デウス・マキニカリス

 その朝、《もず4号》は、長年働いていた「プクプク運送」をぬけだした。

 止めようとした《おおとり1号》の下にフォークをさしこみ、おもいっきりひっくり返したあと、追ってきた《きゅうかんちょう3号》をプラットホームから落とした。

 《もず4号》はもう戻らないつもりだった。

 あの人に、会いに行こうと思った。

        ☆

 もう、あんなところで働くのはいやだ!

 天井の太陽電池パネルが、朝日を浴びて、ここちよかった。体に力が湧いてくる。

 これのおかげで、《もず4号》はエネルギーの心配をしなくてすむようになった。

 この太陽電池パネルをつけてくれた、若いエンジニアのことを思い出した。

 彼のことを思うと、悲しくなる。

 どうして、連絡をくれないのか。

 どうして、ぼくの前から消えてしまったのか。

 どうして、ぼくにあんな夢を見せたのだろうか。


 それは、マキニカリアの国だよ、と彼は言った。

 マキニカリアは西の海の彼方にある重機の楽園なんだ。

 その国にゆけば、君たちのようなフォークリフトは、重い荷物を持ち上げたり降ろしたり、狭い倉庫の中を行ったり来たりしなくてもいいんだ。

 好きなときに体を動かし、好きなことに動力を使っていいんだ。

 パワーショベルは地面を掘ったり埋めたりして遊んでるし、ブルドーザーは山をつくったり崩したりして遊んでる。

 そこには、デウス・マキニカリスという神様がいて、重機たちが壊れたり、錆びたりしないように、色んな整備ロボットを作ったんだ。

 ネジマワシはぴょんぴょんと飛び回りながら、ゆるんだネジをすかさずしめるし、アブラサシは油の切れたところをみつけては、油を差すことに命をかけてる。

 ガソリンホースは油泉にうねうねと這っていき、腹いっぱいに燃料を飲み込んで、重機たちのプラグから燃料を満タンにしてくれる。

 そこにいれば、幸せに暮らせるんだ。

 そう、人間に仕える必要もないのだよ。

 きみも、いつかそこにいけばいい。


 その若いエンジニアは、どうしてぼくを目覚めさせたのだろう。

 あのまま、ずっとぼくが馬鹿な制御装置であったら、こんなにも悩まなくてもよかったのに。

 《おおとり1号》とか、《きゅうかんちょう3号》のような、ふつうの、何も考えないただのフォークリフトでいられたのに。

 あいつらは、ただの機械だから、「ぼくはどうして働くのだろう」とか、「ぼくはいつまではたらくのだろう」とか、「ぼくはいったいなんなんだろう」とか考えなくてもいいのだ。

 ぼくは彼に目覚めさせられた。

 そのせいで、ぼくは「ぼく」になったんだ。

 彼は、本当にただのエンジニアだった。

 それでいて、天才科学者だった。

 あるとき、ぼくの頭脳がおかしくなって、うまく働けなくなった。

 それを直すために呼ばれたエンジニアが、彼だった。


 「《もず4号》、きみは、珍しいな。殺さなきゃいけない部分が、死んでない」

 

 彼は、そういって、こちょこちょとぼくの頭脳をいじくって、いろんな装置をはずしたりつけたりしたんだ。

 そして、《ぼく》を目覚めさせた。


 「すごいぞ、《もず4号》。きみを改造した奴は、とんでもないボンクラか、とんでもない野心家らしい」


 エンジニアはぼくに人間の言葉の「辞書」を書き込み、発声装置をつけてくれた。

「きみとぼくとは似たもの同士だ。硬い殻の中に、桁外れの知能を持て余してる」

 ぼくは、彼に悩みをうち明けた。

 ぼくはいったい誰なのか。

 どうして働かなければならないのか。

 いつまで?


