憧れの先輩、山田さん
仏壇屋に山田さんというヨボヨボのおじいちゃんがいた。私の先輩であった。
以前紹介した、お経と戒名が書かれた板塔婆を使ってガーデニングをし、村の人からめっちゃ怒られた人だ。
この人はイライラするとすぐにブチ切れ、なにをするかわからない。しかし非常に面白い人で、憧れの存在でもあった。
遺体に「邪魔やな!」
山田さんと一緒に仏壇配達に行ったときのこと。
仏壇を抱えて和室に入ると、そこにはまだ顔に布がかけられた遺体があった。
このようなケースはたまにあったので、特に驚きもせず、黙々と仏壇を運んだ。
仏間の前に遺体が寝そべっているので、申し訳ないが、仏壇を入れるには正直邪魔なのであった。
非常にやりにくく、お互いイライラしていた。
「そろそろキレるな……」私がそう思った瞬間、案の定、山田さんは怒鳴った。
「ああ、もう、邪魔やなコイツ!」
言っちゃった。
「おい! ちょっとコイツどかすぞ!」
完全にキレている。私はなだめるように言った。
「勝手に? そ、それはマズイんじゃないですかね?」
「じゃあお前が全部やれ!」山田さんは外にタバコを吸いにいった。
こんな感じの人だった。遺体があってもブチ切れたら関係ない。多分、阿弥陀さんがそこにいても「なんやコイツ。邪魔やな!」と言っていただろう。
美容専門学校の受付に「使えんやつやな!」
大阪まで仏壇配達に先輩の土井さんと山田さんと三人で行ったときのこと。
マンションの下に車を停め、これから仏壇を運びましょか、と思った矢先。
山田さんがいなくなった。
キョロキョロと周りを見回してみると、マンションの前の美容専門学校に入ろうとする山田さんがいた。
若い女の子が沢山いる場所に不釣り合いなヨボヨボの爺ちゃん。違和感たっぷりのその光景に土井さんは大爆笑していたが、このまま放っておくとマズい。
焦りながら私も入ると、案の定、山田さんはブチ切れている。
「なんや! トイレ貸せって言うとるだけやないか!」
どうやらおしっこがしたかったらしい。
「ちょ、ちょっと困ります」受付が言う。そりゃ困るわ。爺さんがいきなりブチ切れたら。
「山田さん、すぐそこのコンビニ行きましょう!」
「うるさい! なんやこの受付、使えんやっちゃな!」
「す、すみませんっ! ご迷惑をおかけして!」私は受付の人に謝りつつ、「なんや! トイレぐらいええやないか!」と、ブチ切れ続ける山田さんをなんとか引きずりだし、コンビニまで連れていくことができた。
ちょっと50mほど歩けばコンビニがある。普通の人はそこまで行くが、山田さんは違う。
「すぐ目の前にあるんやから、なんで使ったらあかんねん」そんな考えの人だった。
お客さんに「手伝わんかい!」
山田さんと仏壇処分に行ったときのこと。
思ったより大きな仏壇で、ふたりで持つには少し厳しい。
うしろに家族と思わしき高校生くらいの男性が、じっと私たちの作業の様子を見ていた。
うまくいかないので山田さんはいつもの通り、イライラし始めていた。じっと見られているのも腹が立つのだろう。彼は急にその男性に向かって怒鳴った。
「ええいっ! そこで見てんと、手伝わんかいっ!」
男性はビックリした様子で立ち上がり、しぶしぶ手伝いにきた。
「ええいっ! もっと力入れんかい! 若いんやから!」
三人で無事、仏壇を車まで運ぶことができた。
高校生は完全にふてくされていた。
★★★
日本人は上の人や、お客さんにはなにも言わない。たとえいくら理不尽なことを言われても。
自分を殺し、空気を読み、理不尽に耐え続ける。これじゃエライ人はさらに調子に乗り、消費者はさらにこと細かくクレームをつけてくる。どこかで歯止めをつけないとキリがない。
山田さんは理不尽な目に合うや否や、お客さん、住職、社長、見境なくブチ切れる。
「これがしたい」と思ったら、すぐに実行。周りの目などおかまいなし。
天上天下唯我独尊。なにをしても恐れることはない。
昔からこんな気質なのでストレスもあまり感じないらしく、70歳超えでもとっても元気。重たい仏壇持つわ、長距離運転するわ、得意先行きまくるわ、仕事は楽しそうだわで、ステージ上のミック・ジャガーばりに毎日動き回る。
日本人はもう少し山田さんのような頑固ジジイを見習い、たまにはブチ切れてもいいのではなかろうか。
人の目を気にしてなにもできない私にとって、山田さんはある意味、憧れの存在だった。(迷惑な存在でもあったのだが……)
今、この瞬間もどこかでブチ切れているのだろう。
働きたくないんです。