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文化は育てるもの

―中尾
澁澤さん、久しぶりに京都に行かれたんですね。いかがでした?
 
―澁澤
そうですね、3年ぶりくらいになるかもしれません。
舞妓さんが困っていました。
 
―中尾
あら、お客さんがいないから?
 
―澁澤
そう、そして密だからと言って宴席がなくなったでしょ。
だから芸を披露する場所がなくなったんですよ。
京都のそれこそお茶屋さんや料亭でも、京文化がこのままなくなってしまうんじゃないかというぐらい危機感をお持ちでしたね。
 
―中尾
たしかに、外国人も来ませんもんね。
 
―澁澤
そうなんです。舞妓さんにあこがれて入ってきた女の子が、2年間お座敷がないわけですよ。仲間内でおけいこをしていると言いますけど、その発表もない。昔の鴨川踊りも都踊りも開けるかどうかわからないと言いますしね。
 
―中尾
イベントもないですものね。
 
―澁澤
舞妓さんや、芸子さんたちの芸って、お座敷芸なんですよ。お客さんとの距離感とか、その場の雰囲気ですとか、京の町家ですから当然天井も低いですから、例えば国立劇場とかそういうホールで踊る日本舞踊とは全く違う日本舞踊なんですよね。腰の位置から、足の運びから。
その中できれいに見せていくというのがあの人たちの芸ですから、まさに京の狭い町家さんの中で芸を磨いていかないと、しかもそのお客さんがいるという緊張感の中で芸を磨いていただかないと続かないのです。
 
―中尾
仕切りなんか作っちゃったらぶち壊しですもんね。
 
―澁澤
そう、大ホールでやっても全然だめな芸なんですよ。
舞妓さんも2年間お座敷がないですけど、当然旦那衆というお客さんもないんですよ。
古くからの茶屋遊びをしていた人たちが、ご老人でコロナが怖いからと言って出てこなくなりますでしょ。
 
―中尾
旦那衆というのはもうご老人ですよね。
 
―澁澤
そうそう、若い人達が結局そういう芸を見ないですから、それこそキャバクラに行った方が楽しいやってなりますから。
 
―中尾
安いしね。
 
―澁澤
街全体で、そういう芸ですとか文化を育てていた訳です。文化って育てるものなんですよ。植物に水をやり、肥料をやりって話をここでしましたが、文化って全く同じものなんです。
絶えず、水をやり肥料をやり、しかも自分があって、観る方があって、やる方があって、お互いのバランスの取れた距離感みたいなものを絶えず確認しながら、その中で芸は変わっていくものと変わらないもの。それを引き継いでいくということが重要ですから、担い手がどんどんいなくなってしまって、舞妓さんや芸子さんの踊る踊りをうまいね、上手になって、これができるようになったから今度帯を買ってあげようとか、どこかに行ってみんなで楽しい食事をしようとか、という自分を評価してくれる人がいなくなる。評価してくれる人がいなくなるとどうしようもないというんですね。
久しぶりに12月、1月に緩和されてお座敷に出たのですが、お客さんの若い人達は、みんな彼ら同士で話し合っていて、芸子さんは、その辺で踊りを踊っといてという感じだと言うんですよ。
 
―中尾
違うんですよね。見ていてほしいわけですよ。その衣装もね。でもどうやって遊んでよいか、見方がわからないんですよね。
 
―澁澤
お客さんと舞い手との間でできているという文化が両方ともなくなって、京都という町がこの2年間で急に年をとったような、老けたような感じでした。残念でしたし、びっくりしました。
 
―中尾
それは残念でしたね。
澁澤さん、長崎にいらした頃に、旦那衆を育てましょうと言われて参加したことがあるとおっしゃっていたのがもう30年前ですよね。
 
―澁澤
そうです。
私の30代はそういう意味では本当に幸せで、その頃の長崎では芸子さんもいなくなっていくし、みれる旦那もいなくなるというので、今日の京都と同じような状況でした。
 
―中尾
その頃から始まっていたのですね。それからさらに30年ですものね。
 
―澁澤
若い人達が全然芸が見られなくなるというので、老舗の料亭のおかみさんが自分のポケットマネーで良いからと言って、とにかくうちにきたら、あなたたちはただ聞くだけでいい、観るだけでいいから、その目を肥やしなさいと。将来お金を帰してくれればよいから、今は一日1万円ぽっきりで、飲みたいだけ飲んで食いたいだけ食って、芸子衆の踊りを見てといって、その当時30代の地元の青年たちを育てようとしてくれて、そこでずいぶん踊りを見させてもらいました。それがなければわからなかったですね。
 
