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ほのぼの童話(6) 「こいのぼりのかなしみ」

  (絵/油谷 奈々絵)

 パタパタ・・・パタパタパタ・・・
五月のまっ青な空を、こいのぼりたちが、いきおいよく、およいでいます。
木々の緑のにおいをいっぱいすいこんだ風にのって、こいのぼりたちは、とても気持ちよさそうに見えました。 でも、こいのぼりたちの心のなかは、じつは、かなしみでいっぱいだったのです。
「ああ・・かなしい。 わたしたちはなんと、ふしあわせものだろう」
どうして、こいのぼりたちの心は、かなしみにあふれていたのでしょう。
 それは、五日ほどまえのことでした。 
いたずら者のからすが、こいのぼりたちの柱にとまって、こう言ったのです。
「きみたち、魚のかっこうをしているってのに、川をおよいだこと、ないだろ?
 川はいいぞー、広くて、きれいで・・・」
からすのことばに、こいのぼりたちはみな、ハッとしました。
そうか・・・いままでのんきに、風にのっておよいでいたけれど、わたしたちは魚のかたちをしていても、あの美しい川を、これからもずうっと、およぐことができないんだ・・・
 それからというもの、こいのぼりたちの心のなかは、かなしみでいっぱいになってしまったのでした。今日も、こいのぼりたちは、とおくに見える九頭竜川のきらきら光る波を見つめながら、大きな目から、ぼろんぼろんと涙をこぼしました。
「あら、雨かしら」
 庭のおそうじをしていたおかあさんは、あわててせんたくものを、しまいはじめました。

 つぎの日です。
こいのぼりのたっている家の中から、おかあさんが、小さなこどもをつれて出てきました。
「ねえ、ねえっ、おかあさん。けんちゃんのこいのぼり、どぉれ?」
「けんちゃんのは、ね。 ほら・・・いちばーん下の、小さな青いのよ」
おかあさんが、やさしく言いました。
「じゃ、ねえちゃんのは?」
「まゆみちゃんのは、ね。 そのすぐ上の、赤ーいの」
「じゃ、その上のおっきいのが、おかあさんと、おとうさんだねっ」
 おかあさんは、ニッコリとほほえみました。
「そう、そうよ。おとうさんのこいのぼり、とっても大きくて、つよそうでしょ? 
 でも、けんちゃんのこいのぼりだって、まだちっちゃいけど、ほら、あんなにいっし
ょうけんめい、およいでるわ。けんちゃんも、こいのぼりさんにまけずに、げんきに、大きくなってね・・・」
 おかあさんのことばに、こいのぼりたちはハッときづきました。
そうだ、わたしたちのやくめは、川でおよぐことなんかじゃ、ないんだ。わたしたちがこうして風にのっておよいでいるのを見て、こどもがあんなに、よろこんでくれる・・・・
 なんて、うれしいことだろう!
そうきづいたこいのぼりたちは、もう、かなしむことを、やめたのであります。
「がんばれーっ、がんばれー、けんちゃんの、こいのぼりーっ」
 小さなこどもは、その花びらのような両手を、青空にむかって、いっぱいに広げました。


 (作者ひとこと) この作品は2001年6月に福井新聞の「おはなしトントン」に採用された同名の作品の「オリジナル版」(応募原稿)です。(油谷 奈々絵様、素敵な絵をありがとうございました。)
福井新聞に掲載されたものは、大幅に添削されています。 童話ファンの方ならすぐにお気づきと思いますが、この作品は新美南吉「でんでんむしのかなしみ」を手本としています。このお話を書いた頃私は新美南吉にどっぷり浸かり、似たような作品をいっぱい書きました。今思うと懐かしくもあり恥ずかしくもあり、といった心境であります。(2020.8.9)
 


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