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「お酒の話」

―中尾
今日は澁澤さんの大好きなお酒のお話を伺いたいと思います。
お酒との出会いは、おいくつの時ですか?

―澁澤
お酒を飲み始めたのは、たぶん中学1年生くらいだったと思います。

―中尾
今は大きな声では言えませんけど、もう50年以上前の話なので、時効ですよね(笑) 何がきっかけでしたか?

―澁澤
明治時代の末期に赤坂の迎賓館ができたのですが、その時に使った木型というのかな、いろんな模様の木型を壊すのはもったいないからと言って、その木型を使って作った西洋館が当時母方の祖父が住んでいた家なのです。実際の迎賓館よりはもっとこじんまりしていますが、本当に映画のセットに出てくるような建物で、実際に映画やコマーシャルの撮影にも使われました。その家に、子供の頃夏休みになると一か月くらい預けられていたのです。
そうすると、ここに入ってはいけないというところがいくつかあって、そんなとこに敢えて探検に行くんですよ。その一つが地下蔵で、入り口からかび臭いひんやりした空気が漂ってくるんです。

―中尾
こわくなかったですか?

―澁澤
怖いですけどね、行ってはいけないといわれると、行きたいと思うのが子供ですよね。それで、地下蔵を探検したら、今でいうワインセラーだったんですよ。

―中尾
なーるほど。

―澁澤
祖父は自宅ではお酒を飲まない人だったのですが、贈答用にもらったワインが壁一面にズラーッと並んでいたのです。すると、当然中から金色の液体が見えるわけです。
飲みたくなりますよね。

―中尾
おいくつでしたっけ?預けられていたのですよね?

―澁澤
あ、そうですね。預けられているということは東京オリンピック前後だったと思いますから、小学生くらいかな。
とにかく保管が良くないものですから、コルクが腐っていたりして。

―中尾
コルクって腐るんですね。

―澁澤
はい。ボロボロになってくるのです。そうすると割りばし一本持ってきて押すとスポーンと抜けるのです。それで一口飲んでみて、ワインってこんなもんだなと思うのですけど、中には飛び切り美味しいのがあるんですよ。

―中尾
それって何本くらいあければ見つけられるのでしょうね。

―澁澤
5本くらい飲めば一本飛び切り美味しいのがあります。もちろん、全部は飲みませんよ。
味見していって見つけるのです。それはね、今でいう貴腐ワインなんですよ。

―中尾
それはなんですか?

―澁澤
貴腐ワインって、ブドウが完熟して、甘くなって干しブドウみたいになって、外にカビができるほど糖度が一番乗った時につくるワインで、デザートワインです。料理が終わった時に出てくるワ甘いインですね。そりゃあ子供にとってはおいしいのです。

―中尾
美味しいんだ…

―澁澤
和尚さんが甕の中に水あめを隠してそれをなめるっていう昔ばなしがあるじゃないですか、これだ!と思うわけです。それを必ずその家に行くとちびちびやるわけです(笑)

―中尾
一人で?

―澁澤
当然一人ですよ。一人っ子ですから。

―中尾
いやいや、いとことか、一緒に預けられていないんですか?

―澁澤
いなかった気がしますね。
そこで、葡萄酒とはこんなにうまいもんかと。
なので、ワインからスタートですね。

―中尾
なるほど。歴史長いですね~。

―澁澤
長いですね(笑)。それから、ワインに一番近い味は日本酒ですから、日本酒に行きかけるのですが、その頃はお酒を買わなければいけない年代になっているんです。高校生くらいですね。
そうすると小遣いの中で日本酒を買っていたらとても持たないのですよ。ビールもすぐに飲んじゃうので高いです。一番その時に費用対効果が良かったのがウイスキーだったのですよ。当時はサントリーレッドとか。

―中尾
角瓶とか…

―澁澤
角瓶は高級品でしたね。だから、そのはるか下のトリスとか、そういうウイスキーからスタートですね。それくらいから本格的に飲み始めました。

―中尾
角瓶は高かったのですか… 知らなかった。私が初めてお酒に接したのは、小学生の時のお屠蘇でしたね。

―澁澤
お屠蘇は子供の頃から飲んでいましたね。うちは。

―中尾
結婚式の三々九度に使うような、朱塗りの平べったい盃に注いでもらう、あの雰囲気が好きでした。
今は一番お好きなものを選ぶとしたら何ですか?

―澁澤
今ね、飲んでよいって言ったら、日本酒かワインかどちらかですね。

―中尾
私がみた澁澤さんは日本酒のイメージが強いです。

―澁澤
あきらかに蒸留酒ではなくて、醸造酒ですね。

―中尾
どう違うんですか?

―澁澤
醸造酒っていうのは発酵させて作ったお酒。蒸留酒というのは、それをさらに蒸留と言って、熱をかけて、蒸気を飛ばしてとアルコールと分離し、そしてそれを冷やして生成して作ったお酒。ウイスキーとかウオッカとか焼酎とか泡盛とか。

―中尾
高いお酒というのはどこが違うんですか?

