星のうた_あしたの鏡タイトル_

「星のうた、あしたの鏡」

声    「《ヨウカイ》が来るぞ!」

 荒野に響き渡る声。
 トレーラーの運転席の屋根の上の拡声器から、声は出ている。
 停車しているトレーラーの前輪タイヤ、後輪のキャタピラは半分くらい、砂が埋もれている。

 一瞬おいて、地面に掘った大きな穴(直径2メートルくらい)の中から、小猿のように飛び出してくる少年。
 サンフー(10歳)だ。

サンフー「来た! 来た! 来た!」

 サンフーは泥だらけ。
 だぶだぶの長袖のシャツにズボン、長靴。
 ゴーグルの両耳にペン型ライトをくっつけている。(手作り感)
 右手にシャベル(セラミック製)を持っている。

サンフー「おっと、忘れるところだった!」

 走り出そうとするが、何かを思い出したかのように穴の近くに戻り、おいてあった防水シートで、穴をふさぐ。
  地面をかけて、オンボロのトレーラーの方に走っていくサンフー。
 ぴょーんと、トレーラーのサイドのハシゴにとびつき、そのまま屋根の上に飛び上がる。
 そこは物見台のようになっていて、拡声器の他に、中央部に双眼鏡(観光地にあるような、全方向に向けられる固定式のもの)が取り付けられている。

サンフー「父ちゃん! 《ヨウカイ》はどっち!?」

 固定式双眼鏡に飛びつくサンフー。
 サンフーの顔に強風が吹き当たる。
 風は前髪を吹き上げる。
 ゴーグルを額に、ずらし上げ、風を睨むように眼を細めるサンフー。
 くんくん、と風のにおいを確かめるように鳴らす。

父(拡声器)「羊の方向!」

 至近距離からの大声に一瞬びびるサンフー。
 すぐに持ち直し、双眼鏡を回す。
 体に対して大きいので、大変そう。

サンフー「ねずみ、うし、とら、うさぎ…」

 ゴリゴリと石臼のような音をさせて回る双眼鏡。

サンフー「たつ、へび…あれ、なんだっけ」

 最初から指折り数えるサンフー。

サンフー「うま、ひつじ、さ…あった!」

 左手の小指、薬指、中指が立ち、指が8を示している。

サンフー「8!」

双眼鏡を身体ごと、ごりごりと回すサンフー。

父(拡声器)「8時の方向だ!」

サンフー「もう! 最初から数字で言ってよ! なんで動物の名前なのさ!」

父(拡声器)「名を呼んで数えてやることが、今はいなくなった、けだものたちへの《はなむけ》なのだ」


サンフー「ケダモノへたちへのハナムケって何さ!」

 サンフーの双眼鏡目線で…砂漠の地面からビルの残骸やら、鉄柱やらが突き出している光景。

サンフー「あっ!」

 その向こうから、迫ってくるどす黒い雲!

サンフー「《ヨウカイ》だ!」

父(拡声器)「早く! 入ってこい! 風が来て、次は雨が降ってくるぞ」

 ぶおう! 
 強風に煽られるサンフー。
 コンテナのてっぺんから貼られたロープには父と子の洗濯物が風に狂ったようにたなびいている。

サンフー「ちょっと待って! 発電機にシートをかけないと!」

 トレーラーの屋根から、ばっ、と飛び降りるサンフー。
 足が砂にめり込む。

父(拡声器)「いい! 戻ってこい!」

 父親の声を無視して、発電機にシートをかけるサンフー。
 トレーラーに向かうが、

サンフー「あ、工具忘れた」

父(拡声器)「いいから早く入れ」

サンフー「取ってくる」

父(拡声器)「サンフー!」

  穴の入り口へと引き返す。
 工具箱や、ちらばってる、一見しても何に使うかわからない、へんな部品のついた棒状の道具を抱えて、再び車へと走る。
  父親、ランタオ(38歳)が、トレーラーの後部、居住区のドアを開いて待ち構えている。(密閉型のスライドドア)。

