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あの場所から遠く離れて ♯1

会社を辞めてもうすぐ一年が経とうとしている。
才能と華のある多くの所属選手と、熱狂的なファンを持つスポーツ団体の広報部に3年半在籍した。
採用が決まった時は天にも昇る気持ちだった。ろくな学歴もなく40を過ぎた私がなぜ採用されたのか、上長に聞くことができないまま退職したので、理由は未だにわからない。ただひたすら仕事を覚えて、歯を食いしばって、会社と選手とファンのために働いた。

事務所はワンフロアで総務から営業、商品、海外事業まで全ての社員が、たくさんの荷物と共に詰め込まれていた。そこに私の席があるという事実が夢のようだった。パソコンは使い古されていたけど、与えられたメールアドレスを見た時は震えるほどうれしかった。

配属されたチームには、私を採用した同世代のU課長と、30歳のメガネ男子B、業務上ほとんど事務所にはいないHさんの3人がいて、最初の半年はこの3人以外に声をかけられた記憶がほとんどない。挨拶を返さない人もたくさんいた。業務で話しかけた時に、明らかに嫌な顔をする人はまだマシで、こちらを見る事もなくいらついた返事をされることも多々あった。私が元々ファンだった事を何故か皆が知っていて、浮ついた気持ちでここにいることを咎められているのだと思った。
ファンである事は間違いないが仕事をするためにここにいるんだ、役に立つ人間になって必ず一員として認めてもらうんだと意気込んだが、空回りすることの方が多かった。帰り道は手足が重く、脳みそが腫れているような不快感がつきまとう。酷い死に方をした亡霊みたいな顔が地下鉄のガラスに写っていた。
一年経ったら辞めよう、それまで頑張ろう。自分の中の期限が何故一年だったのか今の私にはわからないが、あと何日働けば終わりがくるかをスマホのカレンダーで数えて自分を励ました。

未練たらしく3年以上もしがみついて結果は散々だ、早く辞めてしまったらよかったのに。いやいや、あの会社で学んだ事が今に繋がっているじゃないか。今も続く頭の中の掛け合いを文章にして、あの会社にいた自分を慰めて称えて分厚い膜に包んで埋葬しようと思う。

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