見出し画像

道恋9 荒船山内山街道

今回取り上げるのは、国道254号の新道にあたる部分である。国道254号は、内山道路とも富岡街道とも呼ばれ、古来から群馬県と長野県を結ぶ主要街道のひとつである。神話の時代、建御名方神と経津主神が激突したという伝承の残る土地であり、千曲川を血に染める戦いが行われたのち、荒船山にて和睦が結ばれたという。そして、経津主神とともに上州一之宮貫前神社に祭られている貫前の女神・荒船明神と、諏訪明神・建御名方神との間に産まれた御子神が、佐久の開拓神・興波岐命であるというから、諏訪信仰を知る上でも重要な地域となっていよう。江戸時代には交易の重要街道のひとつとして機能していて、幕末のころには、下仁田戦争を戦ったあとの水戸天狗党が、内山峠を越えて信州入りをしている。新道部分のルート自体は短く、旧道の内山峠の方が険しい難所となっているものの、個人的に面白さを感じるルートなので、今回取り上げてみることにした。妙義荒船という名称で、妙義山と並立されることも多いため、「頭文字D」に登場するチームである、妙義ナイトキッズの「奥の院」のような感覚を抱いてしまう。もしも、ナイトキッズに裏ボスのようなものが存在していたら、ここを根城にしていて欲しいと思ってしまうような、そんな魅力的なルートである。

荒船山 内山峠
荒船山 佐久から

長野県から群馬県にくだるルートのひとつとしては、旧道碓氷峠とはがらりと異なり、コーナーの数は驚くほど少ない。勾配についても、長野県内を走るほかの峠道などと比べると、さほど急な勾配でもなく、きつめに曲がるヘアピンコーナーなども存在しない。ひとつひとつのカーブが大きく、おおらかなルートではあるものの、それでいて、深めに曲げられていくコーナーがどうにも癖になるコースだという印象である。コーナーごとの円弧が長く、旋回時間の長いコーナーが多いのだ。もうそろそろ終わりだろうと思っても、まだまだステアリングを緩めさせてはくれないようなコーナーの数の多さは、出来るだけ長く横Gを味わいたい人向けのコースとなっていると思う。そのなかなか終わらない旋回時間は、「泣き」を極めたギタリスト、ゲイリー・ムーアのロングチョーキングのように、官能的に刻を重ねる。攻め込むと言うよりも、個人的には、官能的なコーナーを愉しんでいくルートではなかろうかと思う。路面状況もとてもよく、走行するにあたってストレスはまったく感じない。渓谷をまたいでいる橋の数が多いので、路面が濡れているときには、橋の継ぎ目に注意するぐらいのものである。ひとつ、ダウンヒルで下ってくるとコースの最後に、平畠隧道というトンネル内を旋回して通り過ぎるような箇所があって、ここだけは少し注意が必要だ。センターポールを睨みながらのコーナリングは、なかなかスリリングな気分を味わわせてもらえる。

荒船山 艫岩

神話の時代、建御名方神と経津主神が激突したという伝承の残る、岩船山の雄大な姿を眺めながら、谷を下るのはとても爽快である。差別浸食によって作り上げられた山頂の岩の塊が、圧倒的な存在感を持って聳え立つ。浸食によって出来上がった特徴的な姿は、中国の桂林や雲南石林を思わせる妙義山に対して、荒船山は、米国のメサ地帯・モニュメントバレーを思わせる。このメサともテーブルマウンテンとも言われている岩塊は、艫岩という名称が付けられていて、荒波を打ち砕いて進む船の姿を思わせるのだという。見れば、軽量な川舟ではなく、頑丈な造りの航海船を思わせる存在感だ。まるで、ガレオン船の船尾楼でも見えてきそうなシルエットである。日本の中でもっとも海から遠い地点の近くにあって、荒波を打ち砕いて突き進む船の姿を見た者がいたのだろうかと、いらぬ心配をしてしまうものの、確かに太古からそのように呼ばれてきた経歴を持つ。このあたりのことは、安曇族の足跡とともに考えなければならない問題であろうか。荒船明神が、宗像三女神と同じように、荒船三女神だという言い伝えもまた興味深い。

荒船山

夜にかけてこの道を通るならば、月と戯れるように走る、洞門のコーナーが絶品である。洞門とは、土砂崩れや雪崩から道を守るように架けられた吹き抜け型のシェードのことだ。一般的によく混同されるのは隧道という言葉であるが、隧道は、視界を完全に覆われたトンネルのことである。信州側から上州側にくだってくると、内山隧道、第2洞門、第1洞門、下仁田隧道、高梨子隧道、平畠隧道の順番で、隧道と洞門を駆け抜けることになる。ヘッドライトの光を頼りに暗がりを走っていると、ふと、横から照らす光のあることに、いつしか気がつく。洞門のかたわらの高さに月が浮かび、立ち並ぶ柱と月がくりかえす記憶の点滅のように、交互に洞門の横を流れていく。まるで、ストロボ光を浴びながら踊るダンサーのような気分にもなり、とても爽快になる。妙義荒船の岩峰を借景にして、夜空に浮かぶ月の姿は、荒城の月ならぬ、荒船の月だ。時折、岩峰から顔を現す月の姿にはっと驚き、洞門の柱の合間に見え隠れする月と戯れる。新道内山街道は、実に風情のあるコースだと思うのである。

荒船の月 荒城ならぬ



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?