見出し画像

ほのぼの童話(11) けんたのヴァイオリン

(画像/https://illust8.com/contents/2738)

「けんたー、何してるの。もうレッスンの時間でしょっ」
 (いけねっ)
おかあさんの声に、けんたはあわててヴァイオリンのケースを抱きかかえました。
「もうじき発表会なんだから、ちゃんと練習しなきゃだめでしょっ・・・もう、毎日ゲームばっかりやってるんだから」
「だって・・・」
 (ヴァイオリンよりゲームの方が、ずうっとおもしろいんだもんっ)
あとのことばをグッとのみこむと、けんたは玄関に向かいダーッと走りだしました。
「レッスン終るころ、迎えに行くわね。
そのまま、ホームのおばあちゃんに会いに行きましょう」
「うん、わかった。行ってきまーす」

「おうおう、来てくれただかや」
けんたを見て、おばあちゃんは大きく手を広げました。
 (おばあちゃん、顔じゅう笑顔だらけだ)
けんたは、ホームにいるおばあちゃんが大好きでした。
「おばあちゃん、またお家帰って、いっしょにあそぼうっ」
「うんうん、遊ぼうねぇ」
おかあさんは、介護士のお兄さんとお話をしていました。
「おばあちゃんの様子は、どうでしょう」
「少し歩くのがつらそうですが、とてもお元気で、ここの人気者ですよ」
お兄さんが、笑顔で答えました。
その時です。
「ウーッ、ウウウーッ、オオーッ」
とつぜんうなり声に、けんたはギクリとしました。
「ああ、ゆきおさん、また『ふるさとの山』歌っとらっしるねー」
見ると、車いすにすわったおじいさんが、はずかしそうなほほえみを、しわだらけの顔に、しずかに浮かべていました。
「『ふるさとの山』って?」
「ゆきおさんが若いころ作曲して、昔はこの辺でも、よく歌われた曲みたいですよ。でも、あの曲を知っている人、今はもう、ほとんど、いないんじゃないかな」
「そうですか・・・」
「あの曲を、みなが歌ってくれてたころの事を、思い出されてるんでしょうね」
おかあさんは、大きくうなずきました。

 つぎの日、あかあさんはけんたのヴァイオリンの先生の家にいました。
「先生、こんどの発表会でみんなが練習した曲を、いま私の母がお世話になっているホームでも、演奏できないでしょうか?」
「それはよいお話ですけど・・・ホームの方が希望されるかどうか。お子さんたちのご都合もありますしね」
「そのような相談は、わたしがぜんぶ致します。実はホームの方に聞いてみたところ、ぜひ、と言われてるんです」
「あらあら、ずいぶん手回しのいいこと」
先生はにっこりとほほえみました。
「それで、あのー、演奏会の最後にこの曲を演奏できないかな、と思うのですけど」
おかあさんは、 古ぼけた譜面を取り出しました。
「『ふるさとの山』・・・この曲は?」
「ホームに入所されているおじいさんが、昔作られた曲で、いまも毎日のように歌っておられるそうです」
先生は譜面をじっと見つめ、静かに答えました。
「わかりました。子供たちで演奏できるように、アレンジしてみましょう」

それから半月がたちました。
発表会で、ぜんぜんうまく弾けなかったけんたは、ヴァイオリンをやめたい、と真剣に思うようになっていました。
「こんど、おばあちゃんのいるホームに、みなでヴァイオリン、弾きに行くんだからねっ」
おかあさんのことばに、けんたは思い切ったように答えました。
「ぼく、もうヴァイオリン弾きたくない」
「えっ・・・ど、どうして?」
「だって、だぁってー、ちっとも上手に弾けるようにならないし、弾いててもちっとも楽しくないしっ」
おかあさんは、けんたの丸い小さな顔を、ぢぃっと見つめました。その目には、涙が浮かんでいました。
おかあさんはぎゅうっとけんたを抱きしめました。
「ごめんね、ごめんねけんた。あなたがそんなにヴァイオリン弾く事がきらいだったなんて・・・・分ったわ。じゃ、ヴァイオリンやめてもいい」
「えっ、ほ、ほんと?」
「でもね、でもけんた。こんどのホームの演奏会、おばあちゃんがとっても楽しみにしているの。だから、それだけは出てちょうだい。それ終ったら、もうヴァイオリン弾かなくてもいいから」
おかあさんも泣いていました。けんたは何かとても悪い事をしたような気がして、体からふりしぼるように答えました。

