カラカラになった山田さん
朝、いつも通り仏壇屋に出勤し、先輩のパワフルジジイ山田さんに「おはようございます」と挨拶をした。山田さんも挨拶をしてくれた。
「お、おひゃようごじゃいまふ……」
???
異常を感じて山田さんをよく見てみると、くちびるがプール上がりのように真っ青、顔はおしろいを塗っているかのごとく真っ白だった。
一見、動いていないように見えるが、ナマケモノみたいな「よく見たら少しずつ動いている」状態だった。
朝に話しかけると「ええいっ うるさい!」と怒られるので放っておいたのだが、朝礼でもなに言ってんだかさっぱりわからない。皆、スルーしてるが、脳梗塞とかそんなんとちゃうか? 大丈夫かコレ?
心配になり、おそるおそる話しかけてみると、「き、きのう、飲み過ぎましぇた……」とのこと。前日に飲みすぎるとこんな喋れなくなるのか、この人。
「わ、わしゃ、のみすぎゅると、〇×△☆○×△☆………」
聞き取りにくかったので、要約すると「ワシは二日酔いになると身体中の水分が抜けて、話せなくなる。こんなことはたまにあるので大丈夫だから放っておいてくれ」とのこと。
こんな状態で仕事なんてできないと思うが、まあ本人の希望通り放っておこう。王家の墓から出土されても違和感のないほどカラカラだが。
しかし、放っておかなかった人がひとりだけいた。お局様である。
お局様と山田さんは年も近く、付き合いも長いのだが、その内殺し合いを始めてしまうのでは? と心配になるくらい仲が悪い。
彼女の使命は「山田をクビにする」である。なにか問題があると、すぐに社長に報告、「今度こそヤツのクビを切りましょう」と意見をするのであった。
山田さんは足取りと頭はしっかりしており、どういう原理でカラカラになるのかはわからんが、本当にただの二日酔いなのだろう。しかし、お局様は「朝から酒を飲んで仕事に来た!」と店の中で騒ぎ出した。
「山田さん、すぐに社長に報告します!」
「お、おまいぇ、ただぁのふ、ふつかよぃおい〇△×……」
いつもならお局様を圧倒するほど怒鳴るのだが、今日は分が悪い。
社長が出社した。すぐさまお局様から報告があり、社長は真っ赤な顔で山田さんの前に立った。
ジジイ VS ジジイ の不毛なバトルが始まったのである。
「お前! 酒飲んできたんか!」
「の、のんでにゃいって、言うとぉるやりょ……」
「飲んどるやないか! お前はもうクビや! 帰れ!」
「ただのふ、ふつぅかよいじゃ……ぼ、ぼけえ……」
頑固さ世界ランクでは1位、2位のジジイ共である。うるさくて仕方ない。
「お前、全然喋れてないやないか!」
「ふ、ふつかよぉいになったりゃ、しゃべらんようになりゅんや……」
「朝から酒なんてあおりやがって、おい、きよさん! このジジイを家まで連れてけ!」
私は「お前もジジイやないか」と思いつつ、山田さんの手を取る。
「だ、だいじょうぶや……はなせぃ……」
山田さんは強気ではあったけど、やっぱりしんどかったらしい。あっさり観念し、家に帰ることになった。
★★★
車の中で、すごく楽しそうに昨日の飲みのことを話す山田さん。
「あ、あのじゅうしょぉくは、〇△×☆○△☆×……」
「へぇ~そうだったんですね」なにを言ってんだかさっぱりわからんので、適当に相づちをうつ。
「んでなぁ、〇△×☆○△☆×……」
「はいはい、なるほどね~」
「○△×☆○△×☆○△×☆!! ハッハッハッハッハ!」
なんかわからんけど、笑ってるでおい……
「ハッハッハッハッハッハッハッハ!!」
よほど面白いことがあったのだろう。家につくまでずっと笑ってた。地獄の空間だった。
次の日、山田さんはなにごともなかったかのように出社して、経机を修理していた。
「大丈夫ですか?」私は心配して訊ねた。
「おう! 昨日は悪かったな!」
なんともやっかいなパワフルジジイである。クビの話はどうなったのか。
なにごともなく、朝礼も済んだ。昨日のことについて誰も言及しない。
「昨日の話どうなったんですかね?」私は店長に聞いてみた。
「なんかあった?」店長は言った。
忘れているのである。店長も、社長も、お局様も。
「まあ、ウチの店、ボケ老人ばっかりやからね……」先輩の土井さんは笑いながら言った。
7人中、3人はボケているという恐ろしい店だった。こんな環境だから山田さんはやりたい放題できるのだろう。
ちなみに山田さんはボケる気配がない。たまにカラカラにはなるが、物覚えもよく、終始疲れている私の5倍は元気なのであった。
働きたくないんです。