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龍の背に乗れ!②

扁桃体ジャックと理性の脳

アジア4小龍の名前の由来は1960年以降に主に工業化による経済発展を遂げていたシンガポール、香港、台湾、韓国の4カ国のことで、1985年にあったプラザ合意では日本が円高不況に陥った際、多くの日系企業の海外進出先として選択され得た国々。
そんな経済優位な状況も手伝って急速な発展を遂げた4つの小国は、龍に例えて4小龍、または新興経済地域アジアンNIEsと呼ばれていた。

中でもシンガポールはアジア通貨危機を乗り越え、今ではアジアの金融センターとしての地位を獲得。
優秀な人材を各国から集めてその小さい国土すらも自らのアドバンテージにかえた。

世界で最も安全な国、世界で最も競争力のある経済、腐敗の少ない国、3番目に大きい外国為替市場、3番目に大きい石油精製貿易センター、5番目に革新的な国、最も住みやすい国、などなど数え上げたらキリがないほど多くの格付けランキングで上位にランクする急成長国家となっている。

アジアでも数少ない英語を公用語とするこの国は世界各国企業がアジア地区のヘッドクォーターと選択されるため必然、多種多様な人種、人材がこの小国目指して集まってくる。

そんな中、私に一体この国で何ができるというのだろう。
スキル皆無の私を雇ってくれる会社などあるのだろうか。
いずれにせよ自分に許された就職活動期間は滞在期間の2週間だ。
やるっきゃない。

そんな考え事をしているうち、一睡もできないまま飛行機はシンガポールチャンギ空港に到着。
時刻は深夜、ぎこちない英語でタクシーに行き先を告げ、目的地に向かった。

タクシーが入り組んだ道を進んで行くと車窓がパッと明るくなる。深夜にもかかわらず、そこには煌めく派手なネオンと道を埋め尽くすほどの派手な女性達が立ち並んでいた。

予算を考え、事前にウェブサイトから安宿を取ったのでそれなりに覚悟はしていたものの、選んだ地区がまずかった。

ここはシンガポールのゲイラン地区と呼ばれる歓楽街。政府公認の売春地区であり、街に立つ女性たちはシンガポール近隣諸国から出稼ぎにきた非公認で売春をする人たちだったのだ。

降りぎわタクシーの運転手から「Enjoy!」と言われてしまった。

と、とにかく明日は仕事探しのための人材紹介会社まわりだ。
もう深夜一時半、飛行機で一睡もできなかったので荷解きも中途半端にとにかく布団に着いた。

… 
ああだめだ、部屋のエアコンが効き過ぎている、そして隣からは怪しい物音、外からは酔っぱらいの奇声。

寒さ、緊張、興奮の入り混じるリラックスとは程遠い状況が続いて、覚醒状態のまま時間は残酷にも経過。窓からは睡眠タイムの終了を告げる日差しが差し込んできた。
最悪コンディションの中での私の職探し1日目は始まった。

朝飯もどうして良いものかわからずあきらめ、
まず事前にアポイントをとっておいた日系人材会社Tに向かった。

場所はラッフルズプレイス、昨夜とは一変、ここは各国企業のアジアンヘッドクォーターが立ち並ぶシンガポールの近代化の象徴のような地区。
嫌が応にも緊張がピークに達してきた。

まず現地の人と英語で面談。
TOEIC400点レベルの私は辿々しい英語を駆使して何とか場を切り抜けた。
英語力を見ていたのだろうけど、旅行者レベルのゆるいコミュニケーションだった。

何とかなったゾ。

続いて「よろしくお願いします。」の声が聞こえた。
日本人の女性だとわかって、一気に安心して笑顔で会釈した。
ところが彼女はそれには返さず私の英語の履歴書を見ながらチッと舌打ちをした。

何かの勘違いだと思いたかった。

でもそれは間違いでなかったことに続く言葉から思い知らされた。

『ヒレヨさんはなぜシンガポールにやって来たのですか?』
『英語も殆ど話せないように見えますが、何か弊社から企業様にアピール出来る様なものはあるのでしょうか?』
『旅行気分のまま来られて、思い出づくりの仕事探しをされに来たのであればヒレヨ様にご紹介できるような会社は見つからないと思います。』

びっくりして頭が真っ白になってしまった。
唇が震える、動悸がすごい、手の痺れも感じる。
脳内では明らかに扁桃体ハイジャックが起きており、前頭前皮質は完全沈黙。
もう戦うか逃げるかしかない。

