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戦国軍隊の陣地の築き方。【越後流兵法『武経要略』営陣編】

越後流兵法書『武経要略』の中に、軍隊が敵国に侵攻したときの陣地の築き方が書かれている。

他流の兵法書にも陣地の築き方はいっぱい出てくるのだが、この『武経要略』の陣地の築き方は分かりやすくシンプルで現実的な感じがしたので研究用にここに現代語訳する。

兵法書に出てくる部隊の陣形や陣地の築き方の多くは机上の空論のような感じがして、実戦性に乏しく、忍術研究のための背景として理解するには難しいところが多い。諸葛亮孔明の八陣などが典型である。

陣形や陣地は、最終的には敵軍の行動や地形の形態によって変化するものなので、一概にはこの形が絶対であるとは言えない。しかし、あらかじめこんな感じというのを定めておかなければ時に至て難儀する。そこで基礎となるシンプルな型を定め、場に応じて変化させ調整するというのが現実的なプランだと考える。

以下『越後流兵法 ー謙信流兵法ー』(新人物往来社)より『武経要略』原文を転記し、その後に筆者による現代語訳を記す。


進軍し陣地を築く

「兵を率い深く敵国に入りて、陣営を結ばんと欲するときは、則ち先づ其の国の図と響導とを以て、土地の死生・広狭・用水・芻蕘(スウジョウ:きこり)・兵の便に及ぶまで、みな計り知らざるべからず。」

『武経要略』営陣編

兵隊を率いて敵国深く入り、陣営を立てようと思うときは、まず先にその国の地図と響導(忍者)を使い、土地の死生・広狭・用水・林業・兵の利便まで調査して知ること。

※ 「響導」響は郷で郷土、導は導くで道案内。忍術書『正忍記』に如響忍という土地・風俗を調査・利用する術が出てくる。

陣地を立ててはならない場所

「所謂陣すべからざるの地あり。或は大池流水の下、或は潮汐漲退の処、或は枯野茂陰の地は、必ず水火の憂あり。又霊廟墳墓の傍を除くべし。而して諸卒の怪異を生ずることあり。」

『武経要略』営陣編

よく言われる陣営を立ててはいけない場所がある。
⑴大池や水の流れる場所の下(洪水の危険がある)。
⑵潮の満ち引きがある場所(水難の危険がある)。
⑶木々の枯れた野山や陰になるほど生茂っている場所(火災の危険がある)。
⑷ 霊廟(祖先を祀る建物)や古墳、墓の側(兵が幽霊など怪異の噂をして怖れる)。

「村里に臨むときは、則ち民屋を毀ち取り、其の地を離れて以て陣すべきなり。民屋に陣すれば、則ち甚だしく凶災あり。一に日く、火難の煩あり。二に日く、伏姦隠れ易くして擒へ難し。三に日く、民家の小大に依りて衆の争あり。四に日く、士卒身安くして懈怠を生ず。五に日く、人衆分散して速に相応せざるなり。」

『武経要略』営陣編

村里に臨むときは、民家を打ち壊しその場所を離れて布陣すること。民家を陣営にすると次の凶災がある。
⑴火災の危険がある。
⑵敵が隠れやすく捉えるのが難しい。
⑶宿舎として振り分けた民家の大きさで争いになる。
⑷武士・足軽共にくつろいで気が緩み怠ける。
⑸人が分散してしまい即応できない。

※遠征して陣を築くとき、陣屋を設ける手間を省くために寺社を陣に間借りすることがある。ここでは村里の民家に布陣することを嫌い、またわざわざ破壊している。破壊するのは敵勢の要害として利用されないためか?何にせよ村人にとってたまったものじゃない

陣地の築き方

「凡そ士馬及び雑兵共二千の兵衆、縦七十間、横六十間を以てして、外に虎落を結び、四門を開くべきなり。右限る所の歩数、四方共三間の大路を開くなり。」

『武経要略』営陣編

およそ武士、騎馬および雑兵足軽の合計二千人の兵隊は、縦126m横108mの陣営で外側に虎落を立て、四方に門を開く。四方に幅5.4mの大道を開く。

※「虎落」竹を組んだフェンス状の柵

『武経要略』の陣営の築き方(画像の無断転載は禁止)

「故に縦七十間の内、六間を二路となすときは、則ち残地六十四間なり。横六十間の内、六間を二路となすときは、則ち残地五十四間なり。此の地を以て五営に分つときは則ち前一営の歩数、縦十間、横四十一間なり。後営亦同じ。右一営の歩数、縦五十一間、横十間なり。左営亦同じ。中営の歩数、縦四十四間、横三十四間なり。此の営四方に路土居あり。」

『武経要略』営陣編

つまり縦126mの内、10.8mを二つの道とすれば残り115.2m。横108mの内、10.8mを二つの道とすれば残り97.2m。この土地を五つの陣営に分けるとき、前一営の歩数は、縦18m、横73.8m。後営も同じ。右一営の歩数、縦91.8m、横18m。左営も同じ。中営の歩数、縦79.2m、横61.2m。この陣営四方の道と土塁がある。

「路は広さ三間なり。壕の濶さ三尺、深さ三尺。土居の広さ三尺、高さ三尺。其の上に柵を附け、門を前後に開くべし。門は冠木なく、戸は開戸が可なり。斯の如くするときは、則ち残地は縦三十六間、横二十六間なり。」

『武経要略』営陣編

道は幅5.4m。堀の広さ90cm、深さ90cm。土塁の幅90cm、高さ90cm。その上に柵を設け、門を前後に開く。門に冠木はなく、戸は開戸がよい。このように築いたとき残りの土地は縦64.8m、横46.8m。

※ 「冠木」左右の門柱を繋ぐ鴨居(上部の横木)

水の手を得る

「夫れ野中に於て、水湿の地を尋ねんと欲すれば、或は楊柳・葭葦・沢潟・杜若等の生ずる処、又山中に至らば、則ち深林険阻の麓、或は諸獣の蹤跡に因りて、之を求むれば必ず伏泉在り。」

『武経要略』営陣編

野山において水のある場所を求めるときは、柳や葭葦(ヨシ)、沢瀉(オモダカ)、杜若(カキツバタ)の生える場所、山中であれば林が深く険しい場所の麓、または動物の足跡を辿ってみれば必ず地下水がある。

※城陣で必須となるものの一つに「水」がある。人は水分を取らなければ生きていけないし、米を炊くにも軍馬を洗うにも水は必要となる。

陣地を築いた後

「陣営既に相成りて、而る後軍中の禁令を書して諸士に知らしむべきなり。夜は則ち営中燈火を挑げ、門前に篝を焼くなり。方百歩の内外、遠篝を用ひ、斥候を出し、以て彼の機変を料知すべし。張番を出すこと、或は五町或は七町。宜しく土地の勢と人数の多少とに随ふべきのみ。」

『武経要略』営陣編

陣営が建ち陣中が整った後、軍中の禁則事項を書いて諸武士に知らせること。夜は陣中で燈火を掲げ、門前には篝火を焚く。四方、百歩前後に遠篝火を焚き、斥候を出し、これによって敵の接近を知る。見張り番を545mから763mの所に出す。これらは地形の要害さ、兵数の多少によって決めること。

※「書して」軍令を高札に記して周知させるということ。「遠篝」は捨篝のこと、なお「門前に篝」は本篝。

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