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蛇行

気が付くと、ステアリングを握り、夜の道を走っていた。
片側二車線の、ゆったりした通りだ。
対向車線との間には、中央分離帯がある。
空には星が見えて、走っているのは私だけ。
そのうち、緩やかな登り坂に差しかかる。
自動車教習で、お馴染みの?
そう、教官からハンドル捌きをたびたび指摘された場所だ。
道の両側は鬱蒼とした林。
カーブで見通しは良くないが、信号はすべて青。
それにしても、真っ暗だ。道路灯もない。
車のライトが点いていないことに気付く。
レバーが回らず、ヘッドライトが点かない。
焦る。
「大丈夫だよ」と後部座席から声がする。
驚いて、こちらもわっと声を出してしまう。
これは幻聴?
「違うよ」と背後からの声。「ちゃんと見えてるじゃないか」
確かに、道路の輪郭や、ところどころ路肩に停められた車の影がうすぼんやりと浮かび上がっている。
月でも出ているのだろうか。
あるいは、星月夜というやつか。
先行車が2、3台見えてきて、そのテールランプやらヘッドライトやらで行く手が明るくなったので、やや安堵する。
そのうち、坂は下りになり、道の両側は住宅街へと変わる。
道路は明るく照らされ、そのほぼ正面にネオン煌めく巨大な建造物が見えてきた。
いくつもの電飾を全身に纏った、幅広のその建物は、真四角の艦船のように夜に浮かび上がっている。
ディズニーランドみたいだ、と思うと、後部座席からも「実際にそうなんじゃないか」と同意の声。
行きたいなぁ。ほんとだねぇ。いいねぇ。
頭の中で、喪った家族が言いそうな科白を思い浮かべる。
喪った?いつ?
巨艦のようなディズニーランドを右手に見つつ、道路は緩やかに左にカーブしている。
巨艦の足許にあるイベントスペースで、アイドルと呼ばれる少女たちが、必死のダンスを披露している姿を想像する。
どのみち、ここからは巨艦に遮られてそんなもの見えないはずだ。
夜が明けてきたらしい。
辺りが急速に色を得ていく。
行く手に、小さな駅が見えてきた。
「あそこでいいよ」と背後の声。
やけに古ぼけた駅だ。
周辺には小さな住宅圏店舗のような建物がぽつりぽつりと立っていて、小路は舗装されていない。
駅舎の鉄骨はなぜか露出していて、青い塗装がところどころ剥げている。
小型のバスとスクーターくらいしか停まっていないロータリーに、ゆっくりと侵入する。
明け方の薄い光の中で、早くも通勤者がちらほらと駅に集まりはじめていた。
ロータリーのど真ん中、小さな楕円形の植栽の真横に車を付ける。
車を降りると、回り込んで後部座席のドアを開け、背後に座っていた客を降ろす。
後部座席の声は、母の恩師だった。
O先生ですよね、と私は確認のため問いかける。
先生は、白いローブのフードを目深に被り、その表情は分かりづらい。
「東海大学前だね」
駅名である。そんなところまで走ってきただろうか、と思う。
「1970年代だろう。私が50代の頃か」
私が産まれる前だ。
先生は御年100歳を超えているのか。
そしてここは今、1970年代?
私が自然と差し出した背に、先生もふわりと乗ってくる。
軽い。
ぼんやりと、帰れるのだろうか、と考える。
でも、一体どこに?
電車に乗っても仕方ないので、歩いて駅を離れることにした。
先生も、まだ背中にいるだろう。
10メートルもいかないうちに、周囲が開けてきた。
草っ原を抜けると、眼前に田んぼが広がっている。
左手には川が流れているようだ。
彼方には、こんもりしたかつての里山が見える。
道は途切れ、畦へと心許なく繋がっていた。
「ほら、ちょうど来たよ」
背中の先生が言う。
少女が一人、柄のついた太鼓とばちを手に、草っ原を横切ってこちらへ来た。
きっと、巨艦の下で踊っていた少女だろう。
「旗を持つ人がいないから」と少女が言う。
ああ、ちょうど虫送りなのだった。
確かに、太鼓を叩きながら旗は掲げられない。
背中に手をやると、先生は真っ白な細長い旗になっていた。
少女はこちらに背を向けて、畦を進みはじめる。
無言のまま、不規則なリズムで太鼓を叩きながら。
ここからは、少女に従って歩くのだ。
太鼓の軽い音が、田を渡る風に溶けていく。
左手奥が、きらきら輝きはじめた。
どうやら川は、思ったよりも大きなものだったらしい。

そう気づいたところで、目が覚めた。

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虫送り蛇行少女に陽の当たる  奇蹄

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