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雨の日は嫌いじゃない

 美緒が幼稚園の頃、我が家には車がなかった。当然雨の日の送り迎えは徒歩になる。わずか十分だったが、二人で歩く道はゆったりとした母子の時間だった。

赤い長靴を、バチャッと泥色の水溜まりに叩きつける。
「もう、なにやってるの」
泥水が跳ねて合羽がよごれるのに。
送ってから、雨の日の洗濯をして掃除機をかけて、急いでパートに出かけなきゃいけないのに。いつものママチャリとわけが違うのに。

もう、と繰り返しても幼稚園児は聞いてる素振りもない。
濡れた傘の棒をちょこんと小さな肩にかついでしゃがみ込んでいた。
「ほら、みおがいる」
そう言って、水溜まりに写る黄色い帽子を被った女の子を見つけたようだ。
女の子の顔は、雨の線が落ちるたびに波打ち歪んで見えた。美緒は、かついだ傘をそっと立てかけ女の子を守った。自分が笑えばその子も笑い、おこったふりをすれば、その子も頬を膨らませていた。

黄色い合羽が濡れ始めていた。
だから、私の傘を美緒にかざしていっしょに女の子を見ていた。

「ほんとだねえ」と、私の時間が止まっていたのに。
なのに、今度は顔めがけて長靴を踏み込み水溜まりの鏡を壊しにかかる。
そして、あははと、笑って立ち上がり勝手に幼稚園への道を歩き出した。

「ほんとに、もう」と言いながら、今度は私が娘の後ろ姿を追っていた。

でも小さな黄色い傘と合羽が可愛い。だから雨の日は嫌いじゃない。

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