最近言われ始めただけで、現実的に実践されている企業はまだまだ数少ない。

こんな社会で、生きてて楽しいと思うほうが、難しい。

ニュース等で、「本件の自殺の理由は、イジメのようです。」として、一部の人間に自殺者への責任を押し付けるのは、間違えている。

根本的原因は、日本社会全体にあるのだ。

これから、不景気の影響により、首を括ろうとする人達が多くいるかもしれない。
 
しかし、どうか立ち止まって欲しい。

そもそも、あなた方は、悪くない。

悪いのは、死にたくなるような環境を形成している、この狂った社会である。

人がいれば、社会はいくらでも形成出来るが、人がいなければ、社会は形成出来ない。

にもかかわらず、社会の為という大義名分を掲げ、を大切にせず、切り捨てるこの社会の為になんか、死なないで欲しい。

結局、この国は、「お国の為」に死ねるのは幸せな事だと、上層部の一部の人間が都合の良いように勝手に決め、下のものは切り捨てるという、大日本帝国と、本質的には変わっていないのだろう。

今回、コロナによるストレスと、5月の生きづらさは、そんな事を考えさせてくれた。笑

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