ご飯がこわい人を見かけた話

出先で、洋食屋さんに入ったときのこと。
僕はハンバーグを食べました。たいへん美味しいハンバーグでした。表面がカリッとしているし、中も均一に焼けて断面図が美しかったです。自分で作るとこうはいきません。

満足して帰ろうとすると、僕より数秒早く席を立ったおじさんがいました。40代くらいでしょうか、僕と同じくらいだったと思います。おじさん仲間ですね。
先に会計を済ませたおじさんは、なぜかレジの前を動こうとせず、お釣りを財布にしまいながら、眉間にしわを寄せていました。おじさんはゆっくりと顔を上げて、眉間にしわを寄せたまま、ため息でもつきそうに小さく横に首を振りながら
「ご飯がこわいよ」
と店員に言ったのです。僕はえ?と思いましたし、店員は「え?」と口に出しました。
「ご飯がこわい」おじさんは綺麗に言い直しました。
僕の目には、若い男性店員の頭上にクエスチョンマークが見えました。
「ご飯が怖い?」
「うん」
おじさんは難しい顔をして頷きました。僕には意味がわかったので、
「ご飯が『固い』って意味だと思いますよ。おいくらですか?」
と店員に声をかけました。この「おいくらですか?」は、店員に向かって発声しつつ、その実おっさんに向けて「僕の会計の番だからどいてね」という意味を込めていました。おじさんはまだ言い足たりなさそうにその場を動こうとしませんでしたが、今にも財布を開かんばかりの僕を見て、忌々しそうに去っていくのが視界の隅に見えました。お前なんかおじさん仲間じゃない、おっさんだおっさん。
会計をしながら、何かちょっとモヤモヤ考えていそうな店員に、
「僕は、ご飯の固さ、ちょうどよかったですよ」
と伝えておきました。

思ったことが二つあって。
まず、わがまま言うなです。お店はあのご飯の固さが良いと思って提供しているわけだし、リピーターはそれに納得して食べにきていると思うんです。ご飯がこわいおっさんが個人的な感想を述べただけかもしれませんが、お店からすると「わかってるよ」ですし、それでご飯を柔らかめに炊くようにしたら離れるお客さんも現れるかもしれません。消費者にできることはせいぜい、「また行く」か「もう行かない」かだと思います。よっぽど失礼な態度や、衛生上問題があるというならまだしも、好みの調理ではないからっていちいちクレーム入れないで他の店行きなさいよ。
もう一つ。平易な言葉を使おうという当たり前の再認識です。言葉は伝えるために使います。伝わらない言葉なんか使わない方がいい。「強い(こわい)」は確かに辞書に載っている言葉で、「おこわご飯」といった言い方もありますが、通常の会話で「こわい」と言われたら「怖い」を思い浮かべます。人のふり見て我がふり直せと言いますが、自分も変な言葉遣いをしていないか、今一度見直そうと思いました。もちろん、創作であれば伝わりやすさより言葉遊びをしてもいいと思いますが。

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