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経験に基づく直感とか数的な感覚って大事だよね、という話

どうもここ数日が乾燥のピークな気がしている。
毎晩、全身が痒くてなかなか寝付けないのだ。
アトピーの方なら理解してくれるだろうが、朝起きると全身に細かい引っ掻き傷が多数できていて陰鬱とした気持ちになる。
1年でぼくが最も嫌いなシーズンである。

「ここ数日が乾燥のピーク」というのは、「これ以上ひどくなって欲しくない」という願望も多分に含まれているのだが、日中の気温が内地の春並みに上昇していることを鑑みれば、あとひと月もすれば初夏のような気候になるのではないかと予想している。
東京に住んでいた時は3月と4月が乾燥のピークだった。
沖縄は内地より1ヶ月ほど入梅が早いということを考えれば、同様に乾燥のピークも一月ほど早く訪れるというのは妥当な予想だと思う。
さらに、沖縄は東南アジアに近い亜熱帯でもともと高湿な気候のため、3月頃にはジメジメし始めていてもおかしくない。

さて、そんなこんなで湿度への異様な執着心を見せながら毎日を過ごしているわけだが、もはや日課となっている諸都市(沖縄🇯🇵、チェンナイ🇮🇳、ジャカルタ🇮🇩)の湿度比較をしていて、ついこの間ちょっとした発見をした。

まず、沖縄の某離島。

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気温…20度
湿度…69%

この時期の日本にしては湿度は高い方だと思うが、乾燥肌にとってはつらい。

次にインド南部の都市チェンナイ。

画像2

気温…29度
湿度…52%

え?日本よりも乾燥している?

ぼくは混乱した。
できるだけジメジメしたところを求めて南インドへの移住を決意したのだが、これだと全く意味がない。

とりあえず気を取り直して、赤道直下のジャカルタ。

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気温…29度
湿度…71%

そこまで湿度が高くない。
沖縄より2%高いだけだ。

しかし釈然としない。
ジャカルタには3年間住んでいたが、空気が乾燥していたと感じたことは皆無だったからだ。

まとめると、以下のようになる。

沖縄🇯🇵
気温…20度、湿度…69%
チェンナイ🇮🇳
気温…29度、湿度…52%
ジャカルタ🇮🇩
気温…29度、湿度…71%

気温や湿度の数字は、iPhoneのアプリを参照しているのでそれなりに信憑性はあるのだろうが、かなり直感に反する。
というより、ぼくの敏感肌が全然納得していない。

そこでぼくは重大なことに気付いた。
相対湿度と絶対湿度の違いだ。
つまり、気温が異なる地点の相対湿度を比較しても、肌感覚的にはあまり当てにならないということだ。

飽和水蒸気量や湿度の計算は中学校の理科で学習する内容。
そんな簡単なことなのに、湿度(相対湿度)の数字ばかりに気を取られて一喜一憂していた。

空気中に含むことのできる水蒸気の最大量(飽和水蒸気量)は、気温によって変化する。
すなわち気温が高いほど飽和水蒸気量は多く、気温が低いほど飽和水蒸気量は少ない。
例えば気温の異なる2地点において、空気中に含まれている水蒸気量が全く同じだった場合、気温が低い方が相対湿度が高く、反対に気温が高い方は相対湿度が低くなる。

だから感覚的にジメジメしているかどうかは、%で表示される相対湿度だけを見てもわかりづらく、具体的に空気中にどれくらいの水蒸気が含まれているかを算出する必要がある。

そこで出番になるのが飽和水蒸気量の表。
1㎥の空気中に何グラムの水蒸気を含むことができるかを示した表である。

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これをもとに、沖縄、チェンナイ、ジャカルタの空気中に含まれている水蒸気量(絶対湿度)を算出してみる。

沖縄🇯🇵
気温…20度、湿度…69% → 11.9g/㎥
チェンナイ🇮🇳
気温…29度、湿度…52% → 15.0g/㎥
ジャカルタ🇮🇩
気温…29度、湿度…71% → 20.4g/㎥

相対湿度に注目すると、沖縄よりもチェンナイの方が乾燥しているように見えるが、空気中に含まれる水蒸気量はチェンナイの方が多い。
また、沖縄とジャカルタは同じような相対湿度だが、絶対湿度だと2倍近い数字の差がある。

これで納得だ。

チェンナイは沖縄よりも乾燥しているのか?と危惧したが、肌感覚としてはジメジメしているといっても問題ないようである。
ぼくの肌も一安心している。

ここまで長々と書いたが、内容としては義務教育レベルに過ぎない。
しかしここ数週間、相対湿度だけを見て一喜一憂していたぼくにとって、絶対湿度に気付けたのはまさにアハ体験だった。
文字通りの肌感覚的な違和感が今回の小さな発見の発端だったわけだが、個人的に「数的な直感」というのはとても大切だと思っている。

小中学生に算数(数学)を教えていて、こういうミスがよくある。
例えば、「80は200の何%?」という問題で「4%」と答えたり、角度を答える問題で明らかに鋭角なのに「100度」と答えたりするミスである。
前者は商の小数点ミスか百分率の変換ミス、後者は分度器の読み取りが反対であることに起因するミスで、いずれもあらかじめ答えの見当を立てておけば防げる誤答である。
この「答えの見当」というのを無意識にできるのが「数的な直感」ということになるのだと思うが、導き出した答えに対して「なんかおかしいぞ?」とか「だいたい妥当な数字だな」と思えるかどうかが、いわゆる賢さなのだと思う。

小中学生なら「うっかりミス」として片付けられてしまうような些細なミスだが、こういった「数的な直感」は大人になってからとても大切になる、というのがぼくの意見だ。
巧妙な数字のトリックを使用した詐欺とか悪質なローンとかは、「数的な直感」が鈍い人がターゲットになりやすいと思う。
大袈裟に言えば、大人になって搾取される側の人間になってしまうかどうかは、「数的な直感」が鋭いかどうかにかかっている。

だからぼくは子どもに算数や数学を教える時は、あらかじめ答えの見当を立てさせるようにしているが、できない子どもはとことんできない。
「センスがない」と言ってしまえばそれまでなんだけれど、小さい頃から粘り強く訓練を積むことは大事だと思っている。

ということで、「最近乾燥がひどい」という話から始まって、「直感は大事だ」という話に落ち着いたわけだが、今日の教訓はタイトルに書いた通り。

経験に基づく直感や数的な感覚は大事にすべし

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