ランタオ「無茶するな!」

 父ランタオが怒鳴るように叫ぶ。
 ツナギのような作業着にカウボーイみたいな帽子。
 やせていて、短くあごひげが生えている。
 知的で、きちんとした服も似合いそうな感じ。

ランタオ「早く! 警報装置(アラート)が鳴っている!」

  ランタオがサンフーを扉の中に引っ張り込む。

サンフー「風が、酸っぱくなってきたよ! 《ヨウカイ》が!」

ランタオ「来た。《ヨウカイ》…溶解雨(メルトレイン)だ!」

 ごうごうと、風が鳴っている。
 くん、と鼻を鳴らすランタオ。

ランタオ「これで、この夏も終わりってことだ」

サンフー「あーあ」

 一瞬、ランタオがしまっていくスライドドアから外に顔を出し、遠くの空の《ヨウカイ》を見て、険しい顔をする。

サンフー「あ、洗濯物!」

ランタオ「大丈夫。金属以外は解けない。選択ものが酸っぱ臭くなるだけだ」

サンフー「…それが嫌なんだよ」

 ………………

 バタン、ウィーン、ガシャン。
 ドアが厳重にロックされる音。

 ………………

  荒野と空が広がっている風景。
 ポツンとサンフーのトレーラーハウス。
  巨大な、黒々とした、グロテスクな禍々しい暗雲が、
 サンフーのトレーラーを、大地ごと包む。
 真っ暗になる。

 ――――――――――――――――――――――――
 トレーラー内。
 バスタオルを持って奥のほうに進んでいくランタオ。
 どこまでも広々とした外とはうってかわって、トレーラー内は潜水艦の中のように狭い。
 機械やガラクタが山積みになっており、もとから狭いのが、余計に狭くなっている。
 よく見たら、我々が日常的に親しんでいるものもけっこう混じっている。
 まったく見たことのないような未来的なものもあり、そのどれもこれもが、ゴミ同然にくたびれている。
  だが、ゴミ屋敷的ではなく、ちゃんと整理はされている。
 ………………

 シャワー室の前。扉には「SP-SC」と書いてある。
 シャワー室のドアが開き、ビショビショのサンフーが現れる。

ランタオ「サンフー、ちゃんとコナセッケンで洗ったか!?」

サンフー「洗ったよ」

バスタオルを手渡しながら…。

ランタオ「うがいと、はみがきは!?」

サンフー「した!」

ランタオ「風の中にも、ヨウカイの毒素が混じってるからな…」

サンフー「わかってる」

ランタオ「足の裏も耳の後ろも、鼻の穴も、耳も、おしりも全部だぞ」

サンフー「もう! ちゃんとしたよ」

ランタオ「脱いだ服は、洗浄タンクに。靴もな」

サンフー「お腹すいた…」

ランタオ「準備、出来てるぞ」

 ………………
 
 トレーラーの居住区。よく整理されている。
 テーブルとすごい量の本棚があり、食堂兼書斎兼リビングといった
ところ。
 部屋の端には計器類があり、コンピュータらしいもののガラクタも
たくさんあるが、どれも動いているようには見えない。

サンフー「ふー、いい湯だった…今回の《ヨウカイ》は特にデカいね」

 サンフーがパンツ一丁で、頭をタオルで拭いながら、居住区に入ってくる。
 顔の汚れもきれいにとれている、あどけない、愛嬌のある顔。
 髪の毛が多く、目は女の子のようにパッチリしているが、太い眉毛が意志の強さを印象づけ、結果、やんちゃそうな男の子といった感じの顔になっている。

ランタオ「ノード128、直径は500エム…」

 ランタオは、テーブルの上で書き物をしている手を止める。
 テーブルの上には、近辺の地図や、古そうな本などが乗っている。
 サンフーは後ろ前に着たTシャツをもぞもぞしながら。

