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道恋2 碓氷峠 その2

およそ14kmほどの区間に、184個ものコーナーが密集し、初めて訪れた者を翻弄する。私自身も、初めて碓氷峠を下ったときは、乗りながら酔いそうになるとともに、トイレタイムで車から降りた際には、情けないことに、腰がふわふわして地に足がつかない感覚となってしまった。法定速度は40km。高低差はそれほどではないため、知らずどんどん加速度が麻痺していく急傾斜の峠道とは違って、スピードの自己抑制はしやすい道かと思われる。周辺にある車坂峠・地蔵峠・麦草峠などと比べると、曲率と勾配が絡み合ってえげつないコーナーというのは少ない。折り返し・切り返しの数の多さで難コースとなっていて、急カーブ・急傾斜などは少ないため、慣れてくれば言うほどのストレスは感じにくいようだ。切り返しの連続によって訪れる独特のリズムの感覚にさえ慣れてしまえば、ワルツか何かを踊っているかのようで、ある部分では心地よい。ダウンヒルと言うよりもジャイアントスラロームという言葉の方がしっくりくる。C50~C80あたりの番号のコーナーは特に、左右にふれるコーナリングGの連続で、切り返しのコーナーの連続は独特のリズムを生み、独特のリズムはバックビートの音楽のような心地よさ。コーナーが、バックビートのようにやってくる感覚は、スウィングのようなGでもあり、レゲエのようなGでもあり、ある種のトリップ感をもたらしてくれる。この感覚が、碓氷峠の独特の魅力ともなっていて、他の峠道では味わうことのあまり出来ないこの感覚を求めて、忘れたころにもう一度走りたくなる道ともなっている。

碓氷第三橋梁2

細かな切り返しが連続するコースではあるが、慣れてしまえばそこまで忙しくステアリングを回すイメージはなくなってくる。道の曲りくねるに任せ、流れるまま、たゆたうように走る。木の葉が風に舞い散るようにひらひらと落ちていくイメージを抱きながらステアリングを切りまわしてみる。そんな、ひらひらと操舵する感覚が、やがて癖にさえなってくる。頭文字Dを見ている層には、C121コーナーなどが有名ではあるものの、ドリフト走行をたしなむわけではない私には、それほど思い入れの湧くコーナーにはなっていない。むしろC133~C135やC99~C102コーナーのあたりが、私のお気に入りの区間ではある。もっとも、路面中央にキャッツアイという構造物を備えている道であるから、C121コーナーでのドリフト走行は、常識的には出来ない。ドリフトせずに走る場合には特別な特徴もないように思え、気が付いてみると過ぎているといった印象なのが、このC121コーナーである。碓氷峠は、意地の悪いコーナーやひねくれたコーナーなどはそれほど存在せず、気をつけたいのは、カーブよりもむしろ、日中の対向車や、夜にこちらを伺っている狐や鹿や猿、風雨の日に道をふさいでいる倒木、秋の日に散りつもっている落ち葉、そして、視界を奪いつくす濃霧の方である。この中でも一番厄介なのは風倒木で、完全に道をふさがれてしまえば、Uターンして今来た道を引き返すしか手はない。

インパクトブルー

昼なお暗き碓氷峠ではあるものの、夜の碓氷峠は暗さの中に月の光、星の光をたたえているときがあって、そんな日は李白の詩の一節でも口ずさみたくなってしまう。碓氷峠をヒルクライムで走れば、口ずさみたくなるものは、もちろん蜀道難。ああ、危ういかな高いかな、蜀道の難きこと、青天に上るよりも難し。悲鳥、古木にさけび、夜月に啼いて空山に愁うるか。たたみかけるように続くコーナーの数に反して、時折、樹々の隙間から見え隠れする、月の風情。カーブの合い間、谷の切れ間、樹々の透き間に、月が煌煌と静かな光を宿して、宙空に浮いている。目線と月が、次第に同じ高さになっていくような錯覚もあり、碓氷峠は、月へと昇る峠道のようにも感じてしまう。峠を登りきれば、そこは夜の軽井沢。深夜営業が条例によって制限されている夜の軽井沢は意外なくらいしんとしていて、月明かりが明るければ明るいほどにどこかものさびしく感じられ、不思議なもので、孤独であったはずの夜の峠道をひた走っていたときよりも、一層、孤独感が深まるのである。

碓氷入口2



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