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竜とロックダウン

 台車で運んできた金塊を交差点のド真ん中にぶちまける。山と積まれた金塊の上に腰を降ろしてライフルを構える。五十メートル先にグリッチを伴って現れるが早いか、駆けてくる略奪者に向けて弾丸を撃ち放つ。命中。略奪者はロウソクの燃え残りみたいにグズグズとくずおれて消えた。

 俺は無線機に思いっきりがなり立ててやった。

「こちらフラグメントゼロ、『悪竜』だ。どうした! せっかく目につくところにお宝を置いてるのに近ごろ元気がないぞ! オーバー!」切った後無性におかしくなり、腹を抱えて大笑いした。無線が他のフラグメントに届くまではしばらくかかる。

 現在ロックダウンが発令中。州政府が水晶みたいに叩き割った基底時間軸から、人口一万人以下の疎開向けパラレルワールドが無数に枝分かれして並走している。人々は自分の属するフラグメントに籠りきり、もはや感染を恐れてはいない、らしい。この措置は感染終息まで続く。

 引き換え俺のいるフラグメントはこうだ。街頭TVが絶え間なく同じテロップを流し続けている。まず俺を名指しし、次にお詫び。手違いで本来誰もいないはずのフラグメントに配置してしまった。これを見たら政府に連絡を。云々。

 連絡はしない。無人の民家に押し入って庭の作物を食い、酒を飲んで大声を出し、毎日ホテルの違う客室で眠る。港に停泊しているクルーザーにはなぜか目の眩むような黄金の山があった。これ以上何を望むっていうんだ?

「ミスター悪竜。停戦だ」ややあって無線からノイズ混じりのダミ声が聞こえてきた。相手とはお互いに正体不明。略奪者は俺の名乗ったハンドルネームで俺を呼ぶ。

「……金を明け渡せ。さもなくば」俺は音声を切った。カフェのテラスの座席に腰かけ、しみじみと都市の静寂に浸る。傍らの金のインゴットを眺めながら、ホテルから拝借したどこぞの国のコーヒーを啜った。排気ガスのない空は心なし澄んでいる。申し分ない朝だった。

【続く】

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