手鏡日録:2024年11月17日 後篇
(これまでのあらすじ)
人生二回目(たぶん)の吟行にはしゃぐ奇蹄。こうこさんの万全のプランニングのもと、黒塚古墳で古代の因習に想いを馳せ(妄想)、ますますテンションぶち上がる中、一行は次なる目的地、紅葉の名所・長岳寺へと向かうのであった。
2.古墳、地獄絵図、それから麦酒
黒塚古墳から県道に出ると、目の前にかわいらしい建物があらわれた。小学校のようだ。後でわかったのだが、どうやら織田有楽斎の流れを汲む柳本藩が陣屋を置いた跡地らしい。いちいちアガるじゃないの。
先には一本の柳が道の真ん中に立っていて、その奥にはこんもりとした小山が見える。崇神天皇陵かと思われたが、実際にはその隣のアンド山古墳のようだ。
片仮名で記す古墳や雪迎へ 奇蹄
山の辺の道を渡り、右手にアンド山古墳を眺めつつ、ゆるやかな坂を登る。目指す長岳寺は山の中腹。
看板を頼りに歩くと、無事山門に到着。
そして山門をくぐってすぐ右手には…。
話し方観音?!
口下手で不器用な私にぴったり!我らのための祠じゃない!と盛り上がるえぬさんと私。しかし矢印の指す方にそれらしきモノは発見できず、脱・話下手は夢と終わった。
しばらく境内を進むと、鐘楼門が。
門の奥にほんのり色づいた紅葉、脳内に流れるMy Favorite Things、そして浮かぶあのキャッチフレーズ。
すっかり商業コピーに毒された頭が厭わしい。ここは奈良ですよ。自分に言い聞かせる。
萩、露、と次々に季語を見つけていくこうこさん。俳人はすごいな。こちらは完全に観光気分です。
俳句のハの字も忘却して、紅葉しきっていたら映えスポット間違いなしの池を写真に収める。
するとその正面に、本堂らしき建物が。こ、ここに地獄絵図が……?
本堂内は撮影禁止。まず、正面にご本尊の阿弥陀如来像が。大きい。どっしりと穏やかな表情だ。脇侍仏は観音菩薩像と勢至菩薩像。
本尊の薄眼を冬の蝶よぎる 奇蹄
脇侍仏の手前には、増長天と多聞天がいかめしい顔つきで睨みを利かせている。注目すべきは増長天の足元。邪鬼が踏みつけられているのだが、その顔にはなんとも言えぬ恍惚が浮かび、両拳を顎にあてがったブリッコポーズをキメている。いやブリッコポーズは藤原時代にはなかっただろうが、このうっとり顔はどうだろう。痛みより悦びが勝っているかのようだ。改心の法悦は、かくも脳内物質を分泌させてしまうのか。芸術点が高い。
踏まれたる邪鬼の恍惚露凝りぬ 奇蹄
さていよいよ地獄絵である。
狩野山楽の筆によるものだそうで、本堂向かって右手に御開帳されていた。
地獄絵にトラウマのあるこうこさんは本堂の椅子でひと休み。えぬさんと一緒に眺めたのだが、その呟きには実に含蓄がある。
「さすが狩野派、きっとバズりちらかしてたんやろな」から始まり、一番左の軸の阿弥陀如来の一団がやってきている場面には「なんだか異様な感じ」、裁きを行う閻魔の背後に菩薩や如来の顔が覗く様を「監視されるサラリーマン閻魔」、奪衣婆から三途の川のくだりでは「とりあえず全員罪がある前提」、などなど。
冬の日の閻魔も勤め人なりき 奇蹄
確かにひと気のない極楽の様子は不気味さすら感じたし、荼毘に付されたらすぐ死天山に着いちゃうし、まったくそのとおりなのだけれど、それを一言で言いあらわすのが強い。
たぶんここに描かれている地獄は現世そのもので、戦乱の記憶浅からぬ絵師の見聞が絵にリアリティを与えているのではないか。そういう結論に至った。地獄はもう我々の住む場所に存在してるってこと。
地獄絵の浄土ひえびえ山の辺に 奇蹄
地獄絵図を堪能して、本堂を後にする。
遅れて登場する田中目八さんにLINEでひたすら撮った写真を送るこうこさん。今のところ目八さんは一人リモート吟行だけど大丈夫なのだろうか?
