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あの日のように雨が降っていたら


先は長いからね、まだまだこれからを生きてゆくのだから。
少し思い出したらあったかくなって、でも寂しくて、それでも頑張る理由になってしまう過去にできたらいい。
会いたいけど、顔が見たいけど、声が聞きたいけど、その肌に触れたいけど、そうしたらあなたの決意と幸せが崩れてしまうから。
あなたにとっては最悪な僕も、あなたの幸せを願う一人でいたい。
あなたが決めた道の上で、僕は振り返って戻ってきてほしいけれど、それは幸せになる未来ではないだろうから、諦めなければいけない。


恋人を失ったというだけではなくて、友人も、相談相手も、心地よさも、安心感も、僕は捨てて失った。
一人を失えば、そこに含まれる全てを失うということに気づいていなかった。
ばかだね。


お揃いのTシャツも、一緒に作った香水も、プレゼントしてくれたリュックやネクタイ、その他諸々、貸してあげた小説も、そばに置いておくことにするよ。
誰との思い出だったか、それを思い出せなくなるその日まで。


先日、神戸に日帰りで行った。2年ぶりの同じ街並み。
隣にいたのが違う人で、心が違うから、見える景色は異なっていた。

あの日と違うものを食べて、あの日と同じ夜の光で、あの日に行ったお店の横を通り過ぎて、あの日と違う月明かりだった。


メリケンパークにある建造物の壁に描かれた、かわいいモンスターみたいな絵。
赤と青と黄色の三体。
それぞれの顔を真似するあなたを、僕はファインダー越しに見てた。
レタッチをしている時もニヤケが止まらなかったことを覚えている。

とてもお気に入りで、誰にも見せはしなかったけれど、不安な夜、カメラロールから引っ張り出してよく見てた写真。

その絵を見た瞬間、いや、神戸に行くと決まったその瞬間から、あなたの写真が頭から離れなかった。ずっと。
できることなら、神戸でその絵は見たくなかった。
見たくなかったのに、探してた。
見つけた瞬間、僕はスマホを取り出して、あまり想いが募らないように一瞬で撮影して目を背けた。

MOSAIC(商業施設)には行けなかった。
手前まで近づいたけれど、「また今度にしよか〜」なんて適当なことを言って踵を返した。
そこにはスヌーピーのお店が入っていて、あまりにもあなたを思い出してしまいそうで。


やっぱりあなたに少しだけ思い出して欲しくて、あの壁の絵の写真をインスタグラムに載せた。
閲覧者にあなたの名前は並んでいたけれど、覚えているだろうか。
雨が降っていたことは覚えているだろうか。


もし、あの日のように雨が降っていたら、僕はもう二度と神戸を訪れることはなかった。
晴れていてよかった。
あなたの匂いが、薄まってくれたから。


訪れた場所には一緒に行った人との記憶の匂いが残る。
会話、天候、景色、香り、彩り、全てがそこに残る。

大切な場所には、大切な人としか行ってはいけないよ。




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