どれくらいの沈黙が続いただろう、しばらく経ってやっと絞り出せた言葉は

『申し訳ございません。』の一言だけだった。

そして女性は『よくご検討なさるのが良いかと思います。』と一言だけ言うと扉の音を立てて部屋を去ってしまった。

その後、わけがわからず部屋で10分15分待ったけど何の音沙汰もなく、あれが面談の終わりだったのだと知り、思い切り惨めな思いになってビルを後にした。

とにかく頭を切り替えて次に備えよう。

睡眠不足と空腹で絶不調だったため、気を取り直して午後の面談に臨むためにもまず近くのフードコート、ラオパサで昼食を取ることにした。

フードコート全体がセルフシステムのようだが勝手がわからない。
店を見つけてまず、飲み物を注文する。
コーヒーがあったので指差しで注文すると『Having here or Take a way?ここで食べるの、それとも持ち帰り?』と聞かれた。
それすらも私の英語力は理解できないレベル。
『イエス イエス』と曖昧な回答をしていたらなんと、コーヒーが金魚を入れる袋に入って出てきた。

片手に鞄、もう一方に金魚袋。これで完全に両手が埋まってしまった。
一体これでどうやって食事を注文すれば良いと言うのか。
それでもシンガポールの名物料理チキンライスを注文するとお盆を出してもらえたので何とか席まで運ぶことができた。
でも食事中も金魚袋を持ったままではどうしても、もう一方の手だけでチキンを食べることができない。
一瞬だけでもと袋をテーブルに置くと、その瞬間。コーヒーは一気にこぼれ出し、一張羅のズボンはコーヒーまみれになってしまった。

次の人材紹介会社Sとのアポイントは午後一だと言うのにこんな格好でどうすれば。
嫌でも今朝の手痛い恐怖の洗礼が蘇ってくる。

もう新しいズボンを買っている時間などはない、食事は諦めて日向でズボンを出来るだけ乾かすことにした。
時間一杯頑張って多少は乾いたけれど、明るい色のズボンには股間の周りに目立つシミができてしまった。

そして自分でわかるくらいズボンが匂う。。

もうとにかく行くしかない、ここで諦めては会社の紹介もなし、明日以降の滞在も意味すらなくなってしまう。

S社も同じくラッフルズプレイスのオフィス。
すぐに現地担当者との面談が始まった。
まず、この酷い身なりと匂いの理由を説明しなければ。滑稽ながらも辿々しい英語と身振り手振りのジェスチャーでお昼にあった出来事を精一杯説明してみた。

クスクス(笑)
あれ?笑ってる?

『Hahahaha』ついに彼女は声を出して笑い出した。

そして途中から日本人担当の女性も合流、現地の方が英語で私のマヌケエピソードを説明してくれている。
和やかなムードで皆が笑ってくれている。

なんだコミュニケーション出来たじゃないか。

リラックスし始めたことで前頭前野が機能を始める、私の理性脳が働き始めたゾ。

ここぞとばかりに自己アピール開始。

- 滞在期間の2週間でできる限り面接を入れたいこと。
- 実力値は酷くても気持ちは真剣、長期滞在のつもりで  今後妻も呼んで生活を本格化させたいこと。
- 十分な英語力もないのに、思い立ったが吉日とばかりにフライングで来てしまったがそれでも今後英語力向上を最優先で行う事。

思いをしっかりと言葉にすることが出来た。

そうすると担当の方から、『大丈夫!会話レベルの英語力なんて半年もすれば何とかなりますから。大事なのは挫けないこと、ヒレヨさんがシンガポールで生活できるよう微力ながらもお手伝いさせて頂きます。』と大変心強い言葉を頂けた。

素敵な人に出会えて良かった。

結局7社の紹介をしてもらい、滞在中の面接スケジュールが埋まった。

何とか一歩が踏み出せた。

無理する必要は無い、見栄を張る必要もない、大切なのは自分が発揮できるその時を見逃さない事だと思った。

<<ワード>>
<扁桃体ハイジャック>
ストレスで暴走した脳の扁桃体による反応。
ファイト オア フレイト(戦うか逃げるか)反応とも呼ばれ、前頭前野とのコミュニケーションも断たれ、極端な意思決定しか出来なくなってしまう。
自分の状態を俯瞰し、まず落ち着くことが大事。

<前頭前野>
理性の脳。
考えたり、記憶したり、感情コントロールしたりと
人として意思決定する為の大切な場所。

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