合コンで出会った不可解な男の話

 学生時代は月2回くらいのペースでありとあらゆる合コンに参加していた。人並みに彼氏が欲しかったし、結果無事に彼氏が出来たこともあったので不毛な時間ばかりではなかったと思う。
 自他ともに認める立派なアラサーである現在、ぱったりとその手の飲み会には誘われても顔を出さなくなった。二十代前半と後半とでは同じ二十代であってもその差は歴然としている。テンションが違う。価値観もなんか違う。私はもうあんな風にきゃぴきゃぴできない。
 もう合コンからは卒業だ! と足を洗う気持ちで参加した、今から約一年前の合コンで出会った不可解な男について書きたいと思う。

 それはオシャレすぎるイタリアンなカフェバーで行われた。元々おなじ職場で働いていた同期の子に頭数合わせで声を掛けられた。私は当時勤めていたブラック企業を這う這うの体で辞め休職中、いわゆる無職の身分であり、金がないにも関わらず、時間だけは腐るほどあったので、ただただ酒を浴びまくりたい一心でイタリアンなカフェバーにいそいそと赴いた。
 人数は五対五。経験上、三対三くらいが多かったので、なんかいつもよりも人数多いなーと思いながらパスタを食らっていた。家族も引くほどの偏食で、野菜はほとんど受け付けない体を持つ私は、周囲の人間に親切を装いつつサラダを押し付けながら一心不乱にパスタを食らっていた。

 その時、視線を感じた。右斜め前あたりに座っていた男がこちらを見ている。よくよく観察してみると、どうやら私の足元を見ているようだ。なんだ。不安に駆られた。私はあまり持ち物に関心を示さない方で、靴なんか履ければ良いだろという人間なので、靴底が古くなってべろべろに剥がれている事態なんか容易に有り得る話だ。季節は冬、履き潰していたブーツがとうとう音を上げ、爪先がこんにちはしているのではないかと急いで確認作業に入る私。
 全然そんなことなかった。
 じゃあ何? この人なんで私の靴みてんの? と若干いらつきながら右斜め前の男を問い詰めようとした矢先、その男が口を開いた。
「かわいい靴下履いてるね」
「靴下?」
「犬がこっち見てる」
 ほんと何言ってんの? と一種の恐怖を感じてしまったが、何のことはない。ショートブーツの足首のあたりから靴下の柄が少し覗いていたのだ。彼はそれを見ていただけのこと。
 その時履いていた靴下は、辞めたばかりのブラック企業で別部署にいた社員さんから韓国土産に頂いたものだった。ブルドッグ風の犬が両足首に鎮座ましましている堂々たる風格を伴った一品。しかし、こういった場にはそぐわなかったかもしれない。ショートブーツというのがいけなかった。なまじ一般女性よりは背丈が長く出来ていたので半端な丈の衣類を何の考えもなく身につけてしまうとこういった悲劇が起こってしまう。
「これは、あれです。知り合いからのお土産で」
「へえ! そうなんだ、かわいい~」
 手放しでブルドッグ靴下を褒めてくれる右斜め前の男。私は気が気ではない。なんだか猛烈に恥ずかしい。早く帰りたくなってきた。そもそも私はこういう場にはそぐわない方向性の人間なのだ元々! ああ! 帰ろうかな! と自棄になっていたらいつの間にか、右斜め前の男はてんで違う女の方を向いて楽しそうにお喋りしていた。

 合コン当日は他に目立った面白い話もなく、半ば義務的にラインの連絡先を全員と交換した上で二次会もなくお流れに。
 最後にしようと決めて参加した合コンが可もなく不可もなく終わり、満足したようなちょっとだけ寂しいような、どっちつかずな気持ちで眠りにつき、翌朝を迎えた。

 ラインを見てみると、昨晩のブルドッグ靴下事件の男(仮名:達也)から1件。昨日は楽しかったよ、よかったらまた飲もうね、と定型文のようなメッセージ。打てば響くように、私も楽しかったです、こちらこそ是非また飲みましょう! と3秒で返信。いつものパターンならこのやりとりのみで次に繋がることなんて皆無。お互いに「もっと知りたい」と思わせる人としての深みを感じられないからでしょう、毎度のこと。
 だが、達也は違った。
『次はいつにする? 俺はいつでも平気だよ!』
 具体的に次へ繋げようとしてきた。
 のらりくらりと、なるべく婉曲な表現で、ふわっと、且つ隙のない言葉を駆使し、「めんどくさいので行きたくないすまんさよならこれっきりにしよう」を伝えるのだが、なかなか上手くいかない。

 それ以降も一日と置かずメッセージのやり取りが続いた。返信せずに切ってしまえばいいだけのことなんだが、悪い人ではないし顔が好みだったので無下にもしづらかった。
 とうとう根負けして一緒に食事をすることにした。
 達也は私よりも年齢が1歳上で、少し小柄だが、ボクシング選手を副業でやっているというだけあって(アマチュアだけど)中々引き締まった体つきをしている。服装も小粋で、青山のオシャレ美容師を160㎝に短縮させた風貌。本業は建築関係の仕事で、将来は起業したいという野心家な一面も垣間見せるテクニックを併せ持つ。
 初めて2人で会った瞬間から「一目惚れに近い」「目が一番好き」「見つめないで、死んじゃうって」「彼女はずっといないよ」「どうでもいいと思っている人を食事に誘ったりしないから、俺」「音楽の趣味合うね」「もし付き合ってってお願いしたら、俺でも彼氏になれる余地ある?」と出るわ出るわの美辞麗句。
 頭を冷やして考えられる今ならば、危ない! 早く逃げろ! 逃げるんだー! と喉から血反吐をまき散らしつつ警告してやれるが、もう遅い。人からそんな言葉をまともにかけられたことがない私はまんまとコロッとなり、味を占め、それから4~5回ほど食事を共にした。

