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きわダイアローグ13 齋藤彰英×鈴木隆史×向井知子 1/3

1. 地層の物語性の紡ぎ方

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齋藤:今、自分が作品として興味があるのは、夜、川底を長時間露光で撮ることです。川底には意外と地層が露頭しているんです。日中だと太陽光が反射して、水面の動きのほうに意識がいきがちなので、あえて夜に撮る。そうすると、下にある層というか、レイヤーが見えてくるんです。水面のきらめきがなくなって、川底が見えるわけです。そうやって水の中のさらに下のところに触れるように、今回の展示でも何かできるといいなと思っています。

そういえば以前、夜の撮影で少しずつ露光時間を長くしながら同じフレーミングで撮影をしてく方法をとったことがあるんです。最初の一枚は街灯などが見えているくらいから始め、撮影枚数を重ねるたびに露光時間を倍々に長くしていく。すると、最終的な写真では街が白飛びして見えなくなり、逆に、山の稜線や地形などの、空気遠近みたいなものが見えてくるんです。そうやって露光時間を変えて撮った写真を、時間軸順に並べて、一つの同じ景色の見え方がだんだん白く変わっていく映像作品をつくりました。今回の展示では同じことを川底でやってみようと思っています。最初は外界の光が少しあって、河岸が見えている川底が、だんだん消えていって、川底の暗いところが映り始める。基本的にデジタルで真下を撮ることで、落ちていって、川底の部分に触れ、その後立ち上がっていくような作品になるといいなと思っています。それがタイトルにもある「きわにもぐる」というイメージなんです。

個展「川底に住う魚」
映像インスタレーション作品『川底に住う魚』(2020年)
齋藤彰英
Tago House Annex、島根

鈴木:アウトプットとして、映像が立面に立ち上がることには抵抗がないですか。

齋藤:ないですね。むしろそうやってガッと景色が立ち上がることこそ、同じくタイトルの「きわにはく」に近いイメージかもしれません。長時間露光していきながら、ゆっくりと景色というか空間が進行していくのが「きわにもぐる」。そこでシャッターを切って、展示空間に写真がパッと立面で現れるのが「きわにはく」。映像に関してはある程度僕の中にイメージがありますが、それを文由閣の空間を使って見せるときどういう方法をとるかはまだ模索しています。

鈴木:プロジェクションがおそらく先行して、空間に関しては進んでいく過程で決まっていくでしょうね。

向井:わたしも展示では手を動かすと言っていますが、今回は言葉しか書かずそれをインスタレーションの一部にするかもしれないですしね(笑)。やっぱり副題は「きわにはく」にしますか。周りから意味が分からないのではないかと言われ「いきをはく」としていましたが、「きわにはく」が正しい気がします。この間も少しお話ししましたが、「きわにもぐる、きわにはく」は副題で、さらに齋藤さんからのタイトルがあったほうがいいと思っています。

齋藤:はい、そうですね。ある程度展示の方向性が決まったら、それに合った撮影場所を考えていきたいと思っています。例えば等々力渓谷では、上総層や武蔵野礫層、高津層などを、スケール感をもって見ることができます。砂利が堆積しているところなんかもバーッと見られるんですね。東京でそこまで見られるところって実はあまりありません。とはいえ、自分の中でのコンテクストというか、物語性をつくって、どう紡いでいくかを考えたいと思っています。もちろんフィールドワークとして、リサーチの中で撮ること自体は続けるのですが。

向井:この(等々力渓谷)近くの環八を通るとき、その下に礫層があるなんて思わないですよね。

齋藤:あそこの水は、場所によっては澄んでいるのですが体には悪いそうです。鉄分の含まれた地層らしくて、石が茶や赤に色づいているところもあるくらいなんです。水が豊富な土地ではありますが、生活用水としては使えない。とはいっても縄文遺跡が結構残っているので、昔の人たちは水を使っていたのかもしれません。時代によっては、もっと水量が多かったと思いますし。

向井:今でも水が湧いている感じはありますが、かつては水も豊富ですごかったんでしょう。

齋藤:等々力渓谷は武蔵野台地の端にあたります。あそこで台地が終わって平地になっていくのですが、末端のほうが水の湧き出る量が多いのかもしれません。硬いはずの地層が深く削られているのですし、昔はもっと水量があったのだと思います。時代によっては今のような穏やかな場所ではなく、荒れ狂っていたのでしょう。

向井:構築された自然なんですね。

齋藤:あの辺りは調査でも使われているようなので、管理されている様子がうかがえます。だから鬱蒼としていた場所が急にきれいになることもあります。ただ、最近は崖面の崩落なども起きていて、東京にあった他の露頭が法面工事されて地層が見られなくなったように、等々力もいつかコンクリート壁に覆われてしまう日が来るのかもしれません。そう考えると、僕はあの場所の遺影を撮っていたんだなと思うこともあります。