そして着々と句を作ってる雰囲気のこうこさん。なのに「いやまだ全然できてないよ」とか言うの、もうテスト前の「全然試験勉強とかしてないから」ってやつじゃん。だまされないぞ。
回遊式庭園を巡ったのち、古墳の石棺に掘られた石棺仏を拝みに、山道に少しだけ踏み入る。往時は修験者なども分け入ったのだろうかと思われる道だったが、急な石段にあやうく滑落しそうだったので、石棺仏の地点からほどほどで引き返す。古道っぽさは味わえたからヨシ。
山辺来てたとへば錆びたストーブなど 奇蹄
疲労を感じながらも、旧地蔵院のこぢんまりした美しい庭園を眺める。
そうこうしているうちに12時を回り、お昼をどこかで誂えねばならない時刻に。
長岳寺の目の前にあるロッヂ風の洋食屋はすでに何組も待ちがあるらしく、洋食屋前のテラス席でテイクアウトの軽食をとることにする。
看板には「ビール」の文字が燦然と輝いている(ように見えた)。躊躇いはない。メインはカレーだ。つまみがわりにと、目につくままにおでん(大根)とカスクートを注文すると、不可思議な多国籍ランチが出来上がる。店の親父はギラギラ系に見受けられたので、観光地価格でボラれるのを覚悟したのだけれど、「生ビールの泡が多くなっちゃったから大根はサービスね!」と思いがけず良心的であった。疑ってごめんなさい。
店の前では火が焚かれていたが、このあたたかさなのでありがたみはあまりない。焚火で一句を試みたが、まとまらず。そして、ここでえぬさんの髪に付着した灰は、その後しばらく居座っていた。
3.さらに古墳、そして三輪山へ
腹ごしらえを終えて、目八さんとの合流時刻を気にしつつ、古墳をもう一巡りすることに。
空はますます晴れて、冬とは思えぬ日差しが我々に降り注ぐ。
行燈山古墳(崇神天皇陵)の周濠をぐるりと回り込むルートを行く。暑い、とにかく暑い。11月に日陰を選びながら歩くなんて。
御陵に雲ちかくある冬景色 奇蹄
全然冬景色ぽくなかったけどね。
宮内庁管理の行燈山古墳が立入禁止であることをしきりに残念がるこうこさん。バチという概念はないのだろうか。
そんなこうこさんにチャンスが訪れる。行燈山古墳のすぐ東、櫛山古墳は立ち入れる古墳なのだ。貴人を踏みつける機会再び……と思ったが、櫛山古墳の傾斜がそこそこあるのを見て足が止まるこうこさん。しかし、力を振り絞って墳丘を登り切る。まさに反骨精神のかたまりである。
案内板によると、櫛山古墳の一部は近世に柳本藩の弓場とするため削り取られてしまっていたよう。当時は古墳という認識もなかったのかもしれない。それに比べれば、踏みつけるくらい許容範囲というものか。
踏めば蝕 ふゆうららなる禁足地 奇蹄
古墳の堀は、水鳥の憩いの場になっていた。あの中の何羽かは、死者の魂を宿しているのかしら。
行燈山古墳の周囲をぐるりと回ったところで、目八さんとの待ち合わせ時刻が気になりだす一同。なにせJRの在来線は30分に一本だ。目八さんの乗る電車にピンポイントで乗り込み、車内で合流するほかない。
途中、こうこさんに足指を攣るアクシデントが訪れる。ついにいにしえの貴人の逆鱗に触れたかと思ったが、すぐに回復した。やはり強い。
おかげでこうこさんを置き去りにすることなく、ちょうどいいタイミングで柳本駅に戻ってくることができた。
そして目八さんと、電車内で記念すべき初めましてを果たす。吟行句の名手は大変穏やかな雰囲気で、内心恐懼していた気弱な私は胸を撫で下ろす。
全員揃ったところで、いよいよ三輪山へ。
三輪駅に着く直前、電車内から大神(おおみわ)神社の巨大な鳥居が目に入る。その瞬間、目八さんと視線が交わり、思考が繋がったことを確信する。
「あの大鳥居、なんだか既視感がありますね」「あの作品では確か『大鳥神社』」「ええそうでした。鬼踊りですね」
大鳥居ひとつで、百年の知己を得た気分になれる。やはり諸星大二郎は偉大だ。そして目八さんと出会えた幸せをしみじみ噛み締める。
(何を言っているのか分からない方は、過去記事↓をご参照くださいませ。)
三輪駅を下りると、すでに少しうらぶれた門前町の風情が漂っていて、わくわくが止まらない。
三輪素麺のお店などを横目に、帰りのお土産の算段などしながら進むと、やがて立派な鳥居と社叢が。いや、社叢と言うより三輪山の一端と呼ぶのがふさわしい。
