仏壇に掃除機のノズルを突っ込んではいけません
Kさんという女性が仏壇を買いにきた。
Kさんの見た目は永作博美を8倍くらいに薄めた感じで、終始フニャフニャしており、可愛らしい人だった。年齢は40台前半くらいだろうか。
このKさんが困ったことにド天然だった。
まず来店するたび、言う宗派が違う。
1回目は「なむだいしへんじょうこんごうって唱える宗派です」
2回目は「なんみょうほうれんげきょうって唱えてます」
3回目は「なむあみだぶつって唱えてた気がする」
こんな感じだった。宗派がわからないと仏壇が決まらない。
Kさんはなぜか仏壇を買う前に住職についてきてもらい本尊の掛け軸だけは買ったらしい。
なので、その本尊の掛け軸さえわかればKさんの宗派がわかる。
私は「その掛け軸にはどんな人がいましたか?」と訊いてみた。
「うーん。ハゲの人がいました」
ハゲの人て。うん、ハゲの人はどの宗派にもいますねん。
「あっあと、顔の恐い人がいました」
顔の恐い人と言えば、禅宗の「達磨大師」か、真言の「不動明王」だ。
私はさらに「その恐い人は鬼みたいでしたか?」と訊いてみた。
「あっそうですっ! 鬼みたいで、でっかい剣持ってました。へへへっ」
なにが「へへへっ」なのか知らんが、それは「不動明王」だ。ということはKさんは真言宗、選ぶべき仏壇は金仏壇ではなく、唐木仏壇だ。
宗派が判明したあとは、仏壇選びはスムーズに進んだ。
仏具は家にある古いのを使うそうで、本体だけを買うことになった。ちなみに買ったのは上置き仏壇である。タンスの上に置けるような小さい仏壇だ。
「自分で持って帰ります」と言い出したので、そうしてもらった。Kさんの件はこれで終わり。だと思っていたのだが……
★★★
1週間後、突然Kさんから電話がかかってきた。
「た、大変なんですっ! た、大変っ!」Kさんはかなり動揺している。
「大丈夫ですか? 落ち着いてください!」
「た、大変! い、今すぐ来てもらえますか!?」
急いでKさんの家に行き、仏壇を見ると、中がグシャグシャになっている。天井から下がっている瓔珞、燈籠もバラバラで、湯呑も割れて水浸しだ。
「なにがあったんですか?」私は訊いてみた。
「ううう……ホコリが溜まってたから」Kさんは半泣きで言った。「掃除機で吸おうと思って……」
そりゃあダメですKさん! つーか、掃除機で仏壇の中吸うかね!
「と、とりあえず、落ち着いてください。掃除機の中を見てみましょう!」
掃除機を中を見てみると、中から瓔珞の部品やら湯呑の破片やらが出てきた。
「Kさん、これはもう新品買ってもらうしかないですね」
「ううう……わかりました」
グチャグチャになった仏具は後日買ってもらうことにして、この件は終了かに思えた。しかし、どうも仏壇をひと目見た時から変な違和感がある。
おそるおそる仏壇を見てみると、違和感の正体はすぐに判明した。
掛け軸の順番が全然違うのだ。
本来は、右から
お大師さん(空海)
大日如来
不動明王
となるべきところが、
不動明王
お大師さん(空海)
大日如来
となっていた。掛け軸は本来仏壇屋がつけるのだが、Kさんは自分で持って帰って自分でつけたのでこんな事態になった。
しかも、とても可愛らしいピンク色の画びょうで止めている。これでは恐怖がウリの不動明王が台無しだ。
「Kさん、コレ掛け軸の順番、全然違いますよ!」
「そ、そうなんですか! ハゲの人が真ん中におりそうな顔してはったから……」
どんな顔やねん。まあ、お大師さんは有名だから気持ちはわからんでもないけど。ってまたハゲの人て……、バチ当たっても知らんよもう。
掛け軸をその場で正しい順番にして、きちんとした掛け軸用のピンで止めてあげた。
無事すべてが終わり、外に出て家の方を振り返ると、Kさんは道の反対側でビックリするほど全力でこちらに手を振ってくれていた。
私は恥ずかしげに手を振り返し、車に乗りこんだ。
なんとも可愛らしい、変わった人だった。
お客さんの中には「仏壇には手も触れられない」という人もいれば、Kさんのように勇猛果敢に掃除機のノズルを突っ込む人もいるのである。
仏事というのは奥が深い。
働きたくないんです。