見出し画像

龍の背に乗れ!③

龍でブタ?

シンガポール建国の父、リークワンユー。
1965年マラヤ連邦(マレーシア)から分離独立し、シンガポールを建国。

独立と言ってもマレーシアからの事実上の切り捨て。
面積が東京23区程度の小国シンガポールでは、天然資源も僅少。水すらもまともに確保することが出来ない中では死刑宣告にも等しい。
そんなハードランディングな独立は不安一杯、
涙ながらに独立を語るリークワンユーの演説が心に刺さる。

だけどその後がすごかった。
立地を生かしたハブ港の建設、海外企業を呼び込む世界一の空港に手厚いインフラ整備。

経済的に充実するまでは他国を恨んでいる場合ではないと特に教育に力を入れ、当時は歴史教育やスポーツを切り捨てても一点集中、発展に寄与する科目に力を入れていたのだそう。

逆境にめげず、強力なリーダーシップで無力だったシンガポールを戦略的に先進国にまで引き上げた凄腕、リー・クワンユーの元には各国要人達もその洞察とアドバイスを求めて訪れていたのだそう。
何とあのオバマ大統領もその一人だったのだとか。

滞在2日目の朝、目を覚ましたヒレヨはガイドブックで調べたシンガポールの伝統的な朝食、カヤトーストを求めてホテルを出た。

カヤジャムにはパンダンリーフ(強い香りのハーブ)とココナッツミルクが使われていて、独特の味がする。

食べているうちに味にも慣れ、楽しめるようになってきた。これで$2(200円しない)なんて貧乏滞在者にはありがたい、毎朝このセットで乗り切ろう。

でもこうして現地人たちに混じってローカルな朝食を食べていると、客観的にみる自分がふと異邦人から現地人へと溶け込んでいく気分になる。

人種的に近い中華系が75%を占めるシンガポールだからかもしれないけれど、何だかこの土地に馴染んてきたような気持ちになって自信も少し湧いてきた。

さあ、今日は午前中から面接だ!

1社目はアメリカに本社を置く超大手一般消費財メーカーP社。
日本のCMでも聞いたことがあるビッグネームだったのでどう考えても無謀とは思ったが、せっかく頂いたチャンス。
えーいままよ! と乗り込んだ。

面接に対応したのはどうやらアメリカ人。
発する英語は勢いと抑揚があり、映画で聞くような本物の英語。
いわゆるネイティブイングリッシュの発音だったけど、とにかく凄まじいスピードで話す方だったので何を言っているのか殆ど理解できなかった。

もうボロボロ。。

最後には面接官の方が受け答えのほとんどできない自分を見て気の毒に思ったのか、日本語検索した言葉で『良い滞在を、また会いましょう』と言われて終わった。

何よりもこんな自分のために貴重な時間を無駄にさせてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

英語はリンガフランカと言う話を聞いたことがある。
長い通商の歴史の中、世界各国の人々が自分達の母国語とは別の共通語として使用してきたコミュニケーションのツール。
日本に方言があるように、話す人、環境が変わると耳にする英語もガラッと変わってしまう。

今朝フードコードで中国人店員と話した英語。
先日日系就職支援エージェントと話した日本人のための優しい英語。
シンガポール人同士が話す時に使う通称“シングリッシュ”などなど、
ここシンガポールには多種多様な英語が存在しているのだ。

そして私にはそれらのどのコミュニティに参加するにしても本質的な英語力の絶対的実力値が足りていない事を思い知らされた。

ここまで来て今更ながらだけど英語力の向上は急務なのだ。

続いては某日系ロジスティック企業との面接、気持ちを
切り替えて向かおう。
日系企業の工場や倉庫が立ち並ぶジュロンイースト地区に向かった。

こちらでの業務は現地の日本人向けのサポートとなるため英語での面接は無く、日本語の面談のみとなった。

まず年配男性との面談となり、私の自己アピールとシンガポールへ来た事情を話していると、それに対しその人はにっこりと笑って自分のことを話し始めた。
自分も昔、単身シンガポールに渡って来た事。
それから20年近くが経ち現地の方と結婚、家族にも恵まれ、充実した生活ができていることを話してくれた。
『仕事はキツイかもしれないけれどやる気さえあれば何とかなるので興味があるなら是非一緒に働きましょう。』と親身になってくれたのが心から有り難かった。

その後もう一人、『日本本社の駐在者との面通しをするから』と言われ、その場で待ちながら『こんなに早く決まるなんて!』ともう入社したような気になって浮かれてしまっていた。

続いて入ってきた日本人はそんな私の緩んだ気分を一気に硬直させた。
履歴書を見るなり、厳しい言葉がザクザクと棘になって突き刺さってくる。
『俺さあ、あなたとほとんど歳変わらないんだよね。』