サンフー「かなりデカくて、こゆいね……直撃?」

 ぴょんぴょん跳びながらズボンを穿く。

ランタオ「どうやら逸れたな…飯、あるぞ」

 ランタオ、冷蔵庫から、缶のような筒状のプラ容器に入った食べ物とフォーク2本出す。
 缶にはロケット宇宙ステーション、土星なんかのコズミックな絵が描かれている。(古きよきSFのイメージ)
 食物を一つ、サンフーに渡す。

サンフー「よかった…惜しかったなあ。もうすこしで《お宝》が見つかった
かもしれないのに」

ランタオ「溶解雨は10日ぐらいは続きそうだな」

  サンフーはランタオの隣の椅子に腰をおろし、食物の容器を開けて食べ始める。
 ランタオも、容器を開ける。桃などのフルーツのように見える。

サンフー「あーあ、雨が上がるのを待つだけで夏休みが終わっちゃうね。」

ランタオ「宿題がはかどっていいじゃないか」

 サンフーは、食べ物を食べ終える。

サンフー「宿題なんか、とっくに終わったよ。あーあ。雨が止んだら、またあの村に戻るのか」

ランタオ「いいじゃないか。草原鮫はいないし、溶解雨が降っても平気だし」

 容器に口をつけ、汁をのむ。

サンフー「やだよ。たいくつで死にそうになる。
 まだ、この近くにある町のほうが、お店があって、えいが屋とか、サーカスとか、いろいろ楽しいものがあって楽しそうだよ。
 あーあ。夏休みが終わらなければいいのに」

 サンフー、食べ物の最後の一滴まで味わおうとがんばる。

サンフー「ねえ、とうちゃん…どうして、こんな食べ物とか、どうして、地下に埋まってるんだろう」

ランタオ「昔、今とは比べものにならないぐらい世界が栄えていて、人間がいっぱいたころ、いっぱい作って、地面の下に保存したんだよ」

サンフー「どうしてヨウカイで溶けたり、腐ったりしないのかな」
ランタオ「今は失われた《技術》というものがあったんだよ」

 ランタオは少し笑い、

ランタオ「また、サンフーの『ナゼナゼ攻撃』が始まったな」
サンフー「だって、不思議なんだもん。

 容器をしげしげと眺めながら、

サンフー「宇宙の絵が描いてあるやつは、宇宙に持っていく食べ物だった
のかもしれない」

ランタオ「昔のことは、わからないことだらけさ。いつからか、紙の本を作らなくなって、人の言葉が残らなくなった。
 俺たちが探しているお宝だって、どこに遺跡があるか、何が残ってるのか、溶けずに残っているのか、みんな掘ってみるまでわからない」

 ランタオ、本を示しながら。

サンフー「今の遺跡がアタリだといいね」

ランタオ「今度のはきっとアタリさ」

 窓。黒っぽい雨が降り始める。

―――――――――――――――――――――――――

  溶解雨が一段と強くなる。
  ランタオが立ち上がり、一瞬奥に消えたかと思うと、大きな箱を持ってきた。
 サンフーは、絵本を読んでいる。

ランタオ「サンフー、宿題が終わったんなら、ちょっと手伝ってくれ」

サンフー「いいよ…それ、前の遺跡で出たお宝?」

ランタオ「こいつを仕分けしてくれないか」

サンフー「うん。どうするの?」

ランタオ「まず大きさでわけて、あとは何もかいてないやつと、字が書いてあるやつ、絵が描いてあるやつで分ける」

  床に置かれた箱の中には、丸くて、薄くて、きれいな《鏡》がたくさん入っている。
 真ん中に穴があいており、裏に絵が描かれていたりするものもある。
 だいたいの大きさは一定だが、たまに小さなもの、大きな物もある。

