見出し画像

Fallen Monk Deadhack

 死人月計算は覚えれば簡単だ。呪われたアプリの霊障で月に何人死んだかを表している。わかると思うが多いほどヤバい。

「そんなにヤバいですか」と国木田社長。

「ヤバいですね。平均六死人月も異常だがコイツはソースコードからして危険だ」俺はディスプレイを指し示した。そこに「死」の文字に囲まれた『警告:この先レビューするべからず』のコメントがあった。

「いいですか。今からこのコードを実行しますよ」俺は社長に念押しした。相手は怪訝な面持ちだ。自社サービスのユーザーの相次ぐ怪死に恐れをなしてデッドハッカーを呼んだ癖して、オフィスからの退避を薦める俺の言葉には聞く耳持たない。

 呪いの犠牲者は皆アプリを通してどこからともなくシェアされる「幸運のおまじない」を行った後、速やかに四肢を噛み砕かれて死んでいた。よほどの強い呪詛。それも内部犯が開発段階で仕込んだものだ。社長だなんて部下に恨まれてるに決まってる。

「お願いします」あーあ。こういう時に怖じ気づくのも一種の才能なんだがな。俺は社長に言われるがままにデバッグモードを走らせた。

 途端に周囲のPCの画面が一斉に点滅した。目前の画面を疾走するコードの無機質なアルファベットの並びに次第に「怨」「呪殺」「ライフハック」の文字が混じり、机の隅に置いたゴムのアヒルがゲタゲタと声を上げて笑った。俺のよき相棒だ。背後で社長がヒッと息を飲むのが聞こえる。

 アヒルが言った。「ケエーッ! コイツァヤベーっ! 何人死んでんだコノ会社はヨーっ!」

「無駄口叩かない。とっととやるぞ」

 早くもオフィスにはするはずのない獣の息を吐く音が木霊している。俺は特注のキーボードを目にもとまらぬ早さで叩き始めた。「心」の字を始めとしてキーが全て般若心経の文字になっている。是諸法空相。不生不滅。不垢不浄。周囲がどよめく。その時一陣のドス黒い風が吹き、写経に不可欠な「羅」の字のキーが弾け飛んだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?