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「事業場外労働のみなし制」活用の可能性は広げるものの、慎重な運用が必要と示した事例【協同組合グローブ事件・最高裁第三小法廷令和6年4月16日判決】

特定社会保険労務士の、荻生清高です。
労働判例研究会を、熊本と鹿児島の社労士・弁護士および労働法学の学識者と、共同開催しています。

7月開催の熊本例会は、協同組合グローブ事件を取り上げました。
前回の6月例会・滋賀県社会福祉協議会事件と同様、4月に出された労働事件の最高裁判決です。そして、熊本の事業所で起こった事件でもあります。

このnoteは、7月例会の議論をもとに、当事件についての私の見解をまとめたものです。当労働判例研究会は、参加者から自由な議論が繰り広げられ、参加者はそれを労務管理の業務に活かしたり、自らブログ・寄稿などで発信することができます。

本稿は、発信の実践例・サンプルとして、ご覧ください。
当研究会に関心のある方は、どんな様子かの参考になさってください。


協同組合グローブ事件は、どんな事件だったか?

この事件は、事業場外みなし労働時間制の適用の可否が、主に争われました。

労働時間の計算は、実際の労働時間により、行うのが原則です。
ですが、会社の外で働くときは、会社の指揮命令が及ばず、どこまでが労働時間かの算定が、難しいことがあります。例えば、新聞などの取材記者、外勤営業社員、最近ではテレワークの方もいますね。

このように、労働者が労働時間の全部・一部を事業場外で業務に従事し「労働時間を算定し難いとき」は、実際に働いた時間によらず、所定労働時間など一定時間労働したものと、みなすことが認められています。これが事業場外みなし労働時間制で、労働基準法38条の2に定められています。

ただ、この事業場外みなし労働時間制は、「労働時間を算定し難いとき」が認められる基準の運用が厳しく、実質的に活用が進んでいませんでした。

例えば、「無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合」などは、事業場外みなし労働時間制は適用できない、という行政通達があります(昭和63年1月1日基発第1号。ただし裁判所は行政通達には拘束されず、自身の判断基準で判断します。基準は後述します)。

もちろん、過重労働防止の観点から、みなし制の適用は限定されるべきです。一方で、スマートフォンをはじめ、情報通信機器の技術と普及が進んだ現在でも現実的な解釈であるかは、疑問があるのも事実でしょう。

今回は、情報機器の活用やテレワークが進む現代において、使用者は事業場外みなし労働時間制を活用できるのか? 「労働時間を算定し難いとき」とはどのような場合をいうのか?

その点で参考になる事例として、取り上げてみたいと思います。


裁判所が認定した事実

裁判所が認めた事実の概略は、次のとおりとなります。

  • 原告は、外国人の技能実習に係る監理団体に雇用されている指導員

  • 原告は、自らが担当する九州地方各地の実習実施者に対し、月2回以上の訪問指導を行うほか、技能実習生のために、来日時等の送迎、日常の生活指導や急なトラブルの際の通訳を行うなどの業務に従事していた

  • 原告は業務に関し、実習実施者等への訪問の予約を行うなどして自ら具体的なスケジュールを管理していた

  • 原告は被告会社から携帯電話を貸与されていたが、これを用いるなどして随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることはなかった

  • 原告の就業時間は午前9時から午後6時まで、休憩時間は正午から午後1時までと定められていたが、原告が実際に休憩していた時間は、就業日ごとに異なっていた

  • 原告は、タイムカードを用いた労働時間の管理を受けておらず、自らの判断により直行直帰することもできたが、月末には、就業日ごとの始業時刻、終業時刻及び休憩時間のほか、訪問先、訪問時刻及びおおよその業務内容等を記入した業務日報を被告会社に提出し、その確認を受けていた


裁判所の判断

裁判所の判断は、一審・二審と最高裁で別れました。

事業場外みなし労働時間制の、裁判所の判断基準

まず、本件の判断基準を紹介します。
労働基準法38条の2第1項の「労働時間を算定し難いとき」の判断基準は、最高裁判決およびその後の下級審判決の積み重ねにより、確立しています。

最高裁判決によれば、「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かは、以下の観点から総合的に判断するとしています。

  • 業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等

  • 使用者と労働者との間で業務に関する指示及び報告がされているときは、その方法、内容やその実施の態様、状況等

これらを総合して、「使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認められるに足りるか」という観点から判断する、としています(阪急トラベルサポート事件(添乗員・第2事件)最高裁第二小法廷平成26年1月24日判決)。