サンフー「《うたの鏡》だ! これ、学校で見たことあるよ! 
 この鏡の中に昔の《うた》が入ってるんだよね。

ランタオ「機械にかけてみないと、どんな《うた》が入ってるかわからないが、きれいな絵が描いてあるやつは、高く売れる。
 いろんな楽器を使った《うた》や、俺たちと同じ言葉の《うた》だと高く売れる。
 言葉が違ってさっぱり意味がわからなくても、心に染みるような《うた》もある」

サンフー「ふうん。どうして、昔の世界には、こんなにもたくさんの《うた》が昔の世界にあふれていたのかな。

  サンフーは《うたの鏡》を電灯の光にかざしながら、つぶやく。

ランタオ「さあな。《うた》を忘れてしまった今の時代では、わからないことだらけさ。《うた》だけじゃない。
 昔の世界には、お話を目で見せてくれる《えいが》もあった」

サンフー「知ってる! 学校でも見たよ! 
 でも、たいてい絵に描いた動物がドタバタしてるだけの《まんが》の《えいが》だったけどね」

ランタオ「《まんが》の《えいが》じゃダメなのか?」

サンフー「僕はもっと『本当の《えいが》』が見たかったのに。
 今は滅びてしまった昔の世界が、まるで今も目の前にあるように広がってくる、すごい、《えいが》だよ」

ランタオ「そうか……」

  ランタオは、しばらく黙って考えたあと、立ち上がる。

ランタオ「ちょっと、待ってろ」

サンフー「うん…あ、これ、きれいな人だなあ」

 鏡のような円盤の裏に、美しい異国の女の子の写真、動物、まんが。
  サンフーは夢中で仕分けしている。

―――――――――――――――――――――――――

  雨はまだ降り続く。
 ランタオが、機械のようなものを抱えて戻ってくると、サンフーは
作業途中でテーブルにつっぷして寝ている。
 ランタオはやさしく、心持ち残念そうに、かすかに笑う。

―――――――――――――――――――――――――

 荒野、朝。
  トレーラーの扉が開き、ランタオが顔を出す。
 朝日が荒野を照らしている。空には雲一つない。

  ランタオが小さな計器をのぞき込む。
 
サンフー「どう? 《ヨウカイ》の毒素は消えた?」

  車の中からサンフーが聞く。
 
ランタオ「すっかり。もう外に出ても大丈夫」

サンフー「やった!」

サンフーとランタオ、採掘場に。
地面の土を調べてるランタオ。

ランタオ「まだ土に残留毒素があるな。今日一日は作業はよしたほうがいい」

サンフー「じゃあ、今日は休み?」

ランタオ「なんだ? サンフー、おまえ、一日遊びまわれると思ってるな」

サンフー「だって、休みでしょ」

ランタオ「そうは問屋がおろすもんか。今日はお前に一仕事してもらうぞ」

サンフー「えーっ、がっかりだ!」

  イジケたように地面にしゃがみ棒で「の」の字を描きだすサンフー。

ランタオ「サンフー、ここに」

サンフー「は~い」

 しぶしぶ返事をするサンフー。
 ランタオが、シートをかぶった発電機のところにいる。
 地面にしゃがみ込むランタオ。
 そこに、くしゃくしゃになった金属の固まりがある。

サンフー「ひでー。これなんだろう」

ランタオ「フラッターハンマーだ。しまうのを忘れて、ヨウカイにやられた」

サンフー「えっ、僕、でも…あの時は…」

ランタオ「もちろん、俺が使ったものだから俺の不注意だが」

サンフー「こんなになっちゃうんだ……」

 サンフーは足先で金屑をつついてみる。

ランタオ「で、サンフー、お前に仕事を頼みたいんだが」
サンフー「は、はい」

 
 サンフーの顔色が曇る。

ランタオ「ちょっと町の工具屋まで、フラッターハンマーを買いに行って
きてくれないか」

サンフー「え?」

ランタオ「あれがないと明日からまた作業ができないからな」

サンフー「本当? 本当に僕一人で行っていいの?」
 

  さっきまでの落胆が嘘のように、サンフーの顔が紅潮する。

ランタオ 「ああ。俺はヨウカイの後始末しなきゃいけないから、ステップバイクで行ってきて欲しいんだ。
 夕方までに戻ればいい。
 おつりをやるから、ちょっと遊んできてもいいぞ」

