とっても悲しい仏壇処分
「仏壇の処分をお願いします」店に来た男性が言った。
仏壇処分の依頼だ。これは普通のこと。しかし、次のセリフが普通じゃなかった。
「なにも喋らず、静かに、そしてできるだけ素早く仏壇の処分をお願いします」
…………意味がわからんけど、そういうならそうします。
男性は仏壇処分の代金を先払いし、帰っていった。
★★★
先輩の土井さんと仏壇を処分する家に行った。いたって普通の家だ。
男性が出てきて、そっと私たちに言った。「くれぐれも静かにお願いします」
私たちは中に入り、仏壇を見た。真言宗の唐木仏壇だ。
「あっ、それじゃないです。こっちの仏壇です」男性は違う部屋を差しながら言った。
「仏壇がふたつ?」土井さんは不思議そうにしていた。
その部屋に入ると、すべての意味がわかった。「静かにしろ」も「素早くしろ」も、仏壇がふたつあることも。
処分する仏壇は創価学会の仏壇だった。
以前、私のオカンと義弟のオカンが宗教関係で揉めたことを書いたが、この家もそうだ。
真言宗の家に嫁入りするのに、その嫁は創価学会の仏壇を持ち込んだ。それで今頃になってお寺の坊さんが「これはおかしい」と言い出したらしい。
なので、嫌がる嫁を無理やり説得(嫁は納得してない)して、仏壇処分をすることになったとのこと。だから嫁が怒り出す前に素早く処分しないといけない。
「はやく、はやく、してください」
私も0歳から創価学会員なのでよくわかるが、熱心な創価学会員にとって仏壇は命の次に大切なものだ。
それを「邪教」(創価学会は他の宗派をこう呼ぶことがある)の商品を取り扱っている仏壇屋に大切な仏壇を処分されるということは、非常に屈辱的なことなのだ。
ただし、今回は私が創価学会員なので、「創価学会員に処分されている」状態なのだが。
嫁ぎ先に創価学会の仏壇を持ち込む、というのは一応ルール違反にはなるが、嫁の気持ちを考えるとすごく悲しくなった。嫁にとって人生で一番屈辱的な日になるに違いない。
★★★
嫁はどこにいるんだろうか? とか思いつつ、作業をしていると、いた。
廊下の奥の方から、少しだけ顔を出してこちらをすごい形相で睨んでいる。髪は乱れ、やつれているようだ。
「土井さん、土井さん」私はささやいた。「ヤバい。はやく、はやく」
土井さんも嫁に気がついたらしく、そのあまりに恐ろしい形相に女好きの土井さんもさすがにビックリしていた。
「早く行こう」私たちは仏壇を車に乗せた。
「終了ですか? ありがとうございます」男性は早口で言った。「じゃあ、気をつけて」
私たちは車を急いで発車させ、ふと家の方に振りかえった。
二階の窓から睨んでいる嫁が見えた。恐かった。
★★★
「創価の仏壇がなくなって一件落着」という話ではないのだ。
私は自分の仕事をしただけだが、創価学会員の気持ちを知っているだけに、すごく悲しい気持ちになった。
嫁はこの先どうなるのだろうか? 生きがいを奪われた嫁は?
坊さんが「おかしい」なんて言わなければ、そのまま何の問題もなく、嫁も幸せに暮らせたのだ。
坊さん、空気を読め。空気を。何でもかんでも、教えに「正しい」ことをすればいいって時代じゃない。
私は創価学会という組織自体には疑問を持っているが、創価学会員には特別な思いがある。いい人が多いし、お世話になった人も沢山いる。評判が大変悪いので、それで苦しんでいる創価学会員も沢山いる。もちろんその学会員に苦しめられてる他宗の人もいるけど。
お互い信じるものを信じたらいい。なにが正しいなんて、ない。あえて言えば自分の信じてるものが正しい。お互い認めてあげるのは、もっと正しい。
だから創価学会だって他宗を認めろ、という話である。創価の教えが最高で他宗をすべて「悪」とし、すべて食い尽くす。こんな創価学会の教えは良くない。池田先生、どうなっとるんですかね? だからこんな悲しい事件も起こる。
しかし、旦那だって創価学会員の嫁が好きになったから結婚したんだろう。たしかに題目の声はうるさいが、それ覚悟に一緒になったんだろう。坊さんが何と言おうと、黙って許してやれよ、と思う。
名優、三船敏郎も浮気相手の北川美佳の学会活動には理解を示していた。まあ、そのせいで三船プロダクションは潰れたらしいけど。
坊さんも金がなく、「宗派問わず受け付けます」みたいなこと言い出してるこの時代に、もう宗教で揉めるのはやめましょうよ。ホントに。宗教は違えど、皆、同じ日本人です。人間です。
仏壇屋の仕事で一番悲しい体験でした。
働きたくないんです。