協同組合グローブ事件も、裁判所はこの枠組みに沿って、判断しています。


一審および二審の判断

一審は、事業場外みなし労働時間制の適用を、認めませんでした。

まず、「業務の性質・内容やその遂行の態様・状況等」の判断について、

  • 原告の主な業務内容:実習生、就労者への訪問・巡回指導、その他付随業務

  • 訪問・巡回の具体的なスケジュールは、職員の裁量判断に委ねられていた

  • 訪問指導以外の業務も、原則として職員の裁量判断に委ねられていた

とし、業務自体の性質・内容等から見ると、直ちにこれに要する(労働)時間を判断することは容易ではない、としています。

労働時間の把握が困難だったことは、裁判所は認めています。

しかし、次に行った「使用者と労働者との間で業務に関する指示及び報告の有無並びにその方法・内容や実施の態様・状況等」の判断で、「労働時間を算定し難いとはいえない」とし、事業場外みなし労働時間制の適用を否定しました。

  • 被告会社は、業務の遂行の状況等につき比較的詳細な報告を受けている

  • 被告会社の作成する業務日報の記載について、ある程度の正確性が担保されているものと評価することができる

  • 労働時間の一部が事業場外労働である場合には、業務日報で労働時間を把握し残業時間を算出していた

判断の決め手となったのは、労働者が会社に提出していた業務日報への評価です。一審は、業務日報はある程度正確であり、これで労働時間を把握できたと、判断したわけです。

この一審の結論を、二審の福岡高裁も維持しました。
最高裁判決では、この業務日報の評価が、結論の分かれ目となります。


最高裁の判断

最高裁は二審判決を破棄し、高裁へ審理を差し戻しました。

最高裁はここでも、阪急トラベルサポート事件の判断枠組みを、あてはめています。

まず、業務の性質・内容やその遂行の態様・状況等の判断について、以下の状況を認め、会社は労働時間を把握し難い状況にあったと、判断しています。ここは二審までと同様です。

  • 原告の業務は、実習実施者に対する訪問指導のほか、技能実習生の送迎、生活指導や急なトラブルの際の通訳等、多岐にわたる

  • 原告は本件業務に関し、訪問の予約を行うなどして、自ら具体的なスケジュールを管理していた

  • 原告は所定の休憩時間とは異なる時間に休憩をとることや、自らの判断により直行直帰することも許されていた

  • 原告は被告会社に随時具体的に指示を受けたり、報告をしたりすることもなかった

このあと、まず二審(=一審)の業務日報への評価を、最高裁は引用します。

業務日報に関し、

  1. その記載内容につき実習実施者等への確認が可能であること

  2. 会社自身が業務日報の正確性を前提に、時間外労働の時間を算定して残業手当を支払う場合もあったこと

これを根拠に、業務日報の正確性が担保されていたと、一審・二審の結論を振り返っています。

その上で、最高裁はこの業務日報の正確性に、異を唱えました。

1.については、

  • 単に業務の相手方に対して、問合せるなどの方法を採り得ることを一般的に指摘するものにすぎず、実習実施者等に確認するという方法の現実的な可能性や実効性等は、具体的には明らかでない

2.については、

  • 被告会社が、本件規定を適用せず残業手当を支払ったのは、業務日報の記載のみによらずに被上告人の労働時間を把握し得た場合に限られる旨主張しており、この主張の当否を検討しなければ被告会社が業務日報の正確性を前提としていたともいえない

  • 被告会社が一定の場合に残業手当を支払っていた事実のみをもって、業務日報の正確性が客観的に担保されていたなどと評価することができるものでもない

そして最高裁は、業務日報が正確であるかどうかの検討が足りないにもかかわらず、業務日報の報告のみを重視して「労働時間を算定し難いとき」に当たるとした高裁の判断は誤りであるとして、この点を再度審理させるため、高裁へ差し戻しました。


判決へのコメント

結論・理由ともに判決に賛成です。

今回の事例の第一の特徴は、「労働時間を算定し難いとき」の具体的判断についての解像度を、上げた点にあります。

これまでは昭和63年1月1日基発第1号・行政通達、そして最高裁の基準が並立する中、紛争が司法の場に移ったときの予見可能性が低く、それが事業場外みなし労働時間制・導入へのプレッシャーと、なっていたように思います。

この判決は、情報機器の発達、テレワークなど多様な働き方が進む現実を踏まえた、現実的な基準の適用をしたと見ています。使用者にとっては、事業場外みなし労働時間制が認められる余地は広がるとみられ、歓迎できる判決です。

