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小説「よくある地獄」

実体験と去年気になったニュースを題材に書いてみたSSです。
人は見知らぬ人の境遇などには同情的でも嫌いな人間とか敵には簡単にこんな気持ちを抱きますよね、ということが書きたかった。
男が女の容姿について暴言を吐く内容ですので、フラッシュバックなどに注意して下さい。
なお、同じものを小説家になろう及びpixivに別名義で投稿しております。

よくある地獄

昼下がりの定食屋、壁高く据え付けられたテレビは、人気のタレントが司会を務めるワイドショーを流していた。顔をわずかにしかめたニュースキャスターが告げるのは、身体を動かすこともままならない難病患者が他人に頼んで自分を殺してしまったという事件だった。

「しっかしやるせないよな、何も難病だからって他人に頼んで死ぬこともないじゃん」

「生きてりゃいいこともあるかも知れないんだしさ。てか、誰にだって生きる権利はあるからな」

「いいこと言うじゃんお前」

入口近いテーブルに陣取った、三十絡みの男たち。サラリーマン風の彼らは複雑な表情で頷き合い、ほとんどコップに残っていないお冷やのコップを空にした。

「お待たせしました。アジフライ定食とミックスフライ定食になります」

若い女の甲高い声がして、男たちの前に定食の膳が二つ差し出された。出された定食を一目見た、席の左側に座っていた男は、すかさず目を剥いて女に異を唱え始める。

「は? 俺頼んだのエビフライ定食なんだけど?」

「も、申し訳ありません。すぐ取り替えて参ります」

料理を運んできたのは色白でよく太った若い女だった。男に睨まれた途端、女は肩を小さくすくめて、おどおどと頭を下げる。

「すぐ、ってふざけんなよ、俺休憩時間あと三十分しかねえんだよ! 今からエビフライ揚げたら時間かかるだろうが! どうしてくれんだよ!」

そんな女の態度に男はますますいきり立ち声を荒げた。和気あいあいと食事を楽しんでいた人々は、ある者は箸を止め、ある者は身を乗り出して、そしてまたある者は煩わしそうな顔で男たちの方を遠慮なくじろじろと見る。

「あ、はい、すみませ……エ、エビフライ定食大急ぎでお願いします!」

「ったく、ふざけんなよクソデブ!」 

ばたばたと厨房に走って行く女の肉厚な背中に男は罵声を飛ばし、連れの男に向き直ると大袈裟に溜息をこぼす。

「なんだよあれ。デブの上に頭も悪いとかマジないわ。終わってんな」

「だよな。声も変に高くてきめえし」

「ああいうのは死んだ方がいいんだよなあ」

「そうそう。ってか、俺が女であんな風に生まれてたら自殺してるね」

「お前言い過ぎだろう、可哀相に」

五分くらい前までは神妙な顔でニュースを見ていたのが嘘のように、男たちはげらげらと笑い合う。テレビは芸能人の不倫報道を流し始め、男たちはそれを肴に盛り上がる。

(あんな奴ら、死ねばいいのに)

厨房係の男が不機嫌を隠さずに揚げたエビフライを皿に載せながら、若い女は入口近くの席に座る男たちを暗い瞳で睨めつける。定食屋の外には真夏の太陽ががんがんと照りつけ、アスファルトからは陽炎が立ち上っていた。

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