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道恋3 麦草峠

国道299号麦草峠は、南北に広がる八ヶ岳連峰の背中を横断してゆく、長い長い経路のあいだに、さまざまに表情を変える峠道である。渓流釣りを愉しんでいる人たちは、本来の釣りの味わいとともに、河川の流れゆく表情、いわゆる渓相もまた愉しんでいると言うけれども、それと同じような気持ちで、流れゆく路面の表情・路相を愉しんでもよさそうだと思えるようなコースである。渓畔林ならぬ、路畔林の植物相も同時に愉しむことが出来れば、峠を走る愉しみもまた豊かに広がるというものだ。場所は異なるものの、八幡平の紅葉の谷底や、森林限界となる八甲田のハイマツの中を走るときなどには、そんな喜びを感じてしまう。この麦草峠には、カラマツやシラカバなどが生い茂り、ドイツあたりの童話世界を思わせるということで、メルヘン街道という別称を与えられている。白駒の池のカラマツとシラカバの涼しげな世界、しっとりとした苔の森、そして、わんさか飛び出してくる鹿の存在もまた、メルヘン街道の別称を彩るであろうか。そんなメルヘン街道ではあるのだが、こと路面状況に関してはメルヘンなどという趣きはなく、なかなかにごつごつとしたハードボイルドな街道である。

苔むす

峠の東側、佐久穂町側の麓ちかくは別荘地となっていて、曲率のゆるやかなコーナーが多い区間となっている。登るにつれて、次第に曲率は強めになっていくのだが、谷が深いせいか、ヘアピン気味のコーナーであっても先の見通せないブラインドとなることは余りなく、比較的、見通しはよいように感じる。山の駅という売店を過ぎれば、いよいよヘアピン折れ折れの道が姿を現す。爬虫類の背鰭のような、特徴的なデザインのルートとなっていて、少々トリッキーさを感じるかもしれないが、路面舗装がよいためにあまりストレスは感じない。蛇行してうねるというよりは、ザクザクと、切れ込みを入れていくような感覚のコースである。白駒の池のあたりを境に、勾配は佐久穂町側のエリアから茅野市側のエリアへとその傾きを変えるが、佐久穂町側ではよいものだった路面状況も、茅野市側では残念ながら(令和3年現在)、あまりよくないものに変わってしまう。茅野市側の路面舗装は、ひび割れや凹凸も多く見受けられ、なかなかに荒れた路面となってくる。むりやり渓流釣りに例えるならば、ガレ場と言うに匹敵する路面相だ。もちろん、それが峠道の醍醐味だと言われればその通りではあるのだが、佐久穂町側の舗装がよかっただけに一瞬がっかりさせられることになる。茅野市側は、勾配も曲率もややきつめのカーブが多く、その上、路面の不規則な凹凸も加わるため、速度管理が重要となってくる。佐久穂町側に下っていく際には、小気味のよい減速の連続となるものの、茅野市側に下る際には、思い切りのよい急減速が必要となるだろう。メルヘン街道のハードボイルドっぷりも、ここに来て極まれり。ごつごつとした固い路面の振動を体に感じ、凹凸に車体を飛ばされないようステアリングをきつく握って、時折現れるヘアピンコーナーをなだめながら、ひたすらに駆けくだる。茅野市側も下っていけば、別荘地の雰囲気が増し、そこまで来れば峠の愉しみも終わりに近づく。このあたりの道沿いに、信玄棒道の立て札があるので、歴史の好きな方は、一息入れて、武田信玄が行軍のために敷いたと言われる信玄棒道を歩いてみるのもよかろうと思う。

麦草峠と車

この峠は、白駒の池や苔の森を目的地とした、観光で訪れる人もそれなりに多く、休日や晴れの日の日中などの条件のよい日時には、観光客と同じペースで峠を走る心のゆとりも必要となる。反対に、雨天や夕方など条件のあまりよくない日には、観光客のクルマを気にせず快適に走れるものの、今度は、いきなりの鹿の飛び出しが増えてくるので、それはそれで別の注意が必要である。鹿は、どういうわけか、こちらを伺うように道の中ほどで立ち止まってしまい、ぎりぎりのタイミングになってから猛ダッシュで逃げ去ることが多いので、走りながらハンドルさばきでよけようなどと思わない方がよい。同じ方向にお互い飛び出し、追突してしまう可能性もなきにしもあらずだ。鹿の横断を見かけたらしっかりと減速し、街中でするのと同じように横断歩道感覚で通行を譲ってあげる方が安全だ。鹿の子模様の仔鹿を連れた鹿の一家に遭遇することもあるが、そんなときは鹿をまじかで観察する機会を得たと思って割りと長めに停まってあげることにしている。雨天気味の夕刻などは特に鹿の出没確率は高くなり、或る日などは、ざっと20頭ぐらいは遭遇しただろうか、鹿、鹿、鹿、鹿、狸、狐、兎、911、鹿、鹿、鹿、S660、濃霧、故障車、鹿、鹿、鹿、・・・という感じである。さすがに、国内2番目に高い標高を通る国道を謳うだけあって、獣たちの道を横切る数は多い。どちらかと言われれば、我々の方が、獣たちの棲む領域に、土足よりひどいクルマでずかずか入り込んで、わがもの顔に走行しているわけであるから、獣たちと遭遇したときぐらいは通行を譲ってあげる慎ましさを持たねばなるまいと思う。

エンドレスガレージ

ツーリングついでに、八千穂高原ICから、現在、無料開放中の中部横断道を佐久穂ICまで走ってくれば、そのすぐ近くにエンドレス130コレクションという旧車のコレクションガレージがある。エンドレス・アドバンスという、レース用のブレーキパーツを製造しているメーカーが運営している旧車ガレージだ。現在では、レーシングチームを作ってスーパー耐久やスーパーGTに参戦し、優勝も飾っているメーカーなので知っている方も多いかと思う。歴代の優勝マシンやら、会長の趣味で蒐集されたクラシックカーやら、多くの名車たちが動態保存されている。ヨタハチ、エスハチ、コンテッサ、サニー、ジュリエッタ、カルマンギア、初代Zに、R32スカイライン、なかなかに壮観である。全車、車検も更新し、公道も走れる仕様で動態保存しているということであるから、クルマ好きの鑑である。クルマのボディは見事なまでにぴかぴかに磨きあげられているけれども、クルマ磨きは、併設している、あまりクルマに熱狂的でないカフェのスタッフさんの仕事であるらしい。クルマ好きの集まるカフェとして、漫画「GTロマン」の舞台となっているカフェROMANのようなロケーションではあるのだが、ツーリングの合間に利用したいと思っても、いかんせん田舎街のことで、閉店時間が夕方5時とやや早く、哀しいかな、だいたいカフェ閉店後に通り過ぎているのが通例となってしまっている。思えば、カフェROMANは、初期のころはカフェバーROMANだったなぁなどと、バーが外れた理由について考えてみるものの、書きとめるのはちょっとやめておこうと思い、この記事をしめくくる。

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