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コーンウォール半島に憧れる。

「シャーロック・ホームズの冒険」を見ていると、心落ち着かされる景観が見られるエピソードがいくつかあって、実はそのエピソード群の景観に共通点のあることが、(いまさらながらという感じで)判明した。今回は、そんな個人的な感想の覚え書きとなっている。S・ホームズの中のエピソード、「バスカヴィル家の犬」「悪魔の足」「銀星号事件」に見られる雄大にして陰鬱な陰りに彩られた景観は、すべてコーンウォール半島のものなのであった。デヴォン州からダートムーア台地を経てコーンウォール州へ。私が生まれ育った土地である、男鹿半島の寒風山・入道崎や、深浦の行合崎や、津軽半島の小泊海岸や龍飛崎の景観に、どことなく重なって見えてくる。コーンウォール半島先端のランズエンド岬に与えられた名称は、北の最果て・竜飛岬のイメージと重なってきて、龍飛崎で石川さゆりの歌謡碑から流れる「津軽海峡・冬景色」を聞くのが好きな、無類の「最果て」フェチに対しては、ビリビリと訴えかけてくるものがあるようだ。


陸羯南という人物だったか、東北はスコットランドと似ているという発想を抱いていた人物がいたということで、どちらかと言えば、スコットランドの方にシンパシーを抱いていた私であったから、イングランドにもこのように心揺さぶられる土地があるとは、個人的に驚きだった。ブリテン島の北部、スコットランドのハイランダーたちが、東北の蝦夷たちに重なって見えていたこと、映画「ブレイブハート」で描かれたウィリアム・ウォレスという歴史的人物の存在、UMAネッシーで名をはせたネス湖とそれに隣接するインヴァネスという町の存在、スコッチモルトウイスキーの有名な蒸留所のあるインナーヘブリディーズ諸島、とりわけアイラ島やスカイ島の存在などがあって、スコットランドについては重層的に興味を惹かれるものがあった。そう言えば、湿地性台地のダートムーアは、ブリテン島特有の泥炭豊富な高層湿原なのだろうか。スコッチ密造酒時代、政府から隠れてウイスキーを密造する土地としても、最果てのこの半島は優れた位置にあるようだが、距離的にスコットランドからは隔絶しすぎていて、泥炭を活用して麦芽を乾燥させる手法には到達しなかったということだろうか。インナーヘブリディーズ諸島のような、潮の香りのするウイスキーが仕上がりそうなイメージのこの半島であるものの、コーンウォール産のウイスキーはあまり有名ではないようだ。


そもそもコーンウォール半島は、アーサー王伝説の土地として、それとわからず子供読み物を読んでいた頃からの、馴染みの深い土地でもあった。アーサー王伝説の城として、アーサー誕生の地・ティンタジェル城が名高いが、この城は、プランタジネット朝の時代に、初代コーンウォール伯リチャードにより古式建築に倣って再建された城だという。コーンウォールとは直接関係なくなるけれども、このプランタジネット朝、個人的に割りと好きな時代であって、アーサー王の時代も勿論であるが、プランタジネット朝の時代の空気感を感じられるのも魅力的だ。十字軍とスコットランド反乱と百年戦争によって、華々しく彩られたプランタジネット朝。この時代を代表する人物たちの名前を列挙するだけで、なかなかに心躍るものがある。リチャード・ライオンハーテッド、フィリップ・オーギュスト、ハインリヒ・バルバロッサ、サラーフ・アッディーン、ジョン・ラックランド、ロビンフッド、エドワード・ロングシャンクス、ウィリアム・ウォレス、ロバート・ド・ブルース、エドワード・ブラックプリンス、ベルトラン・デュ・ゲクラン、少し時代はあとになるけれども、オルレアンの乙女ジャンヌ・ダルク、・・・。やはり、なかなかのラインナップである。


コーンウォール半島の入り口にあたるデヴォン(デヴォンシャー)州は、その名前が、地質年代デボン紀(デヴォン紀)の由来となった土地であり、名前の響きだけは昔から馴染みがあった。古生代にあたるデボン紀は「魚の時代」などと言われているものの、デヴォン州には、ジュラ紀海岸(ジュラシックコースト)なんていう、中生代の恐竜たちの化石発掘現場なども存在しており、恐竜発見物語の舞台としてもその名を知られている。ジュラ紀海岸は、恐竜発見の物語のなかで必ず取り上げられる有名な女性化石ハンター、メアリー・アニングの活動の舞台であり、昔の子供向けの恐竜図鑑などには、ジュラ紀海岸と思われる挿し絵が描かれていたものである。子供のころに、わくわくして感じていた土地の名前のいくつもが、この半島の中に次々に現れてくることに、非常に驚きを感じてしまう。余談であるが、デヴォンシャー公爵を名乗る家柄の貴族の中にも見知った人物がいたものだ。第2代デヴォンシャー公爵の孫にあたるのが、私がとても気になる科学史の奇人ヘンリー・キャヴェンディッシュであり、デヴォン州には縁もゆかりも感じてしまう。同時代、本家筋の第4代デヴォンシャー公爵ウィリアム・キャヴェンディッシュは、大ピット時代の首相になっているということで、デヴォンシャー公爵家、なかなかの家柄である。


「シャーロック・ホームズの冒険」からスタートしたコーンウォール半島への憧れでもあるものの、英国のミステリーの中には連綿と、このコーンウォール半島的なるものが受け継がれているような気がしている。陰鬱なる絶景とミステリーとは、絶妙なマリアージュなのであろう。「名探偵ポワロ」や「ミス・マープル」を生んだ、アガサ・クリスティもまた、デヴォン州生まれであるという事実も、私にとって大きな驚きであった。ミス・マープルの住んでいるセントメアリーミード村のモデルは、ダートムーアにあるウディコム村ということらしく、今まで疎遠とも言えた「ミス・マープル」について、急に親近感が湧いてきた瞬間だった。ポワロの中のエピソードとしては「コーンワルの毒殺事件」が、若干、訳し方こそことなるもののコーンウォール州が舞台であり、もしやと思って見返してみたが、ポワロさん自身がアウトドア向きではないためか、残念ながらあまり周囲の景観が写らない。「名探偵ポワロ」のエピソード中では「白昼の悪魔」の舞台が、デヴォン州のバー島というところとなっていて、うら寂れた最果ての土地とはまた違った顔の、最果てのリゾート地としての雰囲気を味わうことが出来るエピソードとなっている。思いついたことをモザイクのように書き留めて、とりとめもない覚え書きとなってしまった。ゆえに、終わり方もまた、とりとめもなく唐突である。ごめんなさい。

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