サンフー「うん! じゃあバイクを取ってくるよ」

  サンフーはうれしそうにうなづき、トレーラーに向かって走り出す。

―――――――――――――――――――――――――
 見渡す限りの草原

 サンフーは大きなボロボロのコートに身をつつみ、ゴーグルをして、
ステップバイク(前世界の反重力パーツを使った浮上式のバイク)に
またがって、草原を走っている。

サンフー「ジャーンプ!」

 逆光を浴びて輝くサンフーのバイクを下からのアングルで。
  風を受けて走る、サンフーの顔は本当に楽しそう。
  大きな岩や、前世界の遺物らしき廃墟などを避けたり、ジャンプしたり、宙返りしたりと、バイクを運転すること自体も楽しんでいるような感じ。
  草原鮫の背びれや、見たこともないようなぬめっとした動物の姿も遠くに見える。
  やがて、遠くにドーム都市が見えてくる。
  (イメージ的には、開閉式ドーム球場。)
 周囲には、バラックの集落が広がっている。
 ―――――――――――――――――――――――――

  サンフーはドームの入り口ゲートでバイクを預け、町の中にはいる。
  ドームは開かれているので、荒廃したスタジアムの中に、市場が広がっている感じ。
  メインストリートが真ん中にあり、2階建て以上の家も多い。
観客席にもバラック小屋が立っている。
 スコアボードには、物見櫓があり、色とりどりの旗がかかって、お城のような装飾。
 スコアボードには歴代町長のいかめしい肖像画がかかっている。
 時計は動いているようだ。
 町並みは香港のような雑多な感じではなく、どちらかというと中東や地中海風の、白っぽくてドライな町のバザールのイメージ。
 サンフーは、キョロキョロと迷いながら、メインストリートにある市場の工具店へ。
 フラッターハンマーを手に取り、しげしげと眺めなるサンフー。
 架空の工具でなんか妙にそれらしい部品がついたハンマー。
 何かを平らにすることができるらしい。
 店主にお金を払う。

店主  「ランタオさんによろしく」

サンフー「ありがとう、おじさん!」 

 ずだ袋にハンマーを入れ、町をいろいろ見て回るサンフー。
  以下ダイジェストで。
 ―――――――――――――――――――――――――
 変な動物がいっぱいいるサーカスで、変な鳥に頭をかまれる。
 ―――――――――――――――――――――――――
 おもちゃ屋で、変なロボットのおもちゃ(見るからに古典SF的な
もの)を見る。
 店の棚にはどこかで見たような古今東西のオモチャがある。
 いずれもボロボロだ。
 ―――――――――――――――――――――――――
 本屋で、古いマンガを見る。(どこかで見たような本が並ぶ)。
 ―――――――――――――――――――――――――
 アイスキャンデー(手作り)を買って歩き食いする。
 ―――――――――――――――――――――――――
 大道芸人が火を噴くのを見て腰をぬかす。
 ―――――――――――――――――――――――――

 やがて、サンフーは、派手な絵や文字がかかれたテントにたどり
つく。
 看板にはたくさんの言語で字が書いてある。
 何種類もの文字で何か書いてある中に「Movie」「Cinema」「el cine」などの文字もある。
(漢字風のもの、アラビア風のもの、アステカ風のものなど、架空の
読めない字もあるし、かろうじてわれわれの知るアルファベットと
わかるような、異文化風に装飾された英字もある。
 神代文字とか、宇宙文字と呼ばれるようなものとかもあってもよい)。

