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ハンググライダー幅跳び

 「今日はいい風が吹いてる。記録が伸びそうだな」トオルは屈伸しながら、隣でアキレス腱を伸ばしているタクヤに言った。「まあ、記録なんてどうでもいいんだけどな」

 「トオルは日本記録持ってるから、皆期待してんじゃないか。82mなんて記録、そうは出ねえよ。見ろ、お前のライバルがお出ましだ」タクヤが言い、スタート位置に目線を向けた。

 そこにはハンググライダーを持ち、助走に入ろうとしている男がいた。180cmを優に超えた巨体だ。

 「ハンググライダー幅跳びなんて、背が小さくて、軽い方が確実に有利なのにな。ゴウタはあの巨体の時点で向いてねえんだよ」トオルは笑いながら言った。

 幅跳びの要領でハンググライダーを担ぎながら飛んだら、もっと遠くに飛べるんじゃないか。そんな安易な考えで2年前に始まった『ハンググライダー幅跳び』。目新しさもあって、一気に競技人口が増えた。

 「いくら本人が努力したって、いい風に乗ったヤツには絶対勝てねえ。こんな風まかせの競技に何でここまで必死になるのかわかんねえよ」トオルが言った。

 「確かにな。だって世界記録って6.2kmだろ。お前が出した日本記録とは単位からして違うじゃねえか」タクヤは呆れながら言った。
 「そうだな。世界記録に比べたら、オレの82mなんてハナクソみたいなもんだ」
 「世界記録保持者のアレキサンダー・マクミランってヤツの写真見たけど、ガッリガリだぜ。しかも、オセロ部からの助っ人だったみたいだし。あんなゴボウみてえなヤツが世界記録出せる競技ってなんなんだよ。バカみてえ」タクヤは爆笑した。

 「オレ達はどれだけ努力したって、ハリケーンに乗った助っ人オセロ部には一生勝てない。真面目にやってる奴ってホント馬鹿だよ」トオルはあざけ笑いながら言い、走り出したゴウタを見た。「同じ高校の奴が言ってたけど、ゴウタって毎日めちゃくちゃ練習してるらしいぜ。コイツが一番の馬鹿だな。あーこの風じゃダメだ。いいとこ30mってとこだろう」


 華麗に着地したゴウタが29mという記録を見て、悔しそうにこちらに歩いてきた。トオルの鼻先まで顔を寄せると、唾を飛ばしながら話し始めた。

 「オイ、トオル。今回は負けねえぞ。オレはお前に勝つために、誰よりも努力してきたんだ。次のジャンプでお前が出した82mを越えてやる」ゴウタは息を切らしながら言った。
 「はいはい。まあせいぜい頑張ってくださいよ。つーか、あんな風で助走に入るなよ。風を読む能力が足りねえんだよ、お前は」
 「なんだと。テメエ、デカい口叩けるのも今のうちだ。覚悟しとけ」ゴウタは鼻息荒く、日陰の方に歩いていった。

 「バカだね。あいつも。いくら練習したって、うまい風に乗るしか記録なんて出せねえのに」タクヤはあざ笑うかのように言った。「お、オレの番だ。ちょっくら行ってくるわ」

 タクヤは明らかにやる気がなさそうだったが、それでもゴウタより少し良い35mという記録を出した。

 「今日はまあまあ風がいいから飛べるな」タクヤは満足そうに言った。「昨日の台風に感謝だ。へっへっへっへ」
 「まあそれでもオレの82mには勝てないだろうけどな。オレの記録越えれるもんなら、越えてみろってな。ふっふっふっふ」トオルはふざけながらスタート位置に向かっていった。

 やる気のない助走から飛んだトオルのジャンプは、タケシとタクヤの記録を軽々と抜いた51mだった。

 「まあお前らと違って才能があるからな」息ひとつ乱さず戻ってきたトオルは得意気に言った。「あとは風にも恵まれてる。ほら、ゴウタの2回目が始まるぜ」
 「ゴウタのヤツ、すっげえトオルを睨んできてるぞ。必死なんだな。せめてオレの35mは抜いてほしいよ」


 ゴウタはスタート位置につき、深呼吸をしながら風を待っている。
 そのときだった。砂場で砂が円を描いて舞い始めた。

「おいタクヤ見ろ。つむじ風が発生しそうだぞ」トオルは少し焦りながら言った。「あれに乗ればすごい記録が出そうだ」
 「学生生活最後のジャンプだ。アイツはこのジャンプにすべてを捧げてきたんだ。神がアイツに味方するか」タクヤは興奮気味に言った。

 ゴウタは深呼吸を終えると、助走に入った。砂場では砂が円を描いて高く舞い上がり、大きなつむじ風が発生している。

 「おりゃああああ」ゴウタは豪快なジャンプをし、つむじ風に乗った。

 「おおおお、飛んだ。つむじ風に乗った!」トオルとタクヤは高く飛び上がるゴウタを追った。

 「うおおおお! 行っけええええ!」つむじ風に乗ったゴウタは叫んだ。どんどん上に舞い上がっていく。「このまま日本記録だああ!」

 ゴウタは競技場をはるかに越え、住宅街の方へ姿を消した。

 「もうオレの記録は優に超えてるぜ。すげえなアイツ。っていうかどこまで行くんだろうな」追いつくのが不可能だと早めに悟ったトオルとタクヤは日陰で休憩し始めた。

 「どうでもいいじゃねえか。ところで昨日さあ、ラスボス倒したぜ……」二人は3日前に発売されたゲームの話をし始めた。

 記録を破られようが、もともと彼らはどうでもよかったのである。ライバル視してくるゴウタを面白がってけしかけていただけ。すべては楽しむだけのどうでもいいスポーツだった。

 競技は中断され、審判や関係者がゴウタの捜索を始めた。2時間後、800m先の電線に引っかかっているゴウタが発見された。感電し、黒焦げになっていた。

 このニュースは全世界に配信され、各地でハンググライダー幅跳びは廃止されていった。ゴウタの記録は824m。トオルの82mという日本記録を優に超えているが、廃止に伴い、その記録は抹消された。

 しかし、ゴウタは「すぐに消えた競技の幻の日本記録保持者」ということで伝説となった。

#小説 #ショートショート #幅跳び #ハンググライダー

働きたくないんです。