とここで、あることに気付く。
このままだと、確実に帰りの新幹線に間に合わない。
翌日の仕事を考慮して、京都発17時台の新幹線を予約していたのだが、それだと三輪にあと15分ほどしか滞在できない計算になる。しかも肝心の句会にも参加できない。
せっかくの奈良吟行、そんなかなしいことがあってたまるか。というわけで、帰りの新幹線の時刻をぐぐっと遅らせる決意を固めたのだった。
そして参拝。この辺りから、ぽつりぽつりと雨が。
菊花展をひとしきり眺め、雨から逃げるように関西文化の日で無料入館の宝物収蔵庫を見学。勾玉らしからぬ子持ち勾玉や坏、坩など、祭祀に関係のありそうな遺物が目を引く。
三輪山の坩の底なる秋意かな 奇蹄
宝物収蔵庫を出ると、雨粒ははっきりかたちを成してきた。こうなると、晴れ男も傘を差さざるを得ない。
まるで三輪の神様が引き留めているような時雨に、予定通りの帰郷をする気はすっかり失せてしまった。
ちょうどお誂え向きの休憩所を見つけ、皆でこうこさんの用意した短冊に句を書きつけていく。4G回線が入りにくい休憩所内だったが、EXアプリで新幹線の時間変更をしたときだけ電波が良好だったのには、やはり神さまの悪戯を感じた。
16時で休憩所はおしまいのようで、4つに分けた短冊の束をめいめい片手に、三輪駅へと戻ることに。奈良へ戻る電車内で選をし、奈良駅内のパン屋VIE DE FRANCEで句会する運びとなった。
三輪駅までの道中、三輪素麺を買って帰るつもりが、どの土産物屋も目の前でバタバタと店じまいになっていく。
「奈良はどこも17時で閉まるからねー」と上方の皆さんは見慣れた光景のご様子。いやまだ16時ですよ?ワークライフバランスが過ぎるのでは?
まずい、お土産ナシは極めてまずい。多方面に渡ってまずい。
焦る私の目に、軒下に野菜を並べた小さな店が飛び込む。店先に鎮座した年配女性が呼び込みと売り子と差配を一手に引き受けていて、少なくとも閉店の気配はない。そして、店頭には三輪素麺が……!
値段もなんとなくリーズナブルな気がするし、飾り気のないパッケージが逆に本物ぽさを醸し出している。何より選択肢がない。判断力を喪う中、売り子さんの「これは高級品、喉越し最高だよ!」との貫禄ある濁声に操られ、三輪素麺大人買い。ほとんどパニックバイである。
目八さんは美味そうなあんパンを買っていたが、私にそんな余裕はないのだ。
ともあれ無事お土産を手に三輪駅まで辿り着くと、なんと駅前にもまだ開いている土産物屋が。そして店内には数種類の三輪素麺……。
膝から崩れ落ちそうになるのをこらえ、分別ある観光客としてこぢんまりした店内を一巡りし、ちゃんと葛湯とお茶を買った私を誰か褒めてください。
奈良までの在来線の車中で、短冊を回して選を済ませる。
夕闇が車窓に広がっていくのをぼんやり眺めながら、リュックと三輪素麺を抱えて、楽しかった吟行の終幕に浸っていた。
夕闇を渡る車窓よ神の旅 奇蹄
4.句会、そして旅の終わり
さて句会である。
奈良駅のVIE DE FRANCEのイートイン席はちょうど空いていて、陣取ってからめいめいパンと飲み物を買い求め、しばし腹を満たす作業に専念。
一息ついて、点を多く得た句から開けていく。
私はと言うと、えぬさんの句を最も多くいただいていた。私にはなかなか詠めない口語俳句を鮮やかに決めていく手腕を、ご本人は手癖と謙遜するが、まさにそこをまんまといただいてしまったのだ。
一方で目八さんの私への挨拶句は、それと分かっていながら気恥ずかしさが勝ってしまい、スルーしてしまった。ごめんなさい。しかし、まるで一緒に行動していたかのような句の数々に、吟行句の名手たる所以を見た気がした。
無点句まできちんとコメントして、ひとまず句会はおしまい。
その後も俳句のことなどあれこれ話したのだが、何を話したかはろくに覚えていない。ただただ楽しい気分ともっと話したいという後ろ髪引かれる思いだけが、奈良駅で皆と別れるときに胸にわだかまっていた。
俳句が楽しくて吟行に憧れていたが、吟行は俳句ができなくてもすこぶる楽しい。そう気付かせてもらえたメンバーと奈良を過ごせたことに、とても幸せを感じている。
たまには一人ぼっちじゃないのもいいものだな。
皆さん、ありがとうございました。