サンフー「わ!」

 映画の看板に走り寄るサンフー。
 
サンフー「えいが屋だ!」

 大きな絵の描いてある看板。
  燃え立つ炎のようなオレンジ色の看板に、ひげを生やした男と、目を閉じた女の人が向かい合っている。

サンフー「人の顔も、家の形もぜんぜんちがう、異国の話だ……」

  下の方には《馬》の絵と、白いお屋敷が描いてある。

サンフー「馬だ。本物の馬が出てくる映画なんだ。馬なんか見たことないや」

  呆けたように看板に見とれるサンフー。
  読める字を読もうとしている。
 
サンフー「題はこれかな。ゼサン・ジョー・エイチュウ。どういう意味かな」

  テントの入り口には、老人がイスに座っている。
 テントの中から、大きな音で《うた》が聞こえてくる。
  いろんな男と女の声や、笑い声。
 サンフーは財布を取り出した。

サンフー「おじいさん、すみません」

  老人に話しかける。しかし動かない。

サンフー「おじいさん、いくらですか」

  顔をのぞき込む。

サンフー「寝てるや」

  つついても起きそうもない。
 サンフーがもたもたしていると、後ろから14、5歳の少年たちが4人やってくる。
  帽子に制服をらしきものを着て、おそろいのカバンを持っている。

少年A「やたっ。ジジイ、今日もまた寝てるぜ」
少年B「よし、いこうぜ」

  少年たちは、サッサと、テントの中に入っていく。
  サンフーはそれを驚いた顔で見ている。
  すると、少年の一人がサンフーに、

少年C 「お前も観たいなら来いよ。ここにジジイ、《えいが》が始まると、いつも寝てるんだ」
サンフー「えっ」
少年C 「気にするこたあねえよ。仕事中に寝てるのがわるいんだからな」
サンフー「で、でも」
少年C 「観たいんだろ。顔に書いてあるぜ。こっちこいよ」

  サンフーは、少年と老人の方を交互に見比べるが、少年の誘いに応じて、テントの中へと入っていく。
 中は真っ暗で、人でいっぱいだ。
 さっきの少年Cがささやく。

少年C「こっち来いよ、特等席だぜ」

 少年たちは、本来の座席ではなく、荷物らしい大きな木箱が並べてあるところへ。
 木箱の上(1.5メートルぐらいの高さ)に座っている。
 サンフーも、その木箱によじ登ろうとする。
  少年Cが手を伸ばして、引っ張り上げてくれる。

サンフー「ありがとう」

 少年Cは答えず、もうスクリーンに見入っている。
 サンフーは少年Cの隣に腰掛け、《えいが》の映っているスクリーンを観る。 

 ………………

  画面の中で、夕日が燃える丘の上で、女の人が天を仰いでいる場面。
 サンフーの顔が、夕日の色に染まっている。
 目を見開いてスクリーンに見入っているサンフーの顔。

 ―――――――――――――――――――――――――

  サンフーが「えいが」屋から出てくる。
  少年たちの後ろから、出てくる。

少年C「おもしろかっただろう」
サンフー「うん」
少年C「どうだった?」
サンフー「え、あの……子供が馬から落ちて死ぬのがかわいそうだった」
少年C「そうだな。俺もそうだ」

  サンフーは、おそるおそる、回りをみまわす。
  入り口の脇にイスが老人が座っていたイスが置いてあるが、そこには誰もいない。
 ほっと、胸をなで下ろす。

少年C「じゃあな。また映画を観たくなったら、ジジイの日に来たら見れるぜ。途中からだけどな」
サンフー「さようなら」

  少年たちの去っていくのをサンフーがぽつんと立って見送る。

サンフー「あっ」

  見上げると、満点の星空。真っ暗だ。

サンフー「やばい、父ちゃんに怒られる!」

 サンフーは夜の町を、町の出口に向かって走る。

サンフー「あっ、父ちゃん」

  サンフーがフラッターハンマーを買った工具屋の前に、父親のランタオと、制服を着てサーベルを下げた太った辺境保安官が立っている。
  辺境保安官が、手に持ったライトで、サンフーの顔を照らす。