鈴木:そうやって撮った写真は紙媒体にプリントしたりもされるんですか。

齋藤:そうですね。2021年に開催した個展 「東京礫層:Tokyo Gravel」 ではB1サイズ程度の大判プリントを展示しました。

向井:齋藤さんの写真は、紙に出力するときに本当に色が出にくいですよね。映像にしたほうがきれいだなと思ったこともあるくらいです。

齋藤:色が出にくいので、プリントするのは本当に厄介です。僕の写真は微妙な色なので、紙でも展示空間の照明によってもかなり変わってしまいますね。

向井:悪いなと思いつつも、齋藤さんのポートフォリオを印刷しなければならなかったとき、かなり色を飛ばして、見えるように調整しました。齋藤さんはどの色を見ているのかなと思いながらでしたが。

鈴木:長時間露光した夜の水って、カラーにしたときのデータ上に色は残るものなんですか。

齋藤:残りますね。ただそれも、カメラの設定次第で色が変わってしまうんです。撮影しているときは暗いので、ほとんど何も見えていないのですが、それでも自分が暗いなかで感じている色があるわけです。それに近い色で現像して、プリントをしています。撮ったときには見えなかったけれど、自分が見ていたであろう色に近づけている感じです。あとは単純に美しさを考えて補正をしています。でも今回の展示はモノクロームになると思います。

「網触共沈」(2012年) 
齋藤彰英
横浜市民ギャラリーあざみ野、神奈川

向井:実際にはもぐっていなかったにもかかわらず、もぐっているように見える写真があったでしょう。あれには色がついていましたが、モノクロみたいでしたよね。

「憶へのまなざし」(2013年)
齋藤彰英
創舎わちがい、長野

齋藤:湖の水面に映り込んだ西日を水面を撮った写真ですね。このときは太陽に露光設定を合わせているので、先程までの長時間露光とは逆の6000分の1秒などの超高速シャッターで切り撮っています。ですから、日常的な風景が映り込んだ部分は光が足りずに黒く沈み、太陽の周辺部分にだけ夕日の色が微かに写っています。

向井:色があるのにモノクロなイメージですよね。

齋藤:これは多摩川で撮った写真なのですが、こんなふうになっていることは日中ではほとんど見えません。

多摩川、立日橋(2021年)
齋藤彰英

齋藤:でも、夜長時間露光していくと、ふーっと浮かび上がってくるんです。露光時間を変えていくと、下から立ち上がってきて白飛びする。こういった写真はただ展示するだけだと「日中の写真じゃないの?」と思うような写真になってしまいますので、時間軸を与えることで浮かび上がってくる感覚をもたせたいなと思っています。プリントとは違った表現ができるといいですなと。それから、地層を撮影している僕としては、地層には他の部分とのつながりがあるので、そのつながりみたいなことを展示の中の軸としてやれるといいなと思っています。一方で、それをやると地層のことを理解するための教材のような位置になりかねないことも危惧しています。物語性を自分の中で理解していくために地層のことを調べているのですが、調べれば調べるほど、学術的、科学的な意味合いの写真になってしまう。それでは自分の望む表現と違うものになってしまうので、紡ぎ方の度合いを考えていかないといけないなと感じています。

向井:そういうところのつながりが、齋藤さんの中でグラデーションで変わっていくのがきわだと思うんです。この間の水平方向の写真もよかったですよね。

齋藤:山間部の街を撮影した写真のように水平方向にカメラを向ける場合もありますが、主としては垂直方向にカメラを向けたイメージがいいかなと思っています。ブワーッと像が立ち上がるような感覚ですね。

黒目川、東久留米市(2021年)
齋藤彰英

鈴木:デジタルではありますが、アナログで現像している感覚に近いのかもしれませんね。

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齋藤彰英(さいとうあきひで)
水が作り出す景色をテーマに、写真を用いたインスタレーション作品を制作。主に、糸魚川静岡構造線やフォッサマグナなど、日本列島の形成過程を記憶する場所や、その土地に育まれた文化を対象にフィールドワークを行い制作活動を行なっている。近年は、首都圏の地下に広がる地層「東京礫層」に着目し、太古の水が作り出した扇状地としての東京と現代の東京との繋がりを作品制作の題材としている。

鈴木隆史(すずきたかし)
建築家。香山建築研究所設計主任。左記設計事務所にて、「京都御苑の三つの休憩所(2022年)」「東広島市美術館(2021年)」「太田市民会館(2017年)」「東京大学安田講堂改修(2014年)」等、公共性の高い建築の設計に携わる。

向井知子(むかいともこ)

きわプロジェクト・クリエイティブディレクター、映像空間演出
日々の暮らしの延長上に、思索の空間づくりを展開。国内外の歴史文化的拠点での映像空間演出、美術館等の映像展示デザイン、舞台の映像制作等に従事。公共空間の演出に、東京国立博物館、谷中「柏湯通り」、防府天満宮、一の坂川(山口)、聖ゲルトゥルトゥ教会(ドイツ)他。

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