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ほのぼの童話(2) 「乙女の祈り」

(絵/金子 玲子)

「ママ、きれいな曲ね。何ていうの?」
 ピアノの横から、真由美が聞きました。
「これはね『乙女の祈り』っていう曲なの。昔ポーランドに住んでいた、真由美と同じ位の年の女の子が作曲したのよ」
「ふぅーん。すごいなぁ」
「きっと神様に、何かお願い事をしながら、作曲したんでしょうね」
「そう・・・私、次の発表会で弾きたいな」
「いいわよ。そのかわりちゃんと練習してね」
「はぁーい」
 次の日から真由美の猛練習が始まりました。
あんなにピアノが嫌いだったのに、一体どうしたんだろう・・・そう思いながらも、ママはその様子を、嬉しそうにながめていました。
 ある日、ママが部屋の掃除をしていると、『乙女の祈り』の楽譜の間から、何か写真のようなものが、パラッと落ちました。
「あら、何かしら」
それを見て、ママはあっと声をあげました。
「やっぱり、そういうことだったの・・・・」
写真を手に、ママはある決心をしました。
発表会の日、『乙女の祈り』を弾き終えて楽屋にもどった真由美あてに、ものすごく大きな花束が届けられていました。驚いている真由美に、ママが優しく言いました。
「この花束をくれた人がロビーで待っているから、お礼を言ってらっしゃい」
( もしかして・・・) 真由美は一目散に駆け出しました。ロビーには、真由美がこの一年の間、一度だって忘れたことのない、懐かしい懐かしい、写真と同じ顔の人が待っていました。
「おかあちゃんっ!」
「ま、まゆみっ」
二人はロビーの真ん中で、まわりの人たちがビックリしているのもかまわず、しっかりと抱き合いました。
「まゆみ、まゆみ・・・、会いたかった」
「わたしも・・・おかあちゃんっ」
ロピーの隅では、ママがそっとハンカチで目頭を押さえています。
女の人はママに気付くと、そっと頭を下げました。
「今日は真由美の発表会のことをご連絡くださって、本当にありがとうございました」
「いいえ・・・・私がいけなかったんです。真由美の母親は私だけだ、と突っ張っていたために、どんなにこの子に寂しい思いをさせて来たことか・・・
真由美にとって、生みの親はあなただけですのに・・」
 あとは二人とも声になりません。
やっとのことで、女の人が真由美に言いました。
「『乙女の祈り』とっても上手だったわ・・」
「・・・だって私、おかあちゃんにもう一度会えますようにって、いつもお祈りしながら、
練習したんだもん・・・ねえママ、これからは時々、おかあちゃんに会ってもいいの?」
「ええ、もちろんですとも」
「ヤッターッ」
真由美は小さな手を、力いっぱい上げました。

( 2000. 4. 16 中日新聞「みんなの童話」入選・掲載)
中日新聞社のご了解をいただき、新聞掲載時のイラストを転載させていただきました。
金子玲子様、素晴しいイラストをありがとうございました。

(作者ひとこと)
 中日新聞サンデー版「みんなの童話」入選2作目です。
作者としては、前回の入選作「小犬のワルツ」に比べると、いまひとつの出来だと思っていましたので、入選は正直言って意外でした。(もちろん嬉しいことには変わりありませんが・・・)
家内も「ちょっと読んだだけでは、よくわかりにくい」と言っていました。
でも、どんな境遇にあっても断ち切る事の出来ない、強い親子の絆のようなものを、きっと評価していただいたのだと思っています。
 現代は身勝手な親が増え、その犠牲になるのはいつも何の罪もない子供たちです。
そのことにいつも割り切れない思いを抱いていた事が、この作品を書くきっかけとなりました。
私は基本的に「社会の中で一生懸命生きているのに、つらい思いをしている人たちが結果的に幸福になってゆく」ような、そんな心暖まる童話を、これからも「曲名シリーズ」として、書き続けていきたいと思っています。

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