ランタオ「サンフー!」

  駆け寄ってくるランタオ。
 
サンフー(やばい! 《えいが》にお金を払わなかったことがバレたのか
もしれない。どうしよう……)

ランタオ「こんな遅くまで何してたんだ、サンフー!」

サンフー「ごめん、父ちゃん」

  ランタオの顔色を伺いながら、サンフーが答える。

ランタオ「何をしていたんだ。心配したんだぞ」

サンフー「ごめん。《えいが》を観ていたんだ。『ゼサン・ジョー・エイチュウ』っていう」

保安官 「ゼサン・ジョー・エイチュウ…」

  近寄ってきた太った保安官が、なぜか繰り返す。
  サンフーはビクッとする。
  次の瞬間、保安官は破顔する。優しい笑顔だ。

ランタオ「そうか。《えいが》を観ていたのか」

  ランタオはそういうと、口をつぐむ。

保安官 「ちょっと、ランタオさん」

  保安官はランタオをちょっと離れた場所へ連れて行く。
  そこで、何か話し、ランタオが帽子を取ってペコペコ頭を下げて
いる。
 ランタオが戻ってくる。

ランタオ「帰るぞ、サンフー」

 ―――――――――――――――――――――――――
 町の外。
 ランタオは、町の外に停めてあるステップバギー(屋根のない車で、前世界の残した反重力物質で浮上する)のリアバンパーに、サンフーのステップバイクを荒縄でくくりつける。

