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津和野。

昨日・今日と津和野に行っていた。
昨日そのことを「書くことができなかった訳」は、今日が「篠山早朝散歩」の日で、私は遅れてキャンセル待ちで滑り込んだというのに、それをさらに(しかも即座に…!)キャンセルしちゃったからだ。
キャンセルした理由は、仕事。これは、マジ。参加申し込みをしたその日(先月後半の出張の日)に急遽依頼された仕事がこの日曜日(今日)にはあったんだけれど、それを他の同僚に託し、私はひとり津和野へ。少なからず、このnoteがリアルの友だち(散歩関係者)の目に触れる可能性もなくはないので、それで暢気に「今、津和野ですぅ♪」とか書けなかったという訳なのです…。(涙)

で、昨日から津和野でした。

津和野に行った訳は、もうすでに一昨年になるのか、安野光雅さんが亡くなり、彼の美術館を訪ねたいと思っていたから。初めてではなくて、過去にも一度か二度か行ったことがあるのだが(さらに、創立21周年になるという美術館が建つ前にもたしか津和野を訪れたことがあるのだけれど)、とにかく、彼の没後、行きたい気持ちが募っていた。で、今回は、彼に憧れてペンネームをそこから拝借したと言う漫画家の安野モヨコさん(夫氏はエヴァンゲリオンの庵野秀明氏。彼は山口出身で、彼のお父様は津和野の出!)の講演があるということで、「この機会を逃しては…!」と思い立ち、上述のように多方面への失礼を働いてまで出向いたという次第なのである。

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ちょっと上等な温泉宿に泊まったが、時間的に宿で晩ごはんを食べることができず、シングルだったので比較的リーズナブルに泊まることができた♪
SLの写真も、昨日も今日も撮ったが、昨日は時間が早すぎて、今日は時間が遅すぎて、乗ることはせず。写真だけ。でも、その雄姿には惚れ惚れした。

私が勝手にパワースポットだと思っている森鷗外のお墓にも参った。これはたぶん二度目。中村不拙の字が素敵。(「ひとりの岩見人、森林太郎として死せんと欲す」という彼に対し、記念館の前に軍服姿の銅像を建てるラ***ズクラブの無粋を、昔、Facebookか、あるいはさるさる日記(こじかの蒙古斑)でなじったことがあるように思う…。)

安野光雅氏の話に戻るが、私が彼の絵本に触れた最初は、『ABCの本』か『あいうえおの本』か、それを母親が買ってくれたことによる。今もそのときの驚きや喜びを忘れない(うちの「息子」にも買い与えた(はず)。)。

昨秋の星野道夫展同様、「息子」に安野光雅さんの絵(版画)を買ってやりたかったのだが、10万を超える金額はなかなか今の私には出しがたく、断念…。(涙) 代わりに買ったポストカードでも送ってやりたいが、それはそれで「妻」の目(気持ち)が気になり…。なかなか、いろいろと難しいもんですわ…。

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昨日、津和野駅にて。
右の客車は新山口から「来たまま」(で北向き)。先頭車両の蒸気機関車(左)だけが、駅北の転車場(ターンテーブル)で向きを変え、燃料を補給し、駅に戻ってくる。「転車台があるから津和野までSLが来るんだよ」って、このスポットでカメラを構えていたおじさんに教えていただく。「ま、知らんけど」って。

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津和野の街中の風景。
一番下の写真は、光雅が(1日しか)通えなかった(通わなかった?)キリスト教系の幼稚園。(その上は胡蝶蘭の写真。(笑))

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上は、(『舞姫』中の相澤のモデルと言われる賀古鶴所氏に書きとらせた鷗外の遺書。)
下は、夕刻、上りのSLやまぐち号。どこぞのおばちゃんに撮影スポットを教えていただいて。(笑)

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その後、鷗外記念館に向かうまでに見付けた『YAMI NOTE』!

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鷗外の旧邸。…ではなくて、鷗外旧邸の桜と隣のお家。(笑)

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鷗外の家の向かいの家の犬。

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川を挟んで向こうにある西周氏のお家。

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鷗外旧居には「釦(ボタン)」の詩。これ、なんともなぁ…。

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ちょっとキリがないのでいろいろと飛ばして、昨夕の講演会の看板(上にも載せたね。)と、その後の晩ごはんの様子。
(近ごろ、中ジョッキとか言ってもグラスみたいなやつで出てくるしさぁ…)と思って大ジョッキを頼むと、久しぶりに本気の大ジョッキが来ました。感激♪

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でも、あて(げそバター)と一緒に飲んでしまった後、お寿司が出てくるころには、さらに追加で中ジョッキを注文しましたとさ♪

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お宿のフロント。津和野では、3月3日から一箇月間、お雛様を飾る習慣があるそうな。今日がラストです。

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そして、鷗外の墓所。私は大大大好きなスポットです。中村不拙氏の字が素敵♪

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そして、改めて美術館です。20年振りくらいかなぁ…。
中庭の山茱萸(さんしゅゆ)は光雅氏の大好きな木(花)だったとのこと。

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そのあと、(かなり!)ゆっくりと安野光雅美術館を見てから、津和野を発つ。SLには乗らず。転車台(ターンテーブル)でくるりと回る姿だけ眺めて。

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と、まぁ、そんなちょっとバタバタとした、でも、充実の2日間でした。ご迷惑をお掛けした皆さま、ゴメンナサイ。