『普通にやってたら、俺らくらいの年になればそれなりの役職になっててもおかしくない頃だと思うよ。』
『日本で何してたの?なんでシンガポールに来たの?』

『ウチのことどれだけ研究してきた?』
『ウチ仕事キビシイし仕事ナメてる人には続かないと思うよ』
立て続けに言われた。

まただ、自分の優劣基準で、圧倒的高い位置からわかりやすい弱みをズケズケ指摘される。
日本にいた時にはそんなに言われることもなかったのに、こちらにきてから度々、そしていつも日本人同士からそんな口撃を受ける。

今にして思えばそれは自分が分かりやすくて、しかも公に軽蔑しても許されるレベルの弱者と判断されていたからだろう。

学歴、年齢、無就労期間。私の履歴書には分かり易いほど落伍者としての先入観を与える素材が揃っている。
社会的スティグマの烙印を押すには十分だ。
そして軽蔑しても許されるレベルというのは、健康や生まれの問題を指摘することは人権侵害になりかねい。
一方で人の能力、スキルの問題であれば自己責任。
何を言っても許されると思われてしまっている。

ましてやここは面接の場。となればそこを指摘するのは当たり前だろとばかりに言葉のナイフでこちらをグサグサと突き刺してくるのだ。

そして彼もまた、言うことを言ったら部屋を出て行ってしまった。

もう一人の年配の日本人の方は少し申し訳なさそうにこちらを見つめていたが、私の方はもはや顔面が硬直しており笑顔を作ることもうまくできなかった。
深く頭を下げ、『ご親切に有難うございました』とだけ言ってその場を去ることにした。

とにかく凹んだけどもう仕方ない。
昼からの予定はなかったので、私は気晴らしにスンガイブロー国立公園にいく事にした。

スンガイブローはマングローブの林が広がるマレーシア国境近くの湿地保護区。
さまざまな熱帯雨林の植物はもちろん、野鳥、トビハゼ、ヘビ、運が良ければ野生のワニにだって出会うことが出来るのだそう。

園内に入るとそこはもう熱帯のジャングル。
歩いていると早速色鮮やかなヘビやオオトカゲに遭遇し、探検ムード満点だった。

でもしばらく歩いていると先程まで明るかった空が急に暗くなり、怪しい雲行きに。
ポツリポツリと滴を感じたのも束の間、一気に大粒の雨が音を立てて辺り一面を覆った。
熱帯雨林特有の局地的スコールだ。

場所は道も舗装されていない泥道。あたりは一気にぬかるみとなり、あっという間に小さな川となり流れ出す。
雨宿りする場所もなく、とにかく小さな庇がある看板の下に避難した。

靴はもうビチャビチャ、体には容赦なく雨が叩きつける。
もう、考えることもやめてただただ、目の前の樹木を見つめながら、自然にされるがままの状態を受け入れて深呼吸だけしていた。

マングローブ林が発する新鮮な空気、
雑念をかき消すほどの雨音、
滝にでも打たれているかのような豪雨。

それらが重なったからなのか急に自分が自分の身体から解放されるような幽体離脱現象が起きた。

頭から雨音が消え、身体が軽くなる、一方で神経は周りの樹々との交信を始めたかのような目まぐるしさを感じるとてつもなく不思議な感覚。

何十分経ったのだろう、時間の感覚すらもよくわからなくなっていた。

そのうち雨が上がり、ぼーっと見ていた樹々がよく見えてきた。視界が晴れてくると同時にいつもの意識が戻ってきた。

そしてヒラめいたのだ。

熱帯雨林の植物は着生植物や寄生植物が多く、他の木に根を張ったり、大きな植物に寄生して生活している。
これらの植物たちは個としては弱く自身で土壌に根を張ることもできない。
そこで今できる最適解を生物の生存本能が選択してこのようなスタイルでサバイブしている。

ゲーム理論に合理的なブタというモデルがあるけれど、小さくて力のないブタは手持ちの資源を駆使して、相手の出方を読んで自分の支配戦略を見つける。

シンガポールだってそう、小さく資源がない国は生き延びるために大企業、優秀な人材、使える手を利用し、合理的なブタとなって最適反応の戦略をとり続けてきたのだ。

自分も明らかな実力不足の今まともにやり合っても到底敵わない。
限られた時間だけど
その中で今の自分にできる最適戦略を考えてみよう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私のパワースポット、ズンゲイブロー湿地保護区での経験は随分経った今でも色褪せることはなく、当時の状況を未だ鮮やかに引き出せるほど強い記憶となっている。

後にも先にももう2度とあんな体験を味わうことはできないであろう。

人に話せばきっと笑われてしまう、スピリチュアル体験。

でも今思えばあれこそが、忘我の境地、マインドフルネスの精神状態だったのではないかと考えています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<<ワード>>
<合理的なブタ>
ゲーム理論のモデルで2頭のブタ(大ブタ、小ブタ)が餌を取り合うゲーム。小ブタは大ブタの動きを利用して最良の選択で餌を得る。
<マインドフルネス>
今ここ、を大切にし、自らの呼吸に意識を向ける瞑想法。
集中力向上やストレス低減効果があるとされる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?