サンフー「怒らないの?」

ランタオ「……腹減ったな」

  そういって、トランクをバタンとしめる。

サンフー「うん」

  サンフーはちょっと安心したような表情で、助手席に乗り込む。
  ランタオが、バギーの運転席に乗り込み、イグニションを回す。

  る、る、る、るるるるるる

  と歌うようなモーターが回る音。
ステップバギーの車体が浮かび始め、走りはじめる。
  はるか遠くの草原に、草原鮫の親子がいて、こちらを見ている。

サンフー「ごめん。つい《えいが》に夢中になってしまって、出てきたら夜だったんだ……《えいが》があんなに長いとは知らなかったんだ」

  ランタオは運転しながら、サンフーを横目で見る。

ランタオ「あの《えいが》は特別さ」

サンフー「え、観たことあるの」

ランタオ「ずっと昔だけどな……最後に子供が死ぬだろう。
 あれはかわいそうだよな」

サンフー「うん。そうだね。あれはひどいね」

ランタオ「何も殺すことない」

サンフー「殺してないよ。馬から落ちたんだよ」

ランタオ「同じようなもんだ」

  闇の中に沈黙が流れる。
  フロントガラスに、コンソールの光を受けた二人の顔が映っている。

サンフー「父ちゃん、どうして怒らないの」

ランタオ「ちゃんとフラッターハンマーを買ったんだろうな」

サンフー「うん」

  サンフーは抱いた袋から、購入した工具を見せる。

ランタオ「じゃあ、いいさ」

サンフー「《えいが》、ただで観たんだ」

ランタオ「よかったな、サンフー」

サンフー「よくないよ。お兄ちゃんたちに誘われて、お金を払わずに入った
んだ」

ランタオ「俺あそこの親父はすぐに寝るからな…」

サンフー「え?」

ランタオ「俺も小さい頃によくやったもんだ。
……でも、子どもじゃなくて、大人が同じことすると、ちゃんと目覚めて金を取るって噂だ」

 笑うランタオと、驚くサンフー。

ランタオ「でも、しちゃいけないことだ。今度、また《えいが》屋にいっしょに謝りに行かなきゃな」

サンフー「うん」

ランタオ「サンフー」

サンフー「え?」

  サンフーはドキッとして、父親の横顔を見る。

ランタオ「そんなに《えいが》が観たかったのか」

サンフー「うん」

  窓の外を観ながら、サンフーがうなづく。

ランタオ「そんなに観たいのなら、いくらでも見せてやるのに」

サンフー「え?」

ランタオ「知らなかったのか。俺たちが掘り出してる、あの《鏡》の中に何が入ってるのかを」

サンフー「何って、あれは《うたの鏡》でしょ」

ランタオ「まあ、そうだが――あの『鏡』の中には、《えいが》が入った『鏡』もたくさん混じっているんだぞ」

サンフー「えっ」

ランタオ「知らなかったのか。そうか。言ってなかったかな」

サンフー「知らないよ!」

ランタオ「じゃあ、俺の作業部屋にある機械類が、何の機械かも知らな
かったんだな」

サンフー「え!?」

ランタオ「あれは映像を観る装置だ」

サンフー「エイゾー?」

ランタオ「おまえが《鏡》と呼んでいる円盤から《えいが》を取り出す装置さ」

サンフー「ほんと? でも、父ちゃん、いつも《鏡》の中には昔の人の《うた》がつまっている、って言ってたじゃないか。
《えいが》が入っているなんて、一言もいわないでさ」

ランタオ「そうか? まあ、《うた》も《えいが》も同じようなものさ。
今の時代ではもう作れない、輝かしき《むかし》が詰まっている」

サンフー「むかし?」

ランタオ「ああ。もうなくなってしまった大都会の姿や、人の世のささいな
日常の営みや、もうどこにもいなくなってしまった獣たちの姿や、星の世界を旅する人たちがみんな歌っていた《うた》なんかが、遙か昔の奴らの《思い》や《ひらめき》なんかといっしょに、《鏡》の中にギッシリとひしめいているんだ」

サンフー「星の世界で、歌っていた《うた》?」

ランタオ「そうさ。かつて人々は星の海を渡るときでさえ、《うた》を歌ったそうだ。その歌も今では歌えるはいないし、奏でるための道具も残っていないし、もう宇宙にもいけない」

サンフー「でも、僕はあの《えいが》を観たとき、とても大昔のものとは
思えなくて、なんだか、これから来る、未来の世界を移したような
気がしたよ」

ランタオ「未来?」

サンフー「うん。なんか、僕たちの《あした》を映している気がした。
 だから、僕たちが大きくなったら、本当にああいう世界になるかもしれないし、もしかしたら、《えいが》の作り方や、星の世界で流行った《うた》の歌い方がわかる時が来るんじゃない。そんなふうに思った

  ランタオ、はっとしたような顔をする。

ランタオ「そうか……そうかもしれないな」

  運転しながら、サンフーを横目で見て、わずかに笑う。

サンフー「でも、あの父ちゃんの部屋には入っちゃいけないんだよね」

ランタオ「まあな。あそこにある《えいが》の機械、あれはとても貴重な機械だ。
 うちのトレーラー1台と同じくらいな。
 そんなものをおまえに見せられるか? 
 おまえのことだから、あんなの見せたら、壊れるまでいじくりたおしたいと思うだろ?」

サンフー「うん!」

ランタオ「ほらな」

  サンフーの元気な言葉に、ランタオが破顔一笑する。

ランタオ「まあ、たまになら観せてやる。壊さないって約束してくれるの
ならな。
 でも一人で入っちゃいけないぞ」

 サンフーはバギーのシートにもたれかかり、うるさいほどの星空を
見上げている。
  ランタオは、あごひげをさすっていた左手を変速ギアへ乗せる。

ランタオ「そりゃ、まあ……。
 《えいが》の中には、子供が見ちゃいいけない《えいが》もたくさんあるからな」

ランタオが、そういってサンフーの方を見る。

ステップバギーのモーターがルルルと、歌声のような、うなりを
上げ、真っ黒な草原をすべってゆく。
  満点の星空、そしてサンフーの愛らしい寝顔。

 

「星のうた、あしたの鏡」完

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