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エルガーの「チェロ協奏曲」

 (この文章は2007年に記したものです。)

 わが名フィルは明日、名古屋市民会館でオール・エルガー・プロである。
演奏するのは「フロワッサール」序曲、「チェロ協奏曲」、交響曲第1番の3曲、指揮はイギリスでの演奏歴も長いマエストロ・尾高忠明氏だ。
 今回はこの3曲のうち、私の大・大好きな「チェロ協奏曲」について触れてみたい。私が初めてこの「チェロ・コン」を聴いたのは確か70年代中頃、ジャクリーヌ・デュ・プレのチェロ、ダニエル・バレンボイム指揮フィラデルフィアのCBSのライブ録音であった。冒頭の「グシャー、グシャーーー」という重音と壮絶な下降ポルタメントに、思わず体中が総毛立った事を、今も鮮やかに憶えている。「な、何なんだこれは・・・何という説得力のある響き!! こんなの今まで聴いたことないぞっ」感動のあまりその夜の日記に「これこそ、魂のチェロ!」と、まことに若気の至りの記述をしてしまった。そう、このエルガーの「チェロ・コン」こそは、私に取ってデュ・プレと切っても切れない関係にある作品なのだ。デュ・プレはこの演奏の後まもなく、筋肉が硬化して動かなくなるという難病に見舞われ引退を余儀無くされた。そして亭主であるバレンボイムにも見捨てられ (あんニャロー!!) 、20年ほど後、その若き命を閉じたのだ。
 そんな悲劇的な彼女の境遇に思いを馳せた時、この演奏はとうてい涙無くしては聴けない。その後私はこの曲の魅力に取憑かれ、他のチェロ奏者によるエルガー「チェロ・コン」のCD・レコードをつぎつぎに買い漁り、聴いた。カザルスを初めロストロポーヴィチ、フルニエ、トゥルトリエ、ネルソバ、ナヴァラなど・・・私が現在所有するこの作品のレコード・CDは優に35種類にも及ぶ。しかし、ことこの作品だけはデュ・プレに勝る演奏には、遂に出会う事が出来なかった。デュ・プレには他に、彼女自身のデビュー録音であるバルビローリ/ロンドンso.のCDの他、1967年1月にプラハでのバルビローリ/BBCso.と、1973年のメータ/ニュー・フィルハーモニアO.、による各ライブ録音が残されているが、この2種類のライブ録音に関しては、私は未だに恐ろしくて、またデュ・プレが可哀想で、聴く事が出来ないでいる。
 明日、名フィルと共演するのは中国出身の若手チェリスト、チョウ・チンだ。今日、合わせをしたのだが、たいそう安定した技術と音楽性を持ったチェリストである。しかし・・・「デュ・プレなら、ここはこういう風に弾くのに」とか、ついつい思ってしまった。知らないうちに私は、デュ・プレの魔術の呪縛にとらわれてしまっているのだろうか? いや、違う。デュ・プレがあまりにも偉大すぎたのだ。
 ところで幸運にも、デュ・プレがこの作品を演している映像が残されている。モノクロながらその画質はまことに鮮明だ。このビデオでのデュ・プレは、何と生き生きと楽しそうに演奏している事だろう! とかく苦渋に満ちたモノローグみたく、ただただ暗く演奏されがちなこの「チェロ・コン」だが、デュプレはその楽器だけでなく、体のすべてが音楽を表現する器と化し、何の蟠りもなく演奏を進めて行く。その姿はまさに「ミューズ (音楽の神)から授かった」ものであり、それだけに絶大な説得力と感動とをもたらすのだ。
 明日はホールに向かう車の中で、今まで封印していたデュ・プレのライブを聴いてみよう。
彼女のオーラが私に移り、優しく微笑みかけてくれることを願って・・・。

ジャクリーヌ・デュ・プレ (Vc.) による、エルガー/チェロ協奏曲のCD、レコード一覧

1. デュ・プレ (VC.)、 バルビローリ/ロンドンso. (Angel TOCE-7222)
2. デュ・プレ (VC.)、バレンボイム/フィラデルフィアO. (CBS SONY 25AC-144)
3. デュ・プレ (VC.)、バルビローリ/BBCso. (英TESTAMENT SBT-1388) 1967.1.3 プラハ・ライブ
4. デュ・プレ (VC.)、メータ/ニュー・フィルハーモニアO. (米Madrigal MADR-213) 1973ライブ

 (ひょっとしたらこの他にも、ライブ録音が出ていたかも知れない。)

(2007.5.20)

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