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ライオンは寝ている

この、なんといったらいいか、世界を否定するようなふてぶてしい態度には絶句する。もう三回目なのである。この二年ぐらいのうちに三回も会いに来てやったのに、こいつときたら、いつだって寝ている。どころか、急所をさらけ出すようにして、これ見よがしに眠り込んでいる。呼んでも応えず、手を叩いても目を開けない。カメラを向けて、手を振って、ときにはストロボまで瞬かせてシャッターを切っているというのに、このライオンは飽きもせずに惰眠を貪っている。動物園での動物としての職責を明らかに放棄している。サボっている。わかっているのか、こらっ、ライオン!

ライオンは寝ている(In the jungle the mighty jungle the lion sleep tonight~♪)という楽しい歌があったけど(1961年、トーケンズ)、あれはジャングル、ここは動物園。

それにしても、身じろぎぐらいしろ。シナぐらいつくってみせろ。演技ぐらいしろ。オスなんだから、立ち上がって、咆吼しろ。かわいらしいメスライオンにまたがったりして奮闘してみせろ(いや、またがらなくても奮闘できるとは思うけど)。

と、一方的に興奮しながらよく見てみると、若くはないにしても顔がそんなに悪いわけじゃない。まぎれもないライオン顔で、タテガミだって一部は黒っぽい。黒いタテガミというのはなんといってもオスライオンの強さの証しだとかで、それを見たらメスライオンだって奮闘したくなる・・・はずなのだが、ここはジャングルじゃない、動物園。肝心のメスライオンが見当たらない。

いや、動物園ではふつう、オスとメスをペアにして飼っているものなのだが、メスライオンの姿はどこにもない。いたとしても黒いタテガミの強いオスライオンはメスライオンの一頭ぐらいではなかなか満足できないと思うけど・・・ジャングルだと黒いタテガミの強そうなオスライオンにはメスライオンが群がって、それはもうキャアキャアいって大変、らしい。

強いオスライオンはジャングルで「プライド」と呼ばれるハーレムに君臨し、複数のメスライオンやベイビーを支配しながらやり放題で暮らしている。狩りもせず、家事もせず、面倒なことはなーんもせんで、その日暮らしをしているらしいのである。

子育ても狩りもメスライオン達が協力してやるらしい。オスライオンが立ち上がるのは食事のときとセックスのときとトイレのときと、それから流れ者のオスライオンに襲われたときにこれを迎撃するときぐらいのもので、普段はのうのうと、一部のロックンローラーみたいな暮らしをしているという。

女性の権利が叫ばれる人間界のモラルの現状からすると、まことにけしからん。ちゅうよりも、わたくし的には夢のような生き方なので、これはこれでやっぱりけしからん。

そんなジャングルのオスライオンのあるべき姿を考えたら、この動物園のオスライオンはどこか哀しい。なんだか申し訳ないような気持ちになってしまう。いやいや、なにも私が申し訳ない気持ちになる必要はないと思うのだが、「メスライオンに群がられてもうセックスなんて食傷しちゃったよ」というような、オス人間としての経験が絶えて久しく、どころか最初から絶えてなかったような気がする私なので、なおさらこのオスライオンの、世をすねたような、眠れる森のハリボテみたいな、悲哀がにじむ顔にはいろいろと感じてしまうところがある。

ここで、あっ、そうだったよ、メスライオンはどうなっているんだよ、と思い直してから再びキョロキョロしてみたのだが、やっぱり見当たらない。いや、でも、どこかにいるはずなのだ。いなかったら、このオスライオンはかわいそうすぎる。申し訳ないどころの騒ぎではない。身体強健なオスライオンが一生、メスライオンの愛らしいふるまいを知らないで終わってしまうなんて、もてない息子に肩入れする父親のような心境というべきだろうか、人間のオスとしてもオスライオンにメスライオンをお世話してやりたくなるではないか。

と思ったって、お世話できるわけがない。なので、せめてフランス語で「愛の賛歌」でも歌ってあげようかと思いついたのだが、よく考えたらフランス語については若い頃からあまり縁がなかった。

なので、ここはあたりさわりのないところで英語で「ライオンは寝ている」を口ずさみながら去っていくことにした・・・In the jungle the mighty jungle the lion sleep tonight~♪ 原曲がアフリカ(ウィモエという歌)だけあって、おおらかな気分になれる。気になる方はユーチューブ等で聴いてみてください。

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