連載 「こけしの恩返し」17 花屋のバイト編(1)


オープンガーデンの仕事を辞めることにした。理由は明言しかねるが、あえて言うならタイミングと限界が来た、ということだ。

12月末に辞めてから、翌年3月いっぱいまで無職の日が続いた。

無職でも無職なりに1日1日は過ぎていくもので、案外やることはあったりして、無職の日々を快適に楽しんでいたのだが、やはり働き先を探さないと残高は減るばかり。働かねば、という気持ちが徐々に湧いてきた。あ、正確に言うと完全無職ではなかった。週1回、バイオリニストさんの家へ行っていた。細く食いつないでいた訳だ。

さて、次はどんなバイトをしようか、と、考えたとき、オープンガーデンという自然の近くで働くことの心地よさを味わった後では、都心のオフィスとか週5でバリバリとか、もうそういう選択肢は全く無かった。できるだけ、自然に近いものに携わりたい。それを基準にしようと思った。

でも、ここは都会。自然のある場所は限られている。この東京で、少しでも自然に近いものってなんだろう、と考えたとき、浮かんできたのが花だった。花は、植物だ。植物は自然の中に生えている。つまり、花は自然に近いもの。そうだ、花屋にしよう、と。

そう思って探していると、母の日のアルバイト募集の文字を見つけた。5月の母の日、1年で1番花屋が忙しい日に向けての短期バイトの募集だった。これだ、と思った。働き先がない今、とりあえずでもいいから何か働くべきだし、だったら短期でもいいではないか。そう思ってその花屋へ応募することを決めた。

募集されていた花屋はチェーン店で、家に近くて行ける範囲に3店舗もあった。私はその3店舗を視察に出かけた。どの店舗で働くのがいいか、実際にお店で働く人の様子を見ておいた方がいいに違いない、と思ったのだ。3店舗見て、私の答えは明確だった。どう考えても、このお店がいい!と思う店舗があったのだ。私はその店舗に応募した。

なぜその店舗にしたか、というと、見に行ったその日にいたスタッフの人たちがなんとなく親しみをもてそうな感じがしたから、と、なんとなく受け入れてくれそうな雰囲気を感じたから、だった。バイト先を決めるとき、ぜひ一度実際にその現場を見に行くことをお勧めします。肌が合いそうとか入れそうな雰囲気かとか、絶対に何か感じるものがあるはずなので。私のそのときのカンは結果大当たりだった。

短期で雇ってもらえることになり、4月初めから5月の母の日まで、その花屋で働くことになった。

始めて早々、これは大変な仕事だ、と思った。花屋って、どうしてもふわっと可憐で女の子らしい仕事、って思われがちだが、実際は全然違う。実際は、ガッツと根性と体力が必要な、ガチ体育会系の仕事です。体力が資本。そしてへこたれない強い精神力も必要です。それまで、ゆったりした時間の中でのんびりと仕事をするような毎日だった私にとって、花屋の現場のスピード感は早すぎて、毎日目が回りそうだった。まだ入りたてで雑用をなんとかこなすような私の周りで、先輩スタッフたちは慌ただしく働いており、どんどんお客さんは来るし、注文は入るし、なんて忙しいんだろう、と思った。どんくさい私は失敗はするし、分からないことだらけだし、何かお客さんに聞かれる度に分からないからその答えを先輩に聞きに行っては教えてもらってそれをまた伝える、ということの繰り返しで、先輩にはいちいち面倒をかけるしお客さんにも時間をとらせるし、私なんでこんなにできないんだろう、と落ち込むことも多かった。

毎回、帰り道は真っ白だった。試合が終わって真っ白になったあしたのジョーのように。ボロボロにやりまくられて、やりかえすこともできなかった無力感に苛まれた。なんでこんなに自分はできないの?という思いでいっぱいだった。

私の他にも、短期でバイトに入ってきた人が数人いた。お店にあまり人が足りていないような状況だったので、短期バイトをたくさんとったようだった。同期の人がいることは、とても心強かった。それまでの職場で私には同期といえる人が1人もいなかったから、同期ってこんな感じか〜と、同期のありがたさを感じたりした。

1ヶ月くらい働いたところで、私、ここでもっと働きたいな、という心が芽生え始めた。花の仕事、すごく大変だし忙しいけれど、その分やりがいは感じられるし、せっかく少しずつ覚えてきた仕事をもう少し続けてみたい、そう思ったのだ。それに、なんといっても先輩たちの人柄が素晴らしかった。店長はやさしいし、先輩もいつも笑顔で教えてくれて、失敗をしても責めたり怒られたりすることはなく、やさしくさりげなくフォローしてくれた。なんてできた方々なんだろう、と思った。この職場、いつも笑顔に溢れていた。遅くまで残業して疲れていてもけらけらと笑いは絶えなかったし、失敗してすら笑顔で接してくれて、こんなできない私にまで笑顔を向けてくれること、そしてこんなできない私のことを、責めたり怒ったり排除しようとしたりすることなく、受け入れてくれているということが、にわかに信じられなかった。前職のオープンガーデンでの苦い経験が私の心をすっかり冷え固まらせてしまっており、私の笑顔はすっかり歪んでしまっていたのだのだけど、そんな歪んだ私に対しても惜しみなく笑顔を向けてくれることが、嬉しくてありがたくて仕方がなかった。先輩たちの笑顔は素敵すぎて、いつもとても眩しかった。あの場所で働けたら、私も少しずつ笑顔に戻れるかもしれない、そんなふうに思える場所だった。

5月の母の日までの契約だったバイトを、私は長期に変えてもらうことにした。この場所で、花と一緒に、そして笑顔の素敵な先輩たちと一緒に働いてみたい、その先にある未知の自分に出会ってみたい、そう思った。


次回、花屋編続きです!

お読みいただきありがとうございました!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?