 そんなある日、ボクシングの試合に出るから良かったら応援しに来てくれないか、と達也から打診が。二つ返事でOKした。当時の私は、断る理由なんてないじゃない! と声に出すくらい浮立って我を忘れていた。
 試合当日、自費で購入したチケットを握りしめ会場最寄りの駅まで赴いた私。
自分で来いと言っておきながら、身内としての招待枠ではなく、しっかり金を取られている時点で気付くべきなのだが、何度も言うように当時の私は恋に盲目。

『ボクシングとか見たことないだろうから、1人で来るの不安でしょ? 友達2人に声掛けてあるから、良かったら一緒においでよ!』

 スポーツ観戦には全般的に興味がなかった私。ボクシングなんか積極的に見たいと思ったことは今までの人生で毛の先ほどもない。若干不安そうな様子を感じ取ってくれたのか、そこまで気をまわしてくれる心配りにますます盲目に。

 その友達2人とやらは開始時間30分ほど前を目安に駅に現れるという話だった。おとなしく待つ。
 2人のうちの片方の男(仮名:誠)とは達也を通して連絡先を教え合っていたので、「今どこ?」「改札の前」などという待ち合わせ特有のやり取りを交わしながら、難なく合流できた。

 顔を合わせるのは初だったので初めましてと定例挨拶。すると、誠の後ろから若い女の子がぴょこんと顔を覗かせた。二十歳くらいの可愛らしい子だった。もしかして“友達2人”のうち、1人は女か? と思っていたら案の定「初めまして~」ときた。違和感メーターは警戒度3まで上がっていたがここは大人の対応で、と深呼吸しつつ挨拶を返す。流れるように我々は試合会場へと向かう。

 変だな~、変だな~、おかしいな~と稲川淳二ばりに心の中でつぶやき続ける私。こういう場合、女友達は普通呼ばなくないか? 華々しく試合で勝利を収めたあと満を持して私に告白するつもりなら女は呼ばなくないか? と妄想甚だしく憤慨していた。

 いざ試合会場につき、横並びの席に着席。
 意外とリングが近いね、なんて話していたら、知り合いを見つけたのか誠はそちらの方へ向かって腰を落ち着けてしまい、女2人で取り残されることに。

「達也とはどういう知り合いなんですか?」

仮名:香里がそう声をかけてくる。これはどう答えるべきか。合コンで出会って何度か食事をしている仲だ、と言ってしまえばそれまでだが、ただの友達レベルとは思われたくない。だって私はもう半ば告白スレスレの際どい言葉を何度も投げかけられているのだ! 私のOK待ちみたいなところある! そんな雰囲気ある! という勘違いは加速状態で留まるところを知らなかったので、鼻息荒く「彼女みたいなもんです」と言ってやっても良かったのだ。

「飲み会で会って……」

と回りくどい攻め方を試みようとしたところで、まるで牽制するように香里が言い放った。

「あ、私、言っときますけど彼女です」
「え、誰の?」
「達也の彼女です」

 じりじり上がり続けていた違和感メーターが警戒度MAXまで振り切れた瞬間だった。

 どうでもいい人は食事に誘わないんじゃなかったっけ?
 彼氏にしてくれって言ってなかったっけ?
 私の目が好きなんじゃなかったっけ?
 彼女いないんじゃなかったっけ?

 様々なはてなが脳の中を飛び回ったが、口ではああそう、とかこんな若い彼女いたんだ~とかその場しのぎで適当に言い募っていた。頭の中は大混乱の洪水災害。
 そんなこんなしてたら試合が始まる。
 選手入場の重低音が響く。
 達也の入場ソングはONE OK ROCK。
 よりにもよってめちゃくちゃ好きなめちゃくちゃ良い曲。

 呆然としながら、私は、好きになりかけていた男のボクシングの試合を、好きになりかけていた男の彼女と並んで観戦する羽目になった。誠どこ行った。

 結局試合は最後まで見るわ、勝ちゃいいのに負けるわ、挙句の果てに誠と香里と私で試合終わりの達也をお迎えし、合流したのち私だけ電車で帰らされるという暴挙を受け心身共に疲労に塗れつつ自宅に帰り着いた。
 世の中には、何を意図してそんな行為に走るのか理解に苦しむタイプの人間がわんさかいるのだな、と痛感。

 その1件以来、あれだけ途切れることなく続いていた達也とのラインのやり取りもぷっつりなくなった。私のほうから血眼になって問い質すことも出来たが、「いつ誰がお前に付き合おうって言った?」と手のひら返されたらとうとう死ぬことになると思ったので怖気づいてそのまま放置している。
 やはり世の中は怖いところだ。
 私みたいな人間は室内で番茶でも飲みながら漫画読んでる方が圧倒的に似合う。

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