一方で、この最高裁判決は、阪急トラベルサポート事件最高裁判決に代わる新しい基準を打ち立てたり、それまでの基準を変更したものではありません。

ただ、今後の下級審裁判における、阪急トラベルサポート事件の基準の運用は、変わってくるものと考えます。その点において、みなし制の活用を広げるものといえます。具体的にどう変わっていくかは、本事件の差し戻し審、そしてその後の最高裁判決(おそらく上告されるでしょう)、そして類似の下級審判決の積み重ねを、引き続き見極める必要があります。

協同組合グローブ事件最高裁判決は、基準のあてはめの公式見解とはいえます。ただ、あくまでこの事例における判断、という限定は必要でしょう。みなし制を使えるようになったと、安易に制度を導入せず、慎重に設計・導入する必要があります。


みなし制を導入しても、労働時間を把握する努力は必要

協同組合グローブ事件では、使用者は業務日報以外にも、様々な方法で労働者の事業場外での労働時間、業務内容を把握するよう、努力しています。本件ではホワイトボードへの月間予定の記入、スケジュールアプリ、LINEグループを使っていました。

これに対する、一審判決の判断があります。

  • 月間予定を記入したホワイトボードには、具体的な時間が記入されていなかった

  • 時間を記載させていた週間管理予定表は、短期間の運用にとどまっている上、業務日報との食い違いが多かった

  • 訪問予定を入力させていたスケジュールアプリは、入力されたスケジュール通りの行動が求められていなかった

  • グループLINEに訪問・巡回先の入退出の際に「イン」「アウト」のメッセージを送信んしていたが、一時的な取組にとどまっていた

これらにより、業務日報以外では労働時間を把握できなかった、と判示しています(最高裁は業務日報での把握にも、疑問を示しましたが)。

事業場外みなし労働時間制においても、使用者の労働時間管理の努力を求める姿勢は、最高裁にもみられます。

本件みなし制度は、事業場外における労働について、使用者による直接的な指揮監督が及ばず、労働時間の把握が困難であり、労働時間の算定に支障が生じる場合があることから、便宜的な労働時間の算定方法を創設(許容)したものであると解される。そして、使用者は、本来、労働時間を把握・算定すべき義務を負っているのであるから、本件みなし制度が適用されるためには、例えば、使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに、労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りず、具体的事情(当該業務の内容・性質、使用者の具体的な指揮命令の程度、労働者の裁量の程度等)において、社会通念上、労働時間を算定し難い場合であるといえることを要するというべきである。

阪急トラベルサポート事件(添乗員・第3事件)最高裁第二小法廷平成26年1月24日決定)

労働時間のみなし制度は、使用者に「労働時間を管理しなくてもよい」との誤解を招きがちです。使用者は制度の趣旨と、最新の判断基準を正しく理解し、労働時間の管理体制を、整える必要があります。


みなし制は「”会社に居る”イコール労働時間」の変革を迫る

労働判例研究会では、会社にいるイコール労働時間の是非も、議論されました。

ここからは少しの間、法律論を離れます。

会社の外にいる就業時間の間、労働しているかどうかは、スマートフォンやGPS管理で、本当にわかるものでしょうか。「その場所にいる」ことはわかっても、「仕事をしている」ことまではわかりません。

これは、社内にいる場合も同じです。会社に居る間すべて「仕事をしている」というのも非現実的です。仕事中ずっとフル集中を発揮しているのではなく、力を抜いたりひと息入れながら仕事をしているのが、現実でしょう。

テレワークにおいては、画面を不定期にキャプチャするなど、使用者は管理を強めがちです。ですが「管理されている」印象を強くする管理は、使用者の労力を重くしますし、テレワークを志向する従業員にも、評判が悪いと感じます。

事業場外みなし労働時間制を適用するような労働者には、一定程度の相互信頼に基づく労務管理を行うのが、労使双方に負担が少なく、導入できるように思います。使用者には労働者の能力や実績を正しく評価できる力、そして労働者にも自己管理の能力、そして仕事を自己完結できる実務能力、管理能力が求められます。


労働判例研究会は、今期の受講生を募集しております。

労働判例研究会では、今期の受講生を募集しています。次回9月例会は鹿児島市での開催です。

8月例会(鹿児島)
日時:2024年8月3日(土)13:30-17時終了予定
場所:鹿児島大学法文学部2号館多目的スペース2(法学コース会議室)
課題:学校法人横浜山手中華学園事件(横浜地裁令和5年1月17日判決)
   育児休業延長申請後の普通解雇の適法性

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