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土鍋でご飯を炊く (1)私が炊飯器を捨てた理由

 炊飯器を捨てた、といっても本当に捨ててしまったわけではない。どこか押入れの奥にしまってあると思う。なにせ一度か二度しか炊いていないのだ。しかもそこそこのお値段がした。もったいないから、いつか使う日が来るかもしれないと思って捨ててはいないのだが、この10年以上一度も再登板したことがない。使おうと思ったこともない。だから「捨てた」と言ってもほぼ差し支えないと思う。

 「炊飯器を持ってない」と言うと、「へえ、自分でご飯炊かないんだ」と返ってくる。いや、土鍋で炊いてるんだと答えると、何か「気難しいこだわり人」みたいに思われる。パンを買わずに全て自宅で焼いている人、みたいに思われるのだろうか(自分でパンを焼いたことはない)。土鍋でご飯を炊くのは、決して難しいことではない。難しさの度合いでいうと炊飯器が1ならば1.1倍か1.2倍ぐらいか。世間では10倍ぐらい難しいと思われてるのではないか。全くそんなことはないのだが。

「炊飯は炊飯器」という呪縛

 そもそも「鍋でご飯が炊ける」ことがなぜこんなに知られていないのか。「炊飯は炊飯器」という呪縛のようなものがこの国にはあるのではないか。炊飯器メーカーの巧妙な洗脳戦略でもあるのではないかと本気で思ってしまう。鍋でもご飯は炊ける。普通の鍋でも炊ける。なんなら空き缶でも炊ける。らしい(やったことはないが)。かまどで羽釜の時代はご飯を炊くのも大変な作業だったはず。電気炊飯器の登場で革命的に炊飯が簡単になった。その圧倒的便利さの陰で「土鍋で炊飯」という方法がすっぽりと人々から忘れられてしまった、のではないか。何度かキャンプ場でご飯を炊くために炊飯器と発電機を持ち込んでいる人を見たことがある。すごい装備である。土鍋とカセットコンロがあれば事足りるのに、である。恐ろしく強力な洗脳戦略と思わざるをえない。

 初めて土鍋でご飯を炊いた時のことのことは正直覚えていない。たぶん、アウトドアの本か何かで興味を持って試してみたのだと思う。ホームセンターで炊飯用の土鍋を衝動買いしたのだったかもしれない。土鍋で炊いたご飯の美味しさはそこで気づいたのだが、毎日土鍋で炊飯、とはならなかった。「ご飯は炊飯器」の呪縛に私もとらわれていたのかもしれない。

まあいわゆる「しょぼい炊飯器」

 もともと持っていた炊飯器は、学生が一人暮らしを始めるときに買うような、まあいわゆる「しょぼい炊飯器」である。土鍋ご飯とは天と地ほどの味の差がある。土鍋炊飯で知ったのだが、ご飯を美味しく炊くには、いかに最初に強火で加熱するか、が大事である。いやいや「始めちょろちょろ中ぱっぱ」でしょ、いきなり強火じゃダメなんじゃないの、と思う人もいるかもしれない。はっきり言うが「始めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな」は間違いである。かまどで炊いていた時代の言葉なのだろうけど、間違いどころか二重三重に誤解を与えるフレーズである。どう誤解を与えるのかは、後で説明したい。ともかく今は「始めちょろちょろ」は間違いだ、と覚えてほしい。

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「最初に強火」が肝心

 ともかく、炊飯は「最初に強火」が肝心なのだ。いわゆる「しょぼい炊飯器」はそこが決定的に弱い。最新の高級炊飯器は、いかに大火力で一気に加熱できるかでしのぎを削っている。土鍋ご飯の美味しさに気づいた私は、比較的安く強火炊飯ができるガス炊飯器を購入した。試しに炊いてみるといい感じのご飯ができた。「よし、これからは毎朝これで炊きたてご飯だ」私はうきうきしながらタイマーをセットした。翌朝、期待に胸を膨らませて炊飯器を開けると、そこには水に浸ったままの生米があった。

 どうやらタイマーのセットを間違えたらしい。なんということだ。今から炊飯器のスイッチを入れても炊き上がりまで小一時間かかるではないか。むむむ、ご飯は諦めようか。いや待てよ、すぐに土鍋で炊けば30分弱で食べられるじゃないか(土鍋炊飯の早さについては後で説明したい)。私は浸水したお米をそのまま土鍋に移して炊いて、食べた。なんとか出かける時間に間に合わせることができた。

最初から土鍋で炊けばいいじゃないか

 「昨日の失敗を繰り返してはならない」。その晩、私は炊飯器のタイマーの時間をしっかり確認して就寝した。そして翌朝炊飯器を開けると、またしてもスイッチが入っていない。「なんでだよー」。この日も慌てて土鍋に移して炊いた。

 なぜタイマーが働かなかったのかは分からない。私の設定が間違っているのか? あるいは初期不良なのか。ともかくタイマー予約は信用できない。ならば一度早めに起きて自分でスイッチを入れようか。いやいや、そんなことするなら最初から土鍋で炊けばいいじゃないか。実際、昨日も今日も土鍋でいけたではないか。そう気づいた私は、炊飯器のコンセントとガスホースを抜いて炊飯器をキッチンから下ろした。

 それ以来、この炊飯器は二度とキッチンに上がることはない。10年以上、ずっと土鍋で炊いている。それで特に困ったことはない。少々の失敗はあるけど、全く食べられなかったという失敗は1度しかない(おそらく途中で火が消えていたのに気づかなかった)。10年で1度である。炊飯器は2日で2度失敗した。完全に土鍋の勝利である(私の機械オンチが悪いのだけれど)。

 (2)「まずは鍋で炊いてみる」に続く


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