「わかった、おばあちゃんのとこでは弾くから」  

いよいよホームの大コンサートです。
部屋いっぱいに、色とりどりの飾りが張られ、おおぜいのおじいちゃん、おばあちゃんたちが、集まって来ました。 「わしの孫もヴァイオリン弾くんだでね」 けんたのおばあちゃんが、得意そうに話しています。 客席の真ん中には、車椅子にすわったゆきおさんが、何かぶつぶつと口を動かしています。 

「はいっ、お待たせしました。今日はとてもかわいい音楽家の皆さんを、お招きしていますよー。どうぞっ!」
介護士のお兄さんに紹介され、けんたたち十人の子供たちが、舞台にあがりました。
「では最初の曲は、ボッケリーニのメヌエットです。お願いします」 

ピアノの伴奏にのせて、ヴァイオリンの音色が部屋いっぱいに、ひびきわたりました。
 (けんた、がんばれ!) おかあさんは舞台の横で、手をにぎりしめています。
 (おうおう、けんた、上手になったのう) おばあちゃんはニコニコと目を細めています。
 ところが曲が進むにつれて、会場からザワザワと小さな声があがって来ました。 「なかなか、わしらの知ってる曲が、出てこんのう」 「わし、腰が痛なってまったで、失礼しようかしゃん」  (あまり喜ばれていないのかしら・・・) ヴァイオリンの先生、少しやきもきして来ました。

 プログラムはすすみ、いよいよ最後の曲を迎えました。 「それでは最後に、皆さんよくご存知の曲をお届けします」 

前奏に続き、美しいメロディが奏でられました。 「あら、この曲、わし知っとるよ」 「若いころ、よく歌った曲だがやー」
車椅子のゆきおさんは、ビックリしたように大きな目を見開いています。 『ふるさとの 蒼き峰 連なりて・・・』 いつしか会場は、ヴァイオリンを打ち消すほどの大きく歌声が、響きわたりました。 けんたはその様子を、ヴァイオリンを弾きながらビックリしたように見つめていました。  (みんな、喜んでくれてるんだ) 曲が終ると、それまでの曲の何倍もの拍手が沸き起こりました。 

「今演奏させていただいた曲の作曲者が、この会場におられます。椴山幸夫さんです!」 

オオーッという声が、沸き起こりました。 ゆきおさんはゆっくりと車椅子から立ち上がり、照れくさそうなおじぎをしたかと思うと、舞台の子供たちの方に向かって、ヨロヨロと歩き始めました。
「ああっ、ゆきおさん、ずっと歩けなかったのに!」 介護士のお兄さんが目を丸くしています。 ゆきおさんは、ひとりひとりの子供たちに、細い手を差し伸べました。 (おじいちゃんの口が「ありがとう」って言ってる) けんたはジーンと胸が熱くなりました。それはこれまで全然感じた事のない、ふしぎな思いでした。
演奏会は大成功でした。

 「おかあさん・・・」 「なあに? けんた」 

「あのね、ほく、ぼく、ヴァイオリン」
「ああ、もうヴァイオリン、明日から弾かなくていいのよ」「じゃなくってぇー」
「ええっ?」
「ぼくね、ぼく、ヴァイオリン弾くのを、やめるのをやめるっ」 

そう言うとけんたは、ダダーッと自分の部屋に逃げ込みました。


「おやおや、変な子だわね」  

おかあさんはそうつぶやくと、嬉しそうに、リンゴの皮を剥きはじめました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?