とろ吐露
おはよう、こんにちは、こんばんは、おやすみ
すべての時間帯に使えるあいさつってないもんなのか
最近、天気の不安定さが増してきた気がする
もうすぐ梅雨がやってくるんだろうか
もしかしてもう梅雨だったりするんだろうか
そういえば月曜日も火曜日も雨の予報だ、水曜日はどうだったっけな
わけのわからないことばかり言いたい
理解されるともされたいとも思っていない
(でもこうやって言葉にするのは理解されたいからなんじゃないか、とかも考えたりしちゃうよネ)
最近、好きなものより嫌いなものが増えた
嫌いなひとも増えた
好きにも嫌いにも種類がありすぎるし自分になのか他人になのか分からないような言い訳ばかり頭の中でグルグルする
やりたくないことばっかりだ
毎日楽しいことだってたくさんあるのに、ちょっとした不安に足を取られる
自分を鼓舞するほどの元気はそもそも持っていない
「生活」の中に含まれている最低限のことしかできない
それすらちょっと危うい
とかまあ、思っていることを吐き出そうとするとこういうウザったい自分しか出てこない
困ったもんだよほんと
不幸面するひとが死ぬほど嫌いだ
他人の不幸に感化されて「自分だって」と思うひとが嫌いだ
なんてね、どうせ同族嫌悪
自分が嫌う人っていうのは、少なからず自分が認めたくない自分の嫌いな一面を持っている人ってことが多い
ということは、嫌いなひとが増えたっていうのは自分を前より嫌ってるってことなのかも
きーづいちゃったーきーづいちゃったーわーいわい
うるせえ
本当に感受性が豊かで優しい人間はいつもこっそり傷ついている
本当に優しい人間が自分の気持ちを見せびらかすみたいなことを言ってるところを見たことがない
そういう人のそういうところがとても好きだったりする
自己啓発本やらそれに影響を受けた人間の話なんてこれっぽっちも信じちゃいないけど、共感できる部分もあったりする
「人は変わらない、変えたければまずは自分が変わるしかない。」ってやつとか
でもこれを言っていたひとの話には続きがあって、人間はそれぞれステージがあって、その自分のステージを上げれば周りに居る人間もおのずと変わっていく、人は同じステージにいる人間としか深く関わらないという話
つまり自分より低レベルの人間とは付き合うのは自分のステージを下げることになるから上の人間と付き合って自分のステージをもっと上げていきましょう、的な
わたしはこの人が苦手だった
勉強にもなったけど
この集まりは経営者を育成するとかなんとか、まあ結局のとこマルチだったんだけど、そういう集まりの講義だったから発言的には正しいっちゃ正しいよね
内容もまあそうなんだろうとは思うけど、というよりも発言の方向性として
その集まりの中でバレーをさせられたことがあるんだけど、白線ギリギリ出るかな、というボールがわたしめがけて飛んできたとき、こりゃダメだろうと速攻諦めたらギリギリ白線の内側で負けになった、ということがあった
「諦めが早すぎるからもっと粘ろう」とアドバイスをされたけど、結局この年齢になっても当たり前に諦めは早い
学んだことを活かせるのが正しい大人なのかもしれないけど、今までの経験を活かそうとするたび、今までの経験が頭の中でモヤみたくなって邪魔してきたりするから困る
こう言ったらこうなる、こうしたらこうなる、そういう積み重ねでこれからの言動を選んでいるわけだけど、成功していたはずのことでもハマらないことがある、というのも経験してしまっているし、人それぞれ反応は違う、というのも経験してきてしまっている
まいったな、何が言いたいかっていうとつまり
なんだっけな
なんだかここ最近本当に疲れてしまっていて、なんにもしなくていいよ、と言ってくれるひとのそばにしかいられない
でもそのひとはそのひとで勝手に生活をしているんだし結局のところわたしなんかは必要ないんだろうなと思う
何を言われても従える気がしないからエネルギーの強いひとのそばに寄りたくないし、なんなら極力自分ってものの内側にこもっていたい
いつも言ってるねこれ
わたしを知っている人間の中にこういうの読んでムカつく側もいるんだろうな
くだらないことばっか言ってないで寝なくちゃね
読んでくれてありがとう
またね
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