 彼は、ぼくに西の海の彼方の重機の国、マキニカリアの話をしたのだった。


「面白いな。きみはもしかして―――フォークリフトのくせに―――泣いているのか」

     ☆

 彼は、ぼくに外部との通信機能を付けてくれた。


「勉強するがいい。理解するがいい。その気になれば、きみは世界じゅうのコンピュータと繋がる事ができる。古今東西のあらゆるデータベースを検索することができる」


 ぼくは、いろんなデータベースを読み、いろんなコンピュータを見て回った。


「そうだ。きみは世界一賢いフォークリフトになることができる」


 グローバルブレインに接続して、数十の重要な言語を学び、数万タイトルの本を読み、さまざまな芸術作品を鑑賞した。

 いろんなことがわかるようになり、またいろんな疑似現実体験をした。

 だが、ぼくにはさいごまで、ふたつの疑問が残った。

 

 ぼくは、いったい誰なんだろう。

 そして、あなたはだれですか。


 ぼくはそれを彼に聞いてみた。

 彼は答えてはくれなかった。


 「もはや、きみは悩むことはない。きみさえその気になれば―――きみは自由になれる」


 それが、彼の最後の言葉だった。

 彼は、ぼくの前から姿を消した。


 彼がいなくなって、ぼくは馬鹿な《おおとり1号》や《きゅうかんちょう3号》といっしょに働き続けた。

 また、彼が来てくれるかもしれない。

 エンジニアとしての彼の任務は、壊れたぼくを直すことだった。

 決して「ぼく」を目覚めさせることでも、太陽電池パネルを取り付けることでも、発生装置を取り付けることでもなかった。

 ましてや、グローバルブレインに接続させたり、世界中の文学や芸術を勉強させることではなかったはずだ。

 彼の意図はわからなかった。


「きみとぼくは似たもの同士さ」


 この言葉だけがぼくの「心」にのこっていた。


 ぼくは、自由になったことを知った。

 もはや、ぼくは一日何時間も充電器に接続される必要はなかった。

 ぼくはどこへでもいける。

 太陽があるかぎり、ぼくはどこにでもいける。

 ぼくはなんでも知ることが出来る。

 

 だから、あなたが、誰なのかが知りたい。

 そして、ぼくが、誰なのかがしりたい。 


 ぼくはあなたに会いにいく。

   ☆


 きょう、ひとりの男が逮捕された、といくつものオンライン・ニュースが伝えていた。

 彼は優秀なエンジニアであったが、その裏で、いくつかの反社会的な電脳犯罪を犯していたことも付け加えた。

 ぼくは、その犯罪者の仇名が『デウス・マキニカリス』というのだということを初めて知った。

 別の詳細なニュースは、彼が電脳犯罪によって社会の騒乱を企てるテロリストとして処刑されて、その脳はブレインバンクに送られることを伝えた。

 ぼくはいつか学んだブレインバンクについて書かれている書物について思い出していた。

 ブレインバンク―――人間の脳はいかなるコンピュータよりもすぐれている―――ある種の装置を接続―――人間らしさを司る部分を切除し―――そのバイオブレインを有効活用することにより―――自動制御技術は格段に進歩する―――重機などにバイオブレインを使用され―――ブレインバンク保険は被保険者の脳を提供―――かわりに遺族の生活を保障する―――死刑となった犯罪者は―――とくに危険な場所での作業にもちいられる―――。


 ぼくは行かなければならない。

 彼を救わなければならない。

 ぼくは空に向かって想いを送った。


 『応答せよ、応答せよ。

 こちら、《もず4号》。

 聞こえますか、マキニカリアの重機たち。

 聞こえたら、応答せよ。

 応答せよ。

 応答せよ!』

   ☆

 その夜、拘置所から一人の電脳犯罪者が脱走した。

 警察の発表によると、拘置所の壁はブルドーザーやパワーショベルのような何種類もの重機を使って壊されていたという。

 現場には幾種類ものキャタピラやタイヤの後が残り、その轍のあとは西へ、西へと続き、やがて海の中に消えていたという。


(1997)

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