―中尾
30年前から芸者さんの文化ってだんだんわからなくなってきて、今となっては日本人よりも外国人の方が日本の文化にやたら詳しい人が多かったりしますよね。
 
―澁澤
そうです。やはりその時もどうしたらよいのだろうという話になって、先立つものもないわけですよ。お座敷も閉じているので、そこで落ちるお金もないし、置屋のおかみさんたちもどうしてよいかわからない。いっそのことクラウドファンディングで世界中に呼び掛けて、日本の文化を世界中に理解者を募りながら残そう、なんてことをやろうか、と笑い話で出ていました。
 
―中尾
本気になっちゃいますよね。
 
―澁澤
本気にやらないとだめかもしれません。文明というのは、絶えず一定の方向に進んでいますから、ちょっと止まってもまた同じ方向に歩みだすのです。例えば科学技術は一回止まってもそのレベルから下に落ちることはないのですが、文化はなくなってしまったり、劣化してしまうと、また元に戻すことがとても大変です。
 
―中尾
今本当に、外国人の力必要かも。本当に日本の文化を愛してくださる人達。ただ女の子育てましょうというのとはわけが違うので、きものの良さも地歌さんたちも、全部ひっくるめての文化を愛してくれて育てる。旦那衆も教養があって、どっちも育っていく文化ってどうつくればよいのでしょう。
 
―澁澤
歌舞伎も似ているところはあって、総合芸術なんですよ。ところが歌舞伎の場合は大きい天井の高い、大舞台の上で大きい立ち居振る舞いですし、三味線や地歌さんも声が通らなければいけませんから、当然そういうような演出になります。そのため歌舞伎だったらテレビ番組にもできるし、ネットで配信もできます。だけどお座敷芸は、お客さんと芸子衆・舞妓衆とのその場の雰囲気というのは、なかなかネットでは伝わりにくいし、そこまで理解してくれる、踊りが好きだ、和服が好きだという外国人は多いのですが、そのお客と舞い手との間の微妙な空気感が好きだと言ってくださるお客さんをこれからどう育てるかということですね。
 
―中尾
京都の町が原宿化していると言っても言い過ぎではないくらいで、お寺とかの建物も浮いてきてしまいますよね。
 
―澁澤
ただの建物になってしまうんですよ。本当はお寺に根付いた地域の文化が背景にあるはずなんですが、建物を見るだけになってしまう。
 
―中尾
全部ですよね。心がそこにないと、人だけでなく建物でさえも、まちでさえも変わっていくということですよね。
 
―澁澤
前にハウステンボスの経営に携わっていたものが言うのもおかしい話ですが、完全に京都はテーマパークでした。お店側も割り切って、一見のお客さんが買ってくれそうなものをそろえ、京都の生活の中で動いている京文化、焼き物にしても竹細工とか職人さんの技とかそういうものがほとんど見えなくなりました。
京都は生活臭がかっこよかったんですよ。町家で暮らして。
 
―中尾伊早子
そうですね。もう一度ちゃんとやり直したいですね。
軽くなっちゃっていますね。誰でも参加できる代わりに。
 
―澁澤
観光というものをもう一度考えなきゃいけないのは、どこの町もそうなんですが、よそから来る人達にどう見せるかが中心で、よそから来る人にお金を落としてもらって、そのお金で地元は暮らしを豊かにしようというのが観光になっていますが、そもそもは自分たちの暮らしがあって、そこを旅人がのぞいて、ああここにはこういう暮らしがあるんだね、ということを喜ぶというのが本当の観光ではないでしょうかね。
 
―中尾伊早子
もう一度日本をよみがえらせたいですね。
 
―澁澤
地域活性化というときに観光は外せなくて、国の施策にもなっているんですけど、そもそも観光って何なのかということをもう一回考える時期、それからそこに根付いてきた地域の文化って何なのかということを考える時期なのかもしれませんね。
 
―中尾伊早子
そうですね。それなしでは日本がダメになりますね。
 
―澁澤
コロナで改めてそれを考えさせられました。
 


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