―澁澤
高いものは熟成ですとか、使っている材料が違うんですけど、昔は関税が高かったので、外国から入ってくるものは高かったんですよ。
ですから例えばホワイトホースだとか、バレンタインだとか、今そこいらのコンビニで千円くらいで売っているウイスキーが超高級な贈答用の品だったんです。父のところに来たそういうお酒は全部ちゃんといただきました。

―中尾
その地下で遊んでいた時は、結局怒られず、見つからずで済んだのですか?

―澁澤
見つからなかったですね。怒られた記憶はまったくないです。
それには後日談があって、祖父が亡くなって遺産分けになった時に、その頃私は高校生になっていたのですが、「地下のあの蔵のワイン、もらって良い?」って言ったら、知っている人は誰もいなかったんです。メイドさんも含めて。だから「良いよ、良いよ」ってぜーんぶいただきました。

―中尾
それ、どこにもっていかれたんですか?

―澁澤
私のお腹の中です。

―中尾
そりゃあ、強くなりますよね(笑)。

―澁澤
若い頃は強かったですね。

―中尾
お酒って、日本酒ならば和食だなとか、昔は決まっていた気がしますけど、今は全然違いますよね。

―澁澤
先ほどの蒸留酒と醸造酒の違いって基本的に僕はそこだと思っていて、食べ物の味を引き立てるための飲み物か、飲み物のあてとしての食べ物かという違いなんじゃないかなと思いますね。

―中尾
ワインはどちらかというと、お料理の邪魔をしない飲み物ですか?
ワインだけを味わうということもあるのでしょうか?

―澁澤
私はそうしていますけど、考えてみたらあまりないかもしれませんね。

―中尾
南米に行かれた時は…

―澁澤
南米はラム酒なんですよ。その辺にグレープフルーツがたくさんなっていますから、ラム酒にグレープフルーツを絞って… 氷を入れちゃうと真水が汚染されているので、肝炎になると言われていましたので、そのまま飲んでいましたね。

―中尾
南米で夏に飲むの、ほら、何でしたっけ…

―澁澤
ありましたね…

―中尾
嫌ですね、出てこないですね…(笑)
南米に行けば、その気候に合ったお酒で、フランスに行けばフランス、オランダに行けばオランダ…

―澁澤
そう、泡盛も沖縄で飲めばおいしいですよね。

―中尾
そういうことですよね。土地と風土でお酒も変わるのでしょうね。
冬の北海道に行けば旭川の三四郎さんで熱燗ですしね。

―澁澤
地域づくりが先なのか、酒が好きなのが先なのかはわかりませんけど、地域づくりをしていると、お酒を飲む席がはじめての本当の会議というか打ち合わせなんです。役場で会議をやって決められたことが、お酒の席に行ってひっくり返るというのはざらにあることです。

―中尾
お酒が入ると本音が出るということですか?

―澁澤
本音が出やすくなります。

―中尾
普段は話しにくいことが、お酒が入ると口が滑らかになるのかな。

―澁澤
東京から先生が来られて、役場の席で「先生それは違います」とは絶対におっしゃれない。ところが、お酒の席はみんな同等になりますから、「実はあの時こういったけど、俺はこう思うんだよね」というと、「いや俺も」「俺も」ということはよくあります。酔っぱらったら本音がしゃべれるというよりも、お酒を飲む席は本音でしゃべっても良い席なんだという風習が日本全国にありますね。

―中尾
ということは、お酒の席も含めてお仕事だということですよね。

―澁澤
そうですね。

―中尾
最近の若い人達はあまりお酒飲みませんよね。お酒のお付き合いもあまりしないじゃないですか。
それは、その人たちは会議の現場でちゃんと発言できているということでしょうか?

―澁澤
言う訓練をさせられていますね。ですから、今の人たちははるかに、会議の席で発言できてます。
ただ、人間のコミュニケーションって言葉だけではないのですよ。その場の雰囲気、明るい雰囲気とか、重い雰囲気とか、そういうものがフェイスtoフェイスではじめてわかる。会議ってあくまでも言葉という道具を使った場ですから、言葉がしゃべれなかったら雰囲気を察しろということができないわけです。特に、言葉を使い慣れていない方から見ると、東京人のペラペラ次から次へと言葉をしゃべってきて、なんかこいつの言っていることは嘘っぽいなあと、皆さん思うわけです。それがお酒の席で初めて、言葉以外のやり取り、それはお酒を注いだり注がれたりということかもしれないし、一緒に笑ったりとか、全然会議とは関係のない話でその人の人間性が見えたりして、そこではじめて、じゃあどうしようか…という議論ができるんだと思います。そういう意味では、お酒が飲めたことで、私はずいぶん得をしました。なんとなく、テンポがあってくるんですよ。お酒の注ぎ合いをしていると。

―中尾
なるほど。そのテンポ、大事ですよね。

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