実況芸とジェントル・フォレスト・ジャズ・バンドが一夜限りでコラボする
(追記)このイベントは終了しています。
ジェントル・フォレスト・ジャズ・バンドのリーダーのジェントル久保田さんと知り合ったのは、2020年が明けてすぐだった。
The Okura Tokyoで行われた音楽業界のパーティーに、僕達は会を盛り上げる司会者と余興のバンドという立場で参加した。パーティーが終わって、ジェントル久保田さんとは、たまたま帰る方向が同じで、神谷町駅に向かう急な坂を下りながら会話すると、共通の知り合いが何人かいることが判明。性急な僕は「実況芸」との共演を持ちかけたのだ。まだ、マスクをせずに至近距離で会話ができた頃の話である。
「久保田さん、ビッグバンドと実況って何か一緒にできませんか?」
「ああ、面白そうですね。むしろ、こっちに出てもらうのがいいかも」
こっちが呼ぶならまだしも、向こうに呼ばれるなんてないでしょ。と思ったら、それから数か月後、本当に久保田さんから出演のオファーが届いた。3人のエンターテイナーとコラボレーションするジェントル・フォレスト・ジャズ・バンドのコンサートへの出演依頼で、エンターテイナーのうちひとりが僕だという。
小さな規模でやってきた「実況芸」が、二階堂和美さんの歌、SAROさんのタップダンスに並べてもらえるなんて、うれしすぎる。しかも、会場は立派なホールで、ポスターまで作成されてある。
先日は、初めてリハーサルに参加した。トランペット、トロンボーン、サックス、ベース、ドラム、ピアノを構えるバンドメンバーとお互いに様子を探りながら、マイクに向かって声を出す。僕が参加するのは2曲。さすがは実力派の演奏家ばかりで、こちらの要望に即座に応えてくれる。
彼らの演奏中、僕はメンバーの姿を実況したり、イントロや楽曲の中に勝手なストーリーを作って実況したりするのだが、しゃべりの長さやテンポにピタッと演奏が合うので、気持ちいい。こちらも楽譜を見ながら拍を数えて、どこで実況を挟もうか…と考えてみる。何もないところから始まって5時間で、だんだん「実況の入った音楽」が出来上がっていく。楽曲を最初から最後まで通して演奏した後には、自然とメンバーから拍手が起こるなんて、もう、楽しくなる予感しかない。
もうひとつ楽しみなのは、練馬文化センターという会場だ。実は文化センターのすぐ裏には、父の実家があり、大学受験のときにはそこに寝泊まりして、受験会場へ通ったのだ。あの頃、いつも横目に通り過ぎていた練馬文化センターのステージに仕事として立てるのは楽しみだ。練馬は僕にとって、大学進学後も暮らした思い出の町である。
リハーサル後、あまりに懐かしいので練馬の町を歩いてみた。文化センターのある駅の北口から線路を渡った南口に出て、千川通り、目白通りを横切って住宅街へと進む。日が落ちてすっかり暗くなっていたが、当時の記憶をたどりながら住んでいたアパートを探すと、まだ建物がそのままの姿で残っていて驚いた。古びた郵便受けを見つけると、アナウンサー試験で落選通知のハガキを受け取って立ち尽くした記憶が蘇る。ハガキ1枚でシューカツ(当時はそんな言葉はなかった)がおしまいって、あまりに素っ気ないよな…と27年前のことだが、まだ腑に落ちない。僕は執念深い性格なのだ。
それにしても、選ばれる、選ばれないの差って何だろう。
大学受験は一発で選んでもらえたのに、就職ではまったく選ばれなかった。大学生だった僕には何も光るものがなかったのだろうか。それとも、人事担当者に「うちの会社の色には合わない」と見抜かれていたのだろうか。たしかに子供の頃から集団に合わせるのは得意じゃないし、フリーになってからは特に協調性より、独自性を考えてやってきたことは事実だ。しかし、そんな僕を今回、ジェントル・フォレスト・ジャズ・バンドは選んでくれたのが、本当にうれしい。そして、チケットを買ってくれた人も10月9日、他にたくさんあるであろう予定の中から、この公演を選んでくれたことになる。とにかく、数ある中から自分を選んでくれた人の気持ちに応えたい、と思う。
やっぱり、選ばれないより選ばれる人生がいい。選ばれなかった過去のことを思い出して、今、選ばれていることの喜びを実感している。今日は久保田さんから「追加でこういうの実況できます?」というメールが届いた。もちろん大丈夫です、以外に返事はない。
(追記)公演の